B:老人の分身
なるほど、そういうことなのか。老人は頭の中を覆っていた霧がきれいに晴れたような気がした。美青年のことを受け入れがたく思ったのは、彼が老人の分身だったからなのだろう。
それを自覚すると、心の中で彼を「美青年」と呼んでいたことが、たまらなく恥ずかしくなった。自信家で傲慢だった若かりし頃には、自己愛というかナルシストの傾向があった老人である。若い頃の記憶など、できることなら、すべて消してしまいたいところだ。
以心伝心。美青年は老人の表情から読み取ったらしい。
「あなたにわかっていただけて、本当によかった。もし、気づいてもらえなければ、差しさわりのない話を延々と続けなければならないところでした。これで、ようやく、次の段階に向かうことができます」
青年が水場のほとりに屈みこみ、両手で水をすくいあげ、じゃぶじゃぶと顔を洗い始める。やがて老人の方を振り向いた時には、若かりし頃の老人の顔になっていた。
青年は満面の笑顔を浮かべて、
「解答を得るために、今なすべきこと。それは、会話の形を借りての、自問自答です。蛇足になりますが、僕はあなたの分身なのですから、それは自問自答と同義である、という理屈です」
老人は溜め息を吐いて、
「なるほどね。そちらの理屈では、こちらに拒む権利はないわけかね?」
「拒むも何も、自問自答を望んでいるのは、あなた自身じゃないですか」
「そうだったかな。私は本当に、そういう自問自答を望んでいたかな?」
「ええ、望まれていました。だからこそ、僕はこうして現れたわけです」
老人は再度、溜め息を吐き、
「どうも、近頃、記憶があいまいでね。ずっと考え事をしていたのは確かだが……」
「ほら、たぶん、それで考えに煮詰まって、話し相手を求めたんじゃないですか?」
そう言われてしまえば、老人はそういう気がしてきた。
「しかし、話し相手といっても、それが若い頃の自分自身では、いささか……」
「ふふ、役不足というわけですか? だって、あなた自身なのに?」
「……なるほど、そういう見方もできるか」
「そうですよ。どうぞ、思い切って話してください。ダメ元でいいじゃないですか」
「……これが、自問自答というのは、どうにも受け入れがたい」
「そうですよね。あなたの気持ちはよくわかります。わかりすぎるぐらいです」
「それは私の分身だからかね。これはまるで、茶番劇じゃないか」
「まぁまぁ、それで、あなたは一体、何を考えていたんですか?」
老人はしばらく躊躇っていたが、青年にせっつかれる形で、ようやく口を開いた。
「私が思い悩んでいるのは、この世界の未来についてだよ」




