第43話 オペレーション・ドーン開始
「はあ~、終わったあ」
都リーダーはそう言うとこたつに入って、台の上に突っ伏している。
この姿を見る限り、さっきまで人々を魅了した演説家とはとても思えない。
日向がうちわで横からあおいでいる。
「都リーダー、お疲れ様です」
俺はコップに冷たい麦茶を入れて差し出した。
「あ~、ありがと」
都リーダーはぐっと一飲みにした。
「慣れてないことをすると、一気に疲れるわ」
「ここと外では全然違うから」
和泉が呆れている表情五割、感心した表情五割の複雑な顔でこっちを見ている。
「ああでも言わないと士気が全然上がらないでしょ」
「それにしても、あそこであれを言いますか?」
俺の怒った表情を見て、都リーダーはえへへと笑った。
「えへへ、じゃないです。心臓が止まるかと思いましたよ」
「どうせいつかは言わなけりゃならないんだし、だったらこの時に言った方が盛り上がると思って」
「まあ、実際に盛り上がったしな」
「日向、余計なことを」
「でも、びっくりしたわよ。まさか、少し前まで見習いだった武蔵君が『ドリームリンカー』って言われても。知ってたの?」
和泉は不思議そうに俺を見た。
「あ、ああ。都リーダーにほのめかされたことはあったから」
「ふーーん、なんか他にもいろいろ隠してそうね」
す、鋭い。どうして女性ってこんなに気がつくんだろ。
「それで、具体的に攻略の方法とかは考えているのですか?」
神在月さんが話題をそらすかのように質問した。
「そうねえ~、とにかく近寄っても警戒されて迎撃されるってことは分かったわ。だから、こっそり近づくしかない」
都リーダーは突っ伏したまま、声だけを出した。
「今回の偵察で敵も守りを固めているでしょうし、うかつに近寄っても返り討ちにされかねない。カプリース号で直接近づくのは危険すぎる。だから、カプリース号はおとりにするわ」
「ええっ、じゃあ、どうやって念物まで近寄るんですか?」
俺の疑問に都リーダーは人差し指だけを上げて左右に振った。
「そこをあなたたちの活躍に期待するのよ。演説したようにね」
うわー、悪い予感しかしない。
「カプリース号は相手の探査外の所に立ち寄ってすぐに離脱。降りた特務部隊の精鋭が敵の拠点に潜入してこれを叩く。その間はカプリース号は離れた場所で敵を陽動する。こんなところかしら」
「ということは精鋭は俺と和泉さん、武蔵、そして神在月さんかな」
日向が指折って人選を行う。
「神在月さんは能力のバリアーがあるから、カプリース号へ居残り。代わりに信濃さんが行くことになるでしょうね」
都リーダーが付け加えた。
「確かに船の守備力を上げる意味では、そっちのほうが適任でしょうね」
上から信濃さんの声がした。
「きまりだな。それじゃ、次のサイクル時に行動開始だな」
日向はそう言うと台所を出て行った。
「私も休むわね。おいでメグちゃん」
「にゃあ~」
和泉もメグを連れて行ってしまった。
「私も休みますね」
神在月さんは俺たちに手を振って、操縦室を後にした。
「都リーダー」
「何?」
俺は気になっていたことを聞いた。
「演説の時に言いませんでしたよね?」
「ああ、時間がないってことね」
都リーダーはムクッと起き上って俺を見た。
「変に言ってもプレッシャーかかるだけでしょうし、あえて萎縮させることはないって思ったのよ。普段通りの力を出せばいい。それに今回は士気も高まっているしね」
都リーダーは俺を見た。
「しかし、ようやくここまで来たわね。私と信濃さん、そして大隅教授とANHDを立ち上げた時は、能力者なんていなくて敵の攻撃から逃げまどうだけだった。それがやっと実を結ぼうとしている」
「えっ、最初は誰も能力者がいなかったんですか?」
「そんなこと誰もわからなかったからね。急きょ能力のある人を日本中から探すことになって、必死で戦力アップに駆けずり回ったわよ。そのおかげで和泉さん、日向君、そして武蔵君に出会うことができた。やっと大隅教授が思い描いた未知の敵と戦う能力者としての組織ANHDが完成しようとしている」
そう言うと都リーダーは懐かしそうに目を細めた。
「お互い苦労しましたからね。初期のころは」
信濃さんが上から会話に加わった。
「もっと早くこんな形になっていたらと思いますよ」
「過ぎたことを言っても仕方がないわ。私たちがいたからこそ、ここまでなったのよ。二年かけて、これでようやく攻撃に打って出られる。私たちの苦労は無駄ではなかった。それがわかっただけでも私は満足しているわ」
都リーダーは上にいる信濃さんに呼びかけた。
「そうですね。俺もそう思いますよ」
創設期からいた二人の脳裏にはどんな思いが去来しているのか、俺には想像もできなかった。
「ぜひとも今回の作戦は成功させないといけないですね」
俺は気合を入れるために自分に言い聞かすように二人に言った。
「ええ」
「もちろんだよ」
都リーダーも信濃さんも笑顔で答えた。
カプリース号は敵の拠点と思われる十時の方向に向かって突き進んだ。
予想通り、敵の夢魔の群が現れた。
その数はゆうに百を超えている。
敵は皆インプだが、数にものを言わせてイナゴのように迫ってくる。
「さっそくのお出ましか」
俺が席から立ち上がると同時に都リーダーの声がかけられる。
「武蔵君、日向君、和泉さんは甲板へ。日向君は右、和泉さんは中央、武蔵君は左、和泉さんは二人をサポートしながら前方の敵もお願い」
「了解!」
俺たちはすぐに言われた場所へと向かう。
甲板にある矢発射台の上に立つ。
横には和泉が立ち、飛んでくるインプたちをねらい撃ちにしている。
横から見ると真剣に矢を放っている凛々しい姿がちょっと神々しく感じられた。
見とれていた自分の邪気を振り払うように首を振り、意識を集中する。
発射台に想像でできた大型の矢がつがえられる。
弓を弾き、インプめがけて矢を飛ばす。
俺の想像通りに矢はインプの羽を貫き、そのまま脳天まで刺さると霧になって消えた。
「だいぶサマになってきたじゃない」
横から和泉の声が掛けられた。
「まあな。ちょっとはうまくなってきたよ」
得意げにガッツポーズを取った俺を見て、ちょっと苦笑いしている。
「調子に乗らないの。たかが一匹倒しただけで」
「そっちは弓矢持参だから、すぐに撃てるじゃないかよ」
すでに和泉は二桁は狩っているだろう。
俺たちの側だけでなく、カプリース号の丈夫な船首板ではね飛ばされなかった夢魔をも倒している。
「文句を言う暇があったら、私なみに成果を上げないとね。そうしたら少しは見直すわよ」
そう言うなり和泉は矢を飛ばし、インプを消し去っていた。
俺は和泉にかっこ悪い姿を見せたくないと思い、つぎつぎを矢をつがえるとインプたちを打ち落としていった。
俺たちの活躍もあってか、無数のように見えたインプも次第に勢いを失い、数が減りだした。
状況が不利なのかを悟ったのか、インプの前線部隊はバラバラと撤退していき、やがて姿が見えなくなった。
「あっちを見て」
いきなり和泉が俺に声をかけた。
和泉の示した指先を見ると、遠くにぼんやりとこげ茶色の物体があった。
形はやや丸いが、ところどころボコボコとふくらんだりへこんだ所がある。
「あれって、ひょっとして?」
俺がようやく和泉の言っていた物体を見つけて問い返すと、和泉はようやく見つけたのと言わんばかりの顔で答えた。
「都リーダーの言っていた拠点、でしょうね」
「いよいよか、どんな奴がいるんだろう?」
俺の言葉に答えることなく、和泉はただ頭上にある泥の塊を凝視していた。
ただ、黙って見ている和泉に、俺は言葉をかけるのをためらわれた。
しばらく、俺は何も言わず和泉の感慨に耽る美しい横顔を眺めていた。
そんな俺の姿に気付いたのか、和泉は急に我に返り、俺の方を向いた。
水着姿を覗いていた男性を軽蔑するかのような冷ややかな表情で俺を見た。
「何、ジッと見てるのよ」
「ベ、別に。ちょっと」
「ふーん」
俺に見つめられると、照れているのか怒っているのか判別のつかない微妙な表情を浮かべた。
「都リーダーが念話で呼んでいるわ。戻るわよ」
そう言うなり、振り返りもせず先に甲板を後にした。




