暴露するぞ
翌朝の王城。
そして会議室。
部屋の机の上には、昨夜の旧染料倉庫から押収された資料が山のように積まれている。
帳簿。
契約書。
記録石。
人名一覧。
土地取得予定表。
南区担当官は椅子に座り、疲れの残る顔で一枚ずつ確認している。
紙をめくる音。
パラ……
「……これは」
資料の山を見上げる。
「かなりありますね」
机の反対側。
リシェルも数枚の書類を手に取りながら頷く。
「ええ」
迷いなく。
「ですが」
「全部確認します」
担当官の手が止まる。
「全部、ですか」
「全部です」
「かなり時間が、、、」
「でしたら」
リシェルがすぐに顔を上げる。
「今日から始めましょう」
「…………」
担当官が一瞬、遠い目をする。
部屋の端。
壁際に控えていたクロエが、その様子を見てほんの少しだけ口元を緩める。
リシェルが気づく。
「……何です?」
「いいえ」
クロエは平然。
「殿下らしいと思いまして」
「褒めています?」
「半分ほど」
リシェルの眉が上がる。
「残り半分は?」
「無茶をなさるな、と」
「クロエ」
「はい」
「あなたまでレインのようなことを言わないでください」
クロエが一拍。
「彼なら」
ほんの少し考える。
「もっと雑に言うかと」
「…………」
リシェルが少しだけ不満そうに唇を尖らせる。
「それは否定できませんわね……」
担当官が二人のやり取りを見てから、遠慮がちに声をかける。
「殿下」
「こちら」
一枚の契約書を差し出す。
リシェルが受け取る。
そこには。
借入契約。
返済期限。
利率。
担保。
一見すれば、ごく普通の内容。
だが。
欄外。
小さな追記。
リシェルの指が止まる。
「……これは?」
担当官が身を寄せる。
「契約締結後に」
「追加された可能性があります」
「追加?」
「魔力印の濃度が違います」
リシェルが追記部分をじっと見る。
「後から」
「条件を書き足した?」
「可能性が高いです」
リシェルの目つきが鋭くなる。
「他にも?」
「あります」
担当官が別の資料を差し出す。
さらに。
もう一枚。
「少なくとも」
「七件」
「契約締結時にはなかったと思われる条件が」
「後から追加されています」
「その中に」
リシェルが紙をめくる。
「土地の譲渡条項も?」
「はい」
「…………」
リシェルが静かに息を吐く。
やはり、最初から返済を待つつもりなどなかった。
土地が欲しい。
だから帳簿を書き換える。
受領証を消す。
契約に条件を加える。
さらに逆らう者には秘密を握る。
リシェルの指が、契約書の端を強く押さえる。
「証拠として使えますか?」
「使えます」
担当官が頷く。
「少なくとも」
「強制捜査を申請するには十分です」
リシェルの表情が少しだけ明るくなる。
「では」
すぐに次の資料へ手を伸ばす。
「すぐに――」
その時、扉を
コンコン。
「入ってください」
兵士が入室する。
足早にリシェルの前まで来て姿勢を正す。
「殿下」
「南区詰所より」
「急報です」
リシェルの表情が締まる。
「何がありました?」
兵士が一通の封筒を差し出す。
封蝋。
ガルド商会の印。
リシェルの目が止まる。
「ガルドから?」
「はい」
「担当官宛てに」
リシェルが担当官を見る。
担当官も不安そうな顔で封筒を受け取る。
封を切る。
カサ。
紙は一枚。
担当官が読み始める。
そして。
顔色が少しずつ青くなる。
「……どうしました?」
「殿下」
「これは」
リシェルが手を伸ばす。
「何です?」
担当官が無言で紙を渡す。
リシェルが読む。
短い文章。
『当商会への不当な捜査が継続された場合』
『預かっている情報の保全を保証できない』
その下。
『一部はすでに外部送信の準備を完了している』
リシェルの指が止まる。
「…………」
クロエも横から紙へ視線を落とす。
「《暴露庫》」
「でしょうね」
リシェルの声が低くなる。
担当官が苦しそうに眉を寄せる。
「殿下」
「これ以上」
「捜査を進めれば」
「被害者の秘密が」
「ええ」
リシェルは紙から目を離さない。
「それでも」
「止めるわけには」
「ですが!」
担当官の声が少し強くなる。
「もし本当に」
「役所や新聞社へ」
「個人の秘密が送られれば」
「取り返しがつきません」
「分かっています!」
リシェルの声も強くなる。
一瞬、部屋が静まる。
リシェルが目を閉じる。
小さく息を吐く。
「……すみません」
担当官を見る。
「あなたを責めたいわけではありません」
担当官もすぐに頭を下げる。
「いえ」
「ですが」
顔を上げる。
「現実に」
「人質に取られているのです」
その言葉にリシェルの目が止まる。
「人質……」
人そのものではない。
秘密。
過去。
家族。
失敗。
知られたくないもの。
それを人質にしている。
リシェルが紙を持つ手に力を込める。
「卑怯ですわね」
小さくクロエが静かに答える。
「だからこそ」
「強いのでしょう」
「ええ」
リシェルは俯かず、紙を見つめたまま考える。
「正面から捕まえれば」
「被害者が傷つく」
「何もしなければ」
「被害者は増える」
担当官が膝の上で拳を握る。
「……どうすれば」
リシェルは答えない。
頭に浮かぶ。
昨日のレイン。
先に弱みを切り離す。
リシェルの目が上がる。
「クロエ」
「はい」
「レインは?」
「ギルドにいるかと」
「呼んでください」
「今すぐ?」
「今すぐです」
一拍
リシェルが止まる。
「……いえ」
クロエが見る。
「殿下?」
「呼ぶのでは」
リシェルが椅子を引く。
「遅いです」
立ち上がる。
「わたくしが行きます」
担当官が慌てて立つ。
「殿下!?」
クロエは予想していたように小さく息を吐く。
「そう言うと思いました」
リシェルが振り返る。
「止めないのです?」
「止めても行かれるでしょう」
「分かっていますわね」
「長い付き合いですので」
「では」
リシェルが資料をまとめる。
「行きます!」
昼間絵の冒険者ギルド。
レインは受付前に立ち、掲示された依頼票を眺めている。
一枚。
ペラ
「これ」
薬草採取の依頼票を指差す。
ミーナが受付の向こうから覗き込む。
「薬草採取」
眉を寄せる。
「昨日も行きませんでした?」
「行った」
「またですか?」
「平和だから」
「本当に?」
「本当」
ミーナがじっと見る。
「今日は」
「夜中に散歩しませんよね?」
レインの指が止まる。
「…………」
ミーナの目が細くなる。
「今、黙りましたね」
「気のせいかな」
「それも聞き飽きました」
レインが少しだけ笑う。
その時、ギルド入口で
バン!
勢いよく扉が開く。
「レイン!」
ギルド内の何人かが驚いて振り返る。
入口にはリシェル。
今日はリシェの姿。
栗色の髪。
目立たない服。
ただし、息を切らして飛び込んできた勢いだけは、まったく目立たなくない。
ものすごく目立つ
レインが額へ手を当てる。
「目立つなって」
「今はそれどころではありません!」
「いつもそれ言ってるな」
「本当にそれどころではないのです!」
リシェルが早足で近づく。
少し遅れて、クロエも入ってくる。
今は普通の侍女姿。
レインの目がそちらへ動く。
そして止まる。
「…………」
リシェルが気づく。
「どうしました?」
レインはクロエを見たまま。
「その人」
「?」
「屋根の女?」
クロエの目がほんの少し鋭くなる。
リシェルの身体が固まる。
「…………」
一拍
「違います」
「即答だな」
「違います!」
レインがさらにクロエを見る。
クロエは何事もなかったように頭を下げる。
「初めまして」
「そう?」
「初めまして」
「前に、、、屋根で」
「初めまして」
間髪入れず。
「…………」
レインが少しだけ口元を上げる。
「そういうことにしとく」
リシェルがクロエへ小声。
「クロエ」
「はい」
「無理があります」
「殿下ほどではありません」
「どういう意味です!?」
レインの表情が止まる。
「…………」
リシェルも。
止まる。
クロエだけが無表情。
「…………」
レインがゆっくり二人を見る。
「今」
「何て?」
リシェルの顔が引きつる。
「何も」
「殿下って」
「言ってないです」
クロエが淡々。
「言いました」
「クロエ!」
レインが首を傾げる。
「殿下?」
「…………」
リシェルの目がものすごい勢いで泳ぐ。
「世の中には」
必死に言葉を探す。
「殿下と呼ばれる一般人も」
「いません」
レインが即答。
「…………」
「…………」
受付の向こう。
ミーナも固まっている。
リシェルがゆっくりクロエを見る。
「……どうしてくれるのです?」
「申し訳ありません」
クロエが軽く頭を下げる。
表情はまったく変わらない。
「そんな風に、全く思っていない顔です!」
レインはしばらくリシェルを見る。
髪。
服。
立ち居振る舞い。
そして、小さく息を吐く。
「やっぱり」
リシェルの動きが止まる。
「……やっぱり?」
「何となく」
「偉いところの人だとは思ってた」
リシェルが警戒するように見る。
「どこまで?」
レインが少し考える。
「王族かなと」
「…………」
受付の向こう。
ミーナの唇が小さく動く。
「王族?」
リシェルがさらに固まる。
レインはもう少し考える。
「でも」
「どの王族?」
「…………」
リシェルがすっと目を逸らす。
「言わないの?」
「今」
頬を少し赤くして。
「ここで言う話ではありません!」
レインが周囲を見る。
何人かの冒険者がこちらを気にしている。
「それもそうか」
あっさり。
それ以上聞かない。
リシェルが逆に戸惑う。
「……聞かないのです?」
「隠してたんだろ」
「まあ」
「なら」
レインが依頼票を掲示板へ戻す。
「そのうちでいい」
リシェルがほんの少し目を見開く。
クロエも、わずかにレインを見る。
だが、レインはいつもの顔。
「で?」
リシェルを見る。
「急いでたんじゃないの?」
リシェルがはっとする。
「そうでした!」
近くの空いている打ち合わせ卓へ向かう。
紙を広げる。
パサッ。
「ガルドから」
「これが届きました」
レインが紙を取る。
目を走らせる。
「…………」
『不当な捜査が継続された場合』
『預かっている情報の保全を保証できない』
レインの目が少しだけ細くなる。
「脅しだな」
「はい」
「《暴露庫》」
「おそらく」
レインが紙を机へ置く。
「動かしたか」
「まだ完全には」
リシェルが指先で手紙を押さえる。
「ですが」
「捜査を止めなければ」
「秘密を外へ流す」
「そう言っています」
「捜査を止める?」
レインが聞く。
リシェルの表情が固くなる。
「捜査は止めたくありません」
「ですが」
言葉が少し弱くなる。
「このまま進めれば」
「被害者が、、、」
レインが手紙から手を離す。
「じゃあ先に消すか」
リシェルが顔を上げる。
「《暴露庫》を?」
「ああ」
「場所は?」
「まだ分からない」
「…………」
「でも」
レインが続ける。
「ガルドしか知らない」
「なら、本人から聞く」
クロエが口を開く。
「素直に話すでしょうか」
「話さないだろ」
「では?」
「探す」
「どうやって?」
レインが少し考える。
指先で机を軽く叩く。
トン。
「ガルドを泳がせる」
リシェルの眉が動く。
「泳がせる?」
「ああ」
レインが手紙を指す。
「追い詰められたら」
「本人が《暴露庫》を確認しに行くかもしれない」
クロエの目が少し細くなる。
「尾行」
「そう」
リシェルがすぐに身を乗り出す。
「でしたら」
「わたくしも」
「駄目」
即答
「なぜです!?」
「目立つ」
「今度は変装します!」
「行動が、、、」
「…………」
リシェルの口が止まる。
レインが指差す。
「ほら」
「まだ何もしていません!」
「もう大声」
「うるさいですわね!」
周囲。
ちら ちら
何人かの冒険者が見る。
レインが黙って周囲を指す。
「ほら」
「…………」
リシェルが口を閉じる。
そして、声を落とす。
「……今回は」
「本当に必要です」
「理由は?」
リシェルの表情が真面目になる。
「正式捜査を」
「止めるふりができます」
レインの目が変わる。
「ガルドに」
リシェルが続ける。
「王都側が脅しに屈した」
「そう思わせる」
「なるほど」
「そのうえで」
「こちらは」
机上の手紙を指す。
「表では動かない」
そして、レインを見る。
「ですが」
「裏では」
「あなたが追う」
「…………」
「どうです?」
レインが少しだけ口元を上げる。
「悪くない」
リシェルも少しだけ笑う。
「でしょう?」
「でも」
「何です?」
レインが頬を掻く。
「王族が」
「そういう騙し討ちみたいなのしていいの?」
リシェルの笑みが止まる。
「…………」
「違います」
「何が?」
「これは」
一瞬考える。
「作戦です」
「同じじゃない?」
「違います!」
「どこが」
「呼び方が!」
「そこだけ?」
「今はいいでしょう!」
クロエが小さく息を吐く。
「殿下」
「こ・え」
「…………」
リシェルが口元へ手を当てる。
小さく咳払い。
「こほん」
「とにかく」
声量を落とす。
「今夜」
「正式捜査は」
「一時的に停止したように見せます」
「ガルドが動けば」
レインが続ける。
「あとは」
「俺が追う」
「私も行きます」
クロエが静かに言う。
レインが見る。
「屋根の女も?」
「クロエです」
リシェルが反射的に答える。
一瞬
三人が固まる
「…………」
レインがクロエを見る。
「クロエ」
クロエが淡々と返す。
「はい」
「なるほど」
リシェルが自分の口を手で押さえる。
「…………」
レインが少しだけ笑う。
「名前」
「分かったな」
「今のは忘れてください!」
「無理」
クロエも淡々。
「諦めてください」
「二人とも!」
少し離れた受付。
ミーナが三人の様子を見ている。
隣の受付嬢が首を傾げる。
ミーナが小さく呟く。
「……なんだか」
「何?」
ミーナが少しだけ笑う。
「大変そうだなって」
その時、レインが振り返る。
「ミーナ」
「はい?」
「今日は」
少しだけ声が真面目になる。
「早めに帰れ」
「またですか?」
「ああ」
ミーナの表情も変わる。
「何かあります?」
レインは少しだけ考える。
いつものように誤魔化そうとして。
やめる。
「ある」
珍しく、短く認める。
ミーナの顔から笑みが消え、真面目に頷く。
「分かりました」
そして少し心配そうに。
「無理しないでくださいね」
レインが肩をすくめる。
「それ」
「今日」
「三人目か」
「三人目?」
ミーナが首を傾げる。
「気にするな」
すると、リシェルがすぐに口を挟む。
「わたくしが一人目です」
クロエも淡々。
「私は二人目です」
ミーナが二人を見る。
そして、少しだけ笑った。
「では」
レインを見る。
「無理しないでくださいねが、三人分ですね」
レインが一瞬。
言葉に詰まる。
「…………」
視線を逸らす。
「重いな」
一拍
三人。
ほぼ同時。
「守ってください」
レインが目を瞬く
リシェル。
クロエ。
ミーナ。
三人の顔を順番に見る。
それから。
少し困ったように頭を掻く。
「……努力する」
口調はいつも通り。
けれど、その声だけは、さっきより少し小さい。




