第46話 勇者、作戦を見抜く
「主力軍が……鬼族の襲撃を受けました!」
伝令兵の声が響くと、拠点内が一瞬で静まり返った。
エリオスと第三王子が、同時に伝令兵を見る。
「戦況はどうなっている?」
第三王子が先に問いかけた。
「まだ詳しいことは分かりません。
ただ、後方部隊が突然襲撃を受けたとのことです。
団長はすでに隊列を立て直すよう命じ、
現在、敵の数を確認しています」
第三王子がエリオスを見る。
「僕たちは戻るべきか?」
エリオスはすぐには答えなかった。
伝令兵を見て、それから前線の指揮官へ視線を向ける。
「さっき、追撃部隊は戻ってきたって言ったよな?」
「はい」
「それに、前線では今のところ大規模な敵部隊は確認されていない?」
「そのとおりです」
エリオスは眉をひそめた。
「それなら、ちょっとおかしいな」
指揮官も首を傾げる。
「勇者様?」
「主力軍を離れた時、周囲から強い魔族の気配は感じなかった」
エリオスは来た道を振り返った。
「もし後方に大量の鬼族が伏せていたなら、
俺が何も感じないはずがない」
第三王子は少し黙ってから言った。
「つまり……主力軍を襲ったのは、
大部隊ではない可能性がある?」
「俺はそう思ってる」
エリオスが頷く。
第三王子は地図へ目を落とした。
「それなら、僕たちを前線から引き離すための陽動かもしれない」
エリオスが彼を見る。
「その可能性もある」
そして、地図を指で軽く叩いた。
「でも、もう一つ考えられる」
「補給か?」
第三王子がすぐに答えた。
エリオスが笑う。
「そう。もし補給部隊の位置を把握しているなら、
後方を襲ったのは俺たちを戻すためじゃない」
「補給そのものを潰すためか」
「そのとおり」
エリオスの表情が引き締まる。
「そうだとしたら、ただの伏撃より厄介だな」
少し間を置いて、エリオスは笑った。
「この西境領主、
俺が今まで会った魔族より戦術に詳しいみたいだ」
第三王子が振り向く。
「敵を褒めているのか?」
「事実を言ってるだけだ」
「こんな時に敵を褒めるのは、どうかと思うが」
「でも、実際かなり上手いぞ」
エリオスは当然のことのように言った。
第三王子は呆れたように彼を見る。
エリオスはそれ以上言わず、通信石を取り出した。
「まず、補給の状況を確認しよう」
魔力を注ぐと、通信石が淡く光る。
「魔塔か? 俺だ」
『エリオス?どうしたの』
すぐに向こうから返事があった。
エリオスは状況を説明する。
「俺と第三王子は前線に到着した。
前線は今のところ安定してる。
ただ、主力軍の後方が襲撃された。
補給にも影響が出てる可能性がある。
国境要塞に連絡して、補給を組み直してもらってくれ」
『分かった。すぐに要塞へ伝えるわ』
通信はすぐに切れた。
エリオスは通信石をしまう。
それを待っていたように、指揮官が再び地図を広げた。
「ここで鬼族の主力と交戦する予定でした」
指揮官が前方の開けた場所を指差す。
「我々が平原へ入れば、西境領主率いる部隊と遭遇すると見ています」
第三王子が地図を見る。
「だが、今のところ正面から戦うつもりはないようだな」
指揮官が頷いた。
「はい。まず撤退し、追撃させたところで伏撃。
さらに後方まで襲撃してきました」
第三王子の視線が地図の上を動く。
「こちらの戦力を、少しずつ分散させているように見える」
エリオスは頷いた。
「だから、もう予定どおりには動けない。
まずは小隊を出す。敵の位置と人数を確認する」
そして、すぐに付け加える。
「ただし、追うな。
どこにいるのかだけ確認してこい」
指揮官が頷いた。
「承知しました」
第三王子は地図を見つめたまま、すぐには答えなかった。
「どうして、敵が交戦してこないと分かる?」
エリオスが顔を上げる。
「分かってないぞ」
「では、なぜ行かせる?」
「今のところ思いつく手が、それくらいだからな」
エリオスは肩をすくめた。
「向こうから攻撃してくるなら、その時は仕方ない。
少なくとも敵の位置が分かるだけ、何も知らないよりはマシだ」
第三王子はエリオスを見たが、それ以上は反論しなかった。
拠点の空気は、先ほどまでとは変わっていた。
何人かの兵士が野営地の端で座り込み、泥のついた鎧を脱いでいる。
その傍では治療師が傷の手当てをしていた。
腕を擦りむいただけの者もいれば、脚に厚い包帯を巻いた者もいる。
エリオスはしばらくそれを眺め、軽く息を吐いた。
第三王子が、その表情に気づく。
「主力軍が心配なのか?」
「うん」
エリオスは否定しなかった。
「姉……聖女様も一緒に来てくれてたらよかったんだけどな」
治療を受けている兵士たちを見る。
「あの人がいれば、少なくとも負傷者の治療はもっと楽になる」
そう言ってから、エリオスは空気を誤魔化すように笑った。
「まあ、来てないなら来てないなりの戦い方があるさ」
第三王子は何も答えなかった。
目の前の兵士たちを見て、それから魔境の奥へと視線を向ける。
――この戦争は、もう始まっているのだ。




