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003悪役令嬢がご近所づきあいを始めた件

隣に異世界人が引っ越してこようが、悪役令嬢と友達になろうが、翌日の月曜日になれば琴音も高校に通学する日常がやってくる。


「いってきます」と同時に玄関を出て、数歩進んだところで出くわしたのはご近所の鈴木さん(46)と何やら揉めているマーガレットとエドワードの二人である。


「おはようございます、どうしたんですか?」


制服で通りすがりに尋ねた琴音の姿に、マーガレットとエドワードは嬉しそうに微笑み、鈴木さんに至っては少し困った顔をしながら「おはよう琴音ちゃん」と返してくれる。遅れて異世界組二人も「おはようございます」と返してくれたものの、先に口を開いたのは鈴木さんだった。


「こちらの外国人の二人、昨日引っ越してきた人達でしょう? 今朝ゴミステーションにゴミを出したんだけど、燃えるゴミと燃えないゴミが混ざっていたのよ」

「あらら」


異世界のゴミ出し事情はわからないが、少なくともゴミ出しは使用人の役目であり、貴族本人がゴミ出しをすることはなかっただろうから知らなくて当然だろう。

しかし、彼女らは話してわからない人達ではないはずだ。分け方さえ教えれば揉め事にはならないはずなのだが。

鈴木さんも困っているようだが、マーガレットとエドワードも困った表情をしている。


「それがねぇ、このお二人さん、燃えるゴミと燃えないゴミの分別がわからないって。何度も教えてるけれど理解できないみたいでねぇ」


どういうことだ? と琴音の視線が二人に向けられると、マーガレットは頬に手を当てながら首を小さくかしげて。


「大抵のものは魔法で燃やせるものですから、全部燃えるゴミでよいのではないかしら?」

「魔法設定のある異世界だったんだ!?」


初耳である。


「ゴミは勝手に燃やしてはいけないと伺っていたため、まとめて出してみたのですが……」


と付け加えてエドワードが説明してくれたことでようやく理解する。

一応、こちらの法律は理解しているようで、ゴミを各家庭で勝手に燃やすのは確かに禁止されているが、日本の法律も魔法は流石に想定外だろう。


「第一、生ごみなのに燃えるゴミっていう理屈が理解できませんわ!」

「生なのに燃えるというのはどういうことですかな?」

「そっからかぁ!」


思わず自分の額をペチッとしてしまったのは仕方がない。

こればかりは文化の違いというより、日本語の解釈の違いという方がシックリ来るだろう。琴音はすぐに理解できたが、鈴木さんには理解できていない様子だ。

細かく丁寧に説明してあげたい気もするが、如何せん、琴音は高校に向かわなければならない。かといってこの状況を見過ごすほど無責任な人間でもないつもりなのだが。


困り果てている三人に琴音が加わり四人になったところで、更なる登場人物が現れた。


「おはようございます。揃いも揃ってどうなさったのかな?」


声を掛けられ振り返ると、そこにいたのは班長の大柴さん(84)だ。大柴さんが両手に持っていた小さなゴミ袋をゴミステーションに置きつつ、鈴木さんから改めて説明を受けると、大柴さんはうんうんと小さく頷いてマーガレットとエドワードに振り向いた。


「すまんすまん。こちらの落ち度だ。班長である私が一度お家に伺って、この地域のルールを説明せねばいけなかったのに、昨日は生憎用事があってお伺いできなんだのよ。申し訳ないが、今回のゴミは一旦持ち帰ってもらっていいかね? 分別方法も含めて、もし都合がよければ今日説明しに伺いたいと思うのだが」

「まぁ、わざわざ領主様に足を運んでいただけるなんて」

「はははっ、面白い事を言いなさるなお嬢さん。班長じゃて、領主ではないよ」

「領主様とは違うのかしら? 班長様? 変わったお名前ね?」


役名である。

第一、領主が役名であるのに班長が名前だと思った経緯を知りたいところだ。


「でも大柴さん、この人たち外国人さんだから、どちらかというと日本の常識がわからないみたいよ」

「ほほう、異文化交流というやつですかな? こりゃ楽しみじゃわい。この年になって新し文化に触れられる機会もそうそうないですからな」


ものは考えようである。


鈴木さんも決して嫌味な人ではなく、親切心から二人にゴミの分別を諭そうとしていたのだろうが、異文化過ぎて説明するのが難しいと感じたのだろう。マーガレットとエドワードが理解できないという部分が理解できないのだから、それは仕方がないことだ。


一方の大柴さんは最初から違う文化で生きてきた存在として二人を受け入れた故にそのような思考に至ったのだろう。

そんなものかしら? と納得し始める鈴木さんも大概お人好しである。

年の功かはわからないが、大柴さんのおおらかさに全部が許容範囲になっていく。ご近所さんは真智子含め、全体的に異世界人二人を寛容的に受け入れる態勢バッチリである。


「あ、学校行かなきゃ!」

「学校?」


琴音の発言に反応したのはマーガレットだったが、それに答える時間がない。


「メグ、その話はまた今度! それじゃあ大柴さん、鈴木さん、後よろしくお願いします!」

「いってらっしゃい」

「気を付けてね」


解決まで見守りたい気持ちはあったが琴音は皆に手を振りながら、通学路を少しだけ駆け足で駆け抜けたのだ。



 ◇◆◇



学校の帰り道、琴音を待っていたのはエドワードである。

燕尾服で自身の――否、マーガレットの家の前に直立不動で立っており、何事かと思いながら挨拶しつつ通り過ぎようとしたところ、ずいっと目の前に差し出されたのは一通の手紙。

受け取ったはいいものの、すぐに開封するようにと促されて理解できぬまま開封する。

ちなみに《シーリングスタンプ》蝋印を押された手紙を貰うのは初めてでちょっとドキドキした。

細かい紋様が記されていたのだが、これは彼女の家紋だろうか? と思いつつパキッと音を鳴らしながら開封する。


そこに記されていたのは――。


「すみません、文字が読めません」


異世界の文字だった。


てっきり言葉が通じるので文字も読めるかと思ったが、そういうチート機能はなかったらしい。英語でもなければ日本語でもない。韓国語のような丸みもなければ、アラビア語のようなウネウネした文字でもない。どこの国の文字とも似ていない、完璧に異世界文字である。ちょっと教科書で見たことがある楔形文字に似ている気もするが、普通の高校生である琴音に解読は無理だ。

エドワードに至っては想定外の返事だったらしく「なんとっ!?」とショックと驚愕を織り交ぜた表情を浮かべている


主人の想いを届けられなかったエドワードは動揺を見せたものの、すぐにコホンッと正しながら「僭越ながら代読させていただいてもよろしいでしょうか?」と立候補してもらったので、お願いすることにしたのだが。


何しろ、めちゃくちゃ時候の挨拶が長いし独特である。


マルベラの歌う季節となりました、いかがお過ごしでしょうか――と言われても、マルベラとはなんぞや。

今朝あったばかりなのに体調の事ばかりうかがわれるのもいかがなものか。


結局のところ要約すると「うちに遊びに来ない? できれば今すぐ」である。


「めんどくさっ!」

「だ、駄目だったでしょうか?」


駄目なのはこの無駄な手紙のやり取りであって、遊びに行く事ではない。


第一、いつ帰ってくるかもわからない琴音を家の前で待ち、手紙を渡し、読ませ、そして本来であれば手紙で先に返事をしてから家を訪問するらしいのだが、回りくどすぎる。


こちらのやり方がわからないにしても、貴族とはとことん面倒な慣習を持っているものなのだと呆れるばかりだ。

ソワソワと返事待ちのエドワードに対し、琴音はため息交じりに笑った。


「遊びに行くのは大丈夫です。あと、手紙は大変だから口頭で誘ってもらって大丈夫ですよと伝えてください。えっと、とりあえず一旦家に帰って着替えてきてから訪問させてもらっていいですか?」


そう伝えると、エドワードはようやくホッとしたように微笑んで頷いたのだった。


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