第11話 ドームの中
ドームの中
初めての夢幻界へのダイヴから三日が過ぎた。
夢幻界へはあれから行っていない。
俺たち以外にも調査部隊がいるらしく、別な隊員たちが夢幻界を引き続き調査中とのことらしい。
都リーダーや和泉にもあれから会っていなかった。
いろいろ忙しいのだろう。
そもそもANHD施設は男女の部屋が別の場所に配置しているから、用事でもない限り女子施設に出入りすることは出来なかったのもあるのだが。
俺と日向は今回の検査で魂戦士だと正式に認められ、今までの部屋を後にした。
改めてガイスト専用の区画、ドーム内へと移動になった。
その日には、イヨカンも来た。
イヨカンはカプリース号にはいなかった。
それはつまり夢幻界に居れるだけの意識を保てないということだった。
後で話を聞いてみると、あのまま眠ってしまい、何事もなく目が覚めただけだったという。
俺たちはドームへ向かう道すがら、イヨカンと話をした。
「また、ちょくちょく暇なときに顔出すな」
「次回の実技テストまでしっかり練習しろよォ」
「今回が最後ってわけじゃないし、一ヶ月後実技テストあるから、それまでになんとかするわよ。そんなことより、せっかくガイストになったんだから、せいぜい恥かかないようにね」
イヨカンはいつものノリで俺たちに軽口をたたいた。
俺たちがドームのゲートの中に入るまで、イヨカンはずっと手を振って見送っていた。
ゲートが閉まり、たった一人イヨカンだけ外に残された。
「イヨカンのやつ、グチぐらいこぼしたらいいのに。無理しやがって」
日向がポツリと言った。
ドーム内は思ったほど違いがなかった。
ドームの中には外と変わらない建物があって、施設の設備も大差はない。
ただ、ドームのあちこちに隠しカメラが備え付けてある。
天井、屋内灯、建物内部などよくよく注意してみればあちこちに設置しているのだ。
これがあこがれていたドームの中か。
秘密保持のため、中を隅々まで監視するためのドーム、神秘性という憧れの裏にあったのは、生々しい現実だった。
知ってしまえば、メッキはすっかりはがれてしまった。
これこそがドームの正体なのだ。
「ふーん、これがドームかァ。思ったほど違いがないのはがっかりだな」
日向は知ってか知らずか、ドーム内の印象に幻滅していた。
「あの建物らしいぞ。俺たちの新しい住み家は」
「もちょっとましな建物だと思ったのに。ゲストハウスから寮になったような気がする」
正直言って俺も日向と同じ意見だった。
まあ、どんな秘密も蓋を開ければこんなものだ。
神秘の国とかもそうだしな。
俺たちはそれぞれの割り当てられた部屋に入った。
すでに荷物は届けられてあった。
かたずけをするのも煩わしく、俺はベッドに大の字になった。
今頃、イヨカンのやつどうしてるんだろ。
そう思い立つと、早速俺はメールでここのことについて書き出した。
期待するだけ損だ、と。
書き終わって送信した直後に、いきなり俺に連絡が来た。
町で介護のボランティア募集の通知だった。
俺はナイトメアハザード以後、介護の資格を取った。
一番大きな理由は両親の介護のためだった。
両親の介護を手伝うことになったが、それ以上に多くのナイトメアハザードの昏睡者の面倒を観ることになった。
今ではこうしてボランティアの人手が足りないときに、町に下りて手伝いをするのが習慣になっていた。
「まあ、呼び出しの予定は来てないし手伝いに行ってもいいか」
そう思った俺は、ボランティア募集にOKのメールを送った。
返信で今日の協力要請の必要な病院名、時間、活動内容が送られてきた。
「今日の11時からか、それまでちょっと余裕があるな」
俺はそうつぶやくと、食事を取りに出かけた。
ドームの食堂と言っても、病院の部屋を思わせる白い室内に受付カウンターのような簡素な商品注文場と、折り畳み式テーブルが置いてあるといった味も素っ気もないものだ。
これじゃむしろゲストハウスの食堂のほうがマシだろ。
食堂はだだっ広い割には数えるほどしか隊員はいなかった。
これじゃ、もっと小さい部屋でもいいだろうと俺が思ったときだ。
子供が誰もいない広いテーブルの真ん中にポツンと座っていた。
10歳ぐらいの女の子だ。
ちょっと茶色がかった髪をツインのポニーテールでまとめている。
くりくりした大きな目で辺りをきょろきょろ見回している。
俺の顔を見ると、立ち上がって両手を振った。
俺が驚いてその子を見ているうちに、こっちに向かってきた。
誰だろう?
俺はこんな子、知らないのだが?
「武蔵お兄ちゃんだね。こんにちは」
まるで俺の妹みたいに女の子は、親密な態度で俺の横どなりに立った。
手を取ると、さっき座っていたテーブルまでぐいぐい俺を引っ張っていく。
俺が戸惑いながら座ると、隣に座ってきた。
「ええっと、どなたでしたっけ?」
俺があわててたずねると、女の子はぷうと頬をふくらませた。
「何で覚えてないの? 一緒になって夜を過ごしたのに?」
覚えがないぞ、こんな子供と夜一緒に過ごしたぁ?
しかも、見も知らずの子供とか?
「あんなに頑張ったじゃない。分からないの?」
頑張ったって、何をだよ。
どう考えても覚えがない。
まさか、知らないうちに何かしちゃったとか?
いやいや、俺はそこまで悪人じゃないはずだ。
そうとも、俺は悪くない。
きっとこの子の勘違いに違いない。
俺はまじまじと女の子を見た。
結構かわいい顔をしている。
同年代の子より小ぶりな鼻と口が、より子供らしさを印象づけている。
その割には身体は成長しているようで、すでに胸の膨らみが目立つぐらいだ。
このアンバランスさが実際の年齢を分からなくしている。
感じは10歳ぐらいだと思ったが、本当はもっと年上なのかな。
俺がそんなことを考えていると、急に女の子が吹き出した。
「もう勘弁してあげる。だよね~、言わなきゃ分からないよね」
そう言うと、女の子は笑いながら言った。
「私は愛よ。出雲愛。船で一緒だったよね」
ああ、そう言われて合点がいった。
何か聞いたことがある声だと思っていたけど、あの時か。
俺は眠りから覚めるときに聞いた声を思い出した。
「あれは愛ちゃんの声だったんだな」
「あっ、覚えていたんだ」
愛ちゃんはにこっと笑った。
「愛はここでお兄ちゃん待ってたんだ。今日は一緒に過ごしてって言われたの」
どういうことだ?
俺が訳を聞くと、愛ちゃんは今度はニヤニヤして俺を見た。
「リーダーさんがね、愛と武蔵お兄ちゃん、今日は親しくなってきなさいって」
俺は目を白黒した。
「はい?」
「だから、お兄ちゃんともっとお話ししなさいって。そうすれば夢の中でうまくいくんじゃないかって言ってたよ」
そういうことか・・・・・・。
リンクアップするのに失敗したから、相性が合わないと思われていたんだ。
だから、愛ちゃんと現実で話をして、友達になりなさいというわけか。
「だから、今日はお兄ちゃんと遊ぼ」
そう言われても、今日は用事があるんだが・・・・・・。
「悪い。愛ちゃん、俺は今からボランティアに出かけないといけないんだけど」
手を合わせて愛ちゃんに頼み込んだ。
でも、愛ちゃんは言われたことを分かっていないのか、ニコニコしているだけだ。
「何時から?」
「へっ?」
「だからぁ、何時から出かけるの?」
「11時からだけど」
「ならまだ時間あるよね。遊ぼ」
「ここから下の町まで時間掛かるから無理だよ」
俺の言葉にも愛ちゃんは我関せずだ。
「じゃあ、愛もついていく」
「ええっ!」
「愛も久しぶりに外出てみたかったんだ。いいでしょ?」
「で、でも許可がいるんじゃないの?」
「ええ~、お兄ちゃんはいつでも出ていっていいのに。愛はダメなの?」
そう言われても、俺は保護者じゃないし・・・。
「いいじゃない、ちょっとだけだし」
愛ちゃんがかわいい笑顔で頼み込んできた。
なんか、断るのがすごーく難しい。
別に俺が小さい子供好きとか、断じて、繰り返して言うが、そういうのではなくて、何というか子供のあどけない願いを断るのがやりにくいと言うか・・・。
とりあえず、都リーダーに許可を、と思ってスマホで電話をかけたが、つながらなかった。
「ねえ、もういいでしょ。大人しくしているから」
愛ちゃんが小さい声で頼み込む。
ああー、もう、分かったよ。
「じゃあ、ちょっとだけな」
「うん!」
愛ちゃんはそう言うと、輝くような笑顔を見せた。
俺と愛ちゃんはANHDの訓練施設から出ると、駐輪場にある俺の自転車に乗った。
愛ちゃんを後ろの座席に座らせる。
安全のために俺はヘルメットを装備して、予備のヘルメットを愛ちゃんにかぶらせた。
「しっかりつかまっててよ」
「うん!」
愛ちゃんが俺の腰にしっかりしがみつく。
愛ちゃんの温もりと柔らかな弾力が背中越しに伝わる。
ほんわりした匂いが鼻孔をくすぐった。
やっぱり、すこし照れるな。
二人乗りで自転車を滑らせた。
滑走路を思わす広い道路を全速力で走り抜けると、五メートル近い高い門が見えてくる。
門の前で厳めしい顔をした警備員たちが俺の姿を見て、停止するように手振りで知らせてきた。
どう見ても職務質問だなと、心の中でつぶやく。
正門の警備員たちがあからさまに不審な視線を向ける。
俺は目の前に隊員証を突きつけてやる。
その疑り深い表情が、驚きの表情に変わった。
それが面白いので、普段は隠している。
本来、正規隊員なら赤と白の横線が入った隊員証を左胸に提示しておくことが義務づけられている。
ただし、世間からの秘匿条項に関する事情なので、必ずしも隊員証を出す必要はない。
それをいいことに俺はあえて隠しているのだ。
そもそもがこの訓練施設にいる限り、外出する必要すらない。
頼めば何でも取り寄せてくれるし、外へ出かけなくともほとんどの娯楽施設は中に設置されている。
それでも俺が施設からよく出るのは、ここにいることが篭の鳥になったように感じるからだった。
他の隊員たちには介護のためと伝えているが、ときどきは気晴らしのために出ることもあった。
ただし、外出時間は決められているし、野外での怪我防止のため、ヘルメットを装着することなどが決められていた。
愛ちゃんはと見ると、すでに隊員証を胸に付けていた。
警備員たちが敬礼している姿を見て、俺と愛ちゃんは笑いながら意気揚々と訓練施設を後にした。




