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第六話 檄!



同じころ、キャリッジの格納庫にて。


マルグリットとカトリーヌの二人は、それぞれのバトルドレスのコクピットに乗り込み、機体を緊急モードで始動していた。

宇宙海賊に襲われた場合、民間で所持が許される最高の性能を持つ兵器であるバトルドレスを出撃させれば、相手の母艦を危険にさらして撤退させたり、やむを得ない場合にはそのまま離脱してしまえるため、とにかくバトルドレスを稼働させることが最適解とされているのだ。


 「あ~、びっくりしましたわね。最近の宇宙海賊って、お嬢様がやってらっしゃるの?」


かちかちと忙しくスイッチを操作しながら、なんでもないように声を掛けるマルグリット。カトリーヌは、はたと手を止めて、少し考えてから返答した。


 「あれは……野良お嬢様、だと思います。学園を退学になったり、入学できなかったりしたお嬢様が、海賊に身を窶すこともあるとか……」


カトリーヌの目元に浮かんだ表情は、深刻そうだった。自身の境遇を、彼女らに重ねずにはいられなかった。所々がほつれたインナードレスは、自分が着ていたかもしれなかったのだ。


 「……そうなんですのね。であれば、あの娘たちを止めて、目を覚まさせてあげないといけませんわね、カトリーヌさん?」


いつの間にか手を止めて、映像越しにこちらを見つめる瞳。カトリーヌは、その爛々と輝く瞳が、愛と劇しさで光を増すことを知っていた。


 「……! そうですね、行きましょう、マルグリット様!」


 「その意気ですわ。機体の方は問題ありませんの?」


 「……う。それは――」


 問題は……あった。整備のために、外装の殆どを取り外した「シンデレラ」は、改修時に装備した武装や装甲、追加スラスターの類を装備していなかった。電磁装甲や慣性制御推進などの基本機能は動作するが、切り落とされた左腕は上腕から先がない。

 見た目にも、胴体のバイタル・パート以外はフレームがむき出し、骨と皮といった風体だ。以前の重々しいフルプレートの騎士のような様相は見る影もないが――


 「……。機動力は、「スペルド」よりも上です。陽動なら、この機体で十分こなせます!」


 「なるほど、良い答えですわね。相手方はどうなの、セバスチャン?」


機体の調整をしながら、カトリーヌのセバスチャンが返す。


 「民間型のバトルドレスが三騎、うち一騎は、固有のジャミングパターンからジュピター・フレームの電子戦型と思われます」


 ふむ、と顎に手を当てるマルグリット。接近に気づけなかったのはそのせいか。一騎は確実に後衛であるなら、残る前衛の相手を自分が受け持つべきだろう。


 「……カトリーヌさん、わたくしが先に出ますわ。できるだけ引き付けますので、後方のシャイなお嬢様を見つけて、一緒に踊ってさしあげて?」


 「わ、わかりました。やってみます!」


 話はまとまった。同時に開かれるスロットルに呼応し、リアクターが唸り声を上げ、莫大なエネルギーが機体を循環しはじめる。


 「緊急始動、完了でございます。リミッターは3番、8番が解除、出力のスロットル比にご注意くださいませ。エアロック、ケージ開放。それでは、いってらっしゃいませ」


キャリッジの天蓋が大きく開き、機体の拘束が解かれる。星々が、黒々とした闇を背に輝く宇宙《そら》。吸い込まれるような暗闇を裂いて、目も眩む閃光が走った。

キャリッジを掠めた────いや、敢えてスレスレに放たれたビームはその粒子を溢しながら、宙に消える。その直後に、キャリッジからその威容を現した白い鉄姫。マルグリットのバトルドレスである。頭部から後ろに伸びるヴェールのようなフラップ・バインダーが、続いて多方向へのスラスターを集約した肩部が覗く。そして、それを狙い澄ました、本命の第二撃が襲う。

引き金を引いたベアトリスは、この時点で勝利を確信していた。キャリッジからの離脱前、このタイミングであれば、スラスターを大袈裟に吹かすこともできず、電磁装甲を展開することもできまい。

たとえ卑怯と謗られようと、もはや守るべき誉れも、家すらも存在しない。今のベアトリスの十八番《スペシャリテ》は、大火力のビーム・カノンによる先制狙撃。それを後ろめたくも思わなかったし、自分には向いているかもしれないとさえ思うことがあった。大気中の実弾兵器にもまして様々な力場の影響を考慮しなくてはならないビーム兵器による狙撃────その極度の集中状態が生み出した、引き伸ばされた刹那に、ごつい砲身の脇から吹き出す冷媒液と、伸びゆく光条を見送りながら、ベアトリスはそんなことを思った。死を待つ獲物を思って感傷的になるくらいの心は、少女にも残されていた。ほかの二人もそうだろう。しかしいずれ、破壊を伴う不可避の光が白いバトルドレスを撃つだろう。元来パワーパックの貧弱なアレス・フレームにジェネレーターを増設して発射されるのは一般流通品のビーム・カノンだが、リミッターを取り外す改造を施してある。この出力が直撃すれば肩口から弾け、とどめを待つのみとなろう。

そうなるはずだった。しかし、現実はそうはならなかった。


 「なっ……何だ!?」


 「…………」


 追加センサーの装備されていないクラウディアの機体からは、ただ、光の筋が着弾時に弾けて、それが水切りのように跳ね飛んだようにしか見えいなかった。

 しかし、砲狙撃用に改修されたベアトリス機と、電子戦用の装備を施したスチュワート機には、はっきりと見えた。


 「あいつ......!ビームを斬り払いやがったよ〜!」


 「どうなってる……亜光速弾で野球でもやってるのか……!?」


『スノウホワイト』が起こした上体。その右腕に握られていたのは、やはりヘビィランスである。素材の重金属に由来する頑健さに、対光学兵器用の蒸散コーティングを何層にも重ねて生み出された、圧倒的な耐久性。それを持ち上げざまに振るって、刃の腹でビームを弾いたらしい。


 「なんて野郎《おじょうさま》だ……」


 「クラウディア〜……?」


言葉とは裏腹に、クラウディアの頬には笑みが浮かんでいたし、ベアトリスはそれに気が付いて、かなり腹を立てていた。宇宙海賊に身を窶してまで生き延びていられるのは、そりゃあリーダーであるクラウディアのおかげでもあるのだが、それでもこれは悪癖である。ベアトリスやスチュワートを責められるものではない。

 クラウディア・クリューゲルは喜んでいた。未だ見ず、久しく見ぬ強敵に。己の全力を振るい、尽くを奪うに足る獲物に。クラウディアの胸はときめいていた。つまるところ、クラウディアは、お嬢様たり得ずとも、正しく矜持のある宇宙海賊たらんとするのである。


 「ペロー!」


ジェネレーターを全開にして、スラスターを吹かせる。重フレームの大質量は数瞬の後に加速して、亜光速の彗星と化す。

 クラウディアのバトルドレス「ペロー」は、ベースこそ旧型のアレス・フレームだが、その主要用途の違いからくる出力問題をフレーム全体のパワーパスの大改造とパワーパックの換装によって解決した、俗に「改アレス・フレーム」と呼ばれる仕様である。

 

 「久々の獲物だ!オレの獲物だ!嬉しいなあ、ああ!?」

 


視線の先で、キャリッジから離脱しつつある「スノウホワイト」は、空の左手で足元のランチャーを拾い上げ、無造作に数発放って捨てた。それらは、所作とは対照的に、正確にクラウディアとベアトリスを目掛けてロケット弾が濃紺の宇宙に噴炎を輝かせる。数秒掛けて光の線にしか見えなくなるほど加速した弾頭は、しかしジャミングによってその信管を動作させられずに、回避機動を取った2騎に難なく躱されてしまう。

 スチュワートは、脳内のコプロセッサを稼働させながら、システムに接続された物理キーボードでコマンドを打ち込み続ける。


 「出過ぎるなよォ、クラウディア!ベアトリス、修正諸元だ!あと8発はコレで行ける!」


 「無理だね!あんなの、前で抑えないとアッという間にドボンだ!」


 加速を緩めないクラウディア。ああもう、とスチュワートはくせ毛を掻いた。その横を、冷媒液の交換を終えたベアトリスがすり抜けて行く。


 「同じく〜。諸元ありがとね〜」


 ぽつりと残されたスチュワートは、まったく、まったくもう、どいつもこいつも……と、ひとりごちて、ひととおりを済ませてから、交戦距離を計算して、ジャミングの有効範囲に収められるポジションを探すため、控えめにスラスターを吹き出した。


 星が伸びて見えるほど高速で駆けるマルグリットには、まっすぐ突っ込んでくるクラウディアと、左下方に遷移しながら牽制弾を送り込んでくるベアトリスが見えた。もう一機はアクティブステルスとジャミングに自身と母艦を隠し、位置が読めない。

 光弾をバレルロールの要領で躱しながら後方を見遣ると、キャリッジから離脱する「シンデレラ」が僅かに見えた。


 「……頼みましたわよ、カトリーヌ」


無自覚にか、優しい笑みを浮かべ、直ぐに前に向き直る。爛と燃える瞳は、すでに違う表情をしていた。


 「さあて、折檻の時間ですわね!かかっていらっしゃい!」


 向かい合った2騎は更に加速し、交戦距離に入った。


 正面のクラウディアが、両腕から速射砲《オート・キャノン》を進路上にばら撒くように発砲していて、それを躱すために機動するとベアトリスからの狙撃が飛んでくる。

 ほぼ光速で飛来するビームと異なり、時間差で複数の砲弾が飛来する実弾兵器の利点を活かした、投網のような弾幕。


 ビームに弾速で劣るためにトレンドからは外れ気味だが、命中時には電磁シールドに大きな負荷を強制できる実弾兵器を、直撃を嫌がって回避する相手に押し付け続け、削り殺す。クラウディアには、機体が鈍重だろうと削り合いに勝てる自信があったし、事実その技量も持ち合わせていた。そして、何故かは分からないがこのままいけば自分が負けるかもしれないと思う勘の良さも。


 砲弾の雨は、マルグリットと「スノウホワイト」には関係なかった。電磁装甲に出力を回して、前方へと踏み込む。電磁シールドで角度の浅い砲弾を弾き、突破してくる砲弾は関節などの装甲のすき間に当たらないよう適宜姿勢を変えていなす。


 結果、57mmの高速徹甲弾が降り注ぐ中を、最短距離で突破した「スノウホワイト」が、勢いそのまま「ペロー」に肉薄し、ごく鋭い突きを放つ。

 人間の反応できる速度を大きく超えた攻撃だったが、それでもその切っ先は「ペロー」の胸先を僅かに切取るに留まった。


 クラウディアは、ほとんど無意識下で咄嗟にスラスターを稼働させ、相対速度を殺しながら上方へと回避したのだ。


 両者は、互いに感嘆した。一方は、ほとんど不可避の突撃を躱したその技量に。一方は、自身の攻撃を見切ってアクセルを踏み抜いたその度胸と、時代錯誤なその防御力に。


速すぎる速度から両者互いに脚を出しながら、クルリと機体姿勢を回転させて、高速ですれ違いつつ向き合う。


 「おやりになりますのね、海賊さん!お名前は!?」


 「ありがとよ、アルマジロ野郎!シャクだが、名乗るのはやぶさかじゃないぜ!」


 やっと訪れた機会に、驚愕しながらベアトリスがビーム砲弾を送り込む。僅かに姿勢を変えて加速し、強引に躱すマルグリットを見ながら、クラウディアも追いすがるように加速してさらに砲弾を送り込む。


 「あたしはクラウディア!クラウディア・クリューゲルだ!覚えておけよ!!」


 「素敵なお名前ね!わたくしはマルグリット・ティーガーデン!以後お見知りおきを!」


 ベアトリスに接近しようとする「スノウホワイト」に、クラウディアはレールバレル(電磁加速用の銃身機構)の出力を上げた弾雨で牽制する。

今度は大きく回るように余裕を取って回避するマルグリット。先ほどの突撃でかなり電力を消耗したためだ。コンデンサ容量を回復させなければ、先ほどのような無理な突っ込みはできない。ダンスはリズムだ──それに食らいつくクラウディアも「ペロー」も、莫大な推力を振り回して無茶苦茶な機動を繰り返す「スノウホワイト」に、何度も切り返しながら射角を維持し、ギリギリの所で電力をやりくりして有利を作ろうとしている。


 クラウディアの駆る「ペロー」は、もとは鈍重なアレス・フレームでありながら、根本的な設計限界を超え、余裕のある出力を攻守ともに取り回しやすくなっている。代償として、排熱効率の悪さ、システムアーキテクチャの噛み合いの悪さからくる射撃戦適正の低さが欠点であるが、そこを補うようにスラスターを強化、さらには駆動系を増設してレスポンスを向上させ、両腕に装備された速射砲《オート・キャノン》を取り回せるように改修されているのだ。


 つまり、限界スレスレまでスラスターを酷使して得た脚と、片腕あたり6200発の砲弾の暴力で以て相手の機動を制限しながらベアトリスをカバーし、その砲狙撃によるプレッシャーを掛け続けている。


 しかし、並々ならぬプレッシャーを感じているのは、ベアトリスも同じだった。とんでもない勢いで距離を詰めようとするマルグリットに対して、クラウディアによる追い込みの効く位置を維持して後方へと下がるだけでも、ジェネレータは悲鳴を上げている。その上、砲身の冷却などで少しでも隙を見せると、今度は弾雨をすり抜けながらクラウディアを狙おうとするのだからたまらない。

 決定的な位置に、致命的な狙撃を続けているはずなのに。ベアトリスは、焦燥と羨望も、同時に感じていた。これがお嬢様か。優雅な円運動と微妙なスロットル操作を組み合わせて、軌道を読ませずに翔ぶマルグリットを見て、それを叩き落とさんと、推進の振動で揺れるレティクルを修正して引き金を引きながら、もっとそれを見ていたいと思った。そうあれなかった自分に、憎々しいとも。


(ああ、みっともないなあ、私は。けれど……)


「それでも、こっちにも意地があるの!墜ちてよ、お嬢様!」


それを見ていたスチュワートは、正直に言って近づきたくなかった。だが、このまま粘られるとクラウディアとベアトリスの武装が先に音を上げる。負けるのはこちらだ。データリンクを通して送られてくる、みるみるうちに減っていくクラウディアの残弾数、そしてベアトリスのビーム・カノンに蓄積していく熱負荷の情報が、如実にそれを物語っていた。

 スラスターの噴射炎が見えないように慎重にスロットルを開き、静かに宇宙空間の闇を滑った。


 同じように、その喧騒を横目に静かにキャリッジを蹴って、慣性制御のみで戦場の右側へと遷移する影があった。カトリーヌの『シンデレラ』である。


 カトリーヌもまた、胸中穏やかでは居られなかった。キャリッジのデータリンク越しにモニターされている「スノウホワイト」の情報は、ジェネレータは臨界ギリギリ、スラスターはほぼ常時フルスロットル、コンデンサ容量はカツカツ。見た目の優雅さとは裏腹に、余裕があるとはとても言えない状況だった。最低限の整備は済ませたとはいえ、200年の眠りから醒めた「スノウホワイト」は、オーバーホールを行なっていない。いつ、どこにガタが来てもおかしくない状況なのだ。いくらマルグリットが凄腕熟練(ベテラン)お嬢様だったとしても、機体が付いてこられなくなっては、その技量も意味を成さない。


 なんとしても、「スノウホワイト」が限界を越えるその前に、カタを付けなければならない。他の誰でもない、私が!

 逸る気持ちを抑えるように、早鐘を打つ心の臓を抑えつけ、努めて静かに、出来るだけ疾く、機体を前へと押し出した。


 打って変わって、マルグリットはこの状況を楽しんでいた。弾雨を浴びながら、寸での所で飛来するビーム砲弾を躱し続ける。自身と機体《スノウホワイト》の限界を発揮し続けられねば負ける(死ぬ)という状況にあって、超高Gで狭まる視界とは裏腹に、世界がゆっくりと広がるような感覚を感じていた。

 それは、200年前に感じた感覚。無意識下で、その記憶とリンクした体験が朧気に呼び起こしたのは、星間戦争に至るその途上、貴族間紛争の最中に行われた実戦訓練のフラッシュバックだった。

 かつて慕った、名も知らぬ誰か。顔も忘れてしまった、大切な女性《ひと》。逆光にぼやけた記憶の一幕が、優しい香りを伴って呼び起こされる。


 『マルグリット。あなたが、──────』


意味をなさない、曖昧な単語たちの中で、その一節だけがはっきりと聞こえた。


 「…………お姉様」


口をついて出た言葉に、マルグリット自身も驚いていた。その激しい動揺が、機体操作にほんの僅かな狂いを生んだ。直線距離にして数十センチメートル、僅かコンマ数度の軌道の変化。


「!」


「しまっ……りましたわ!!」


 そこを、スチュワートは見逃さなかった。頭部の大型レドームほか、全身の電子戦装備から、人間が浴びれば即死するほどの強力なECMを指向させてぶつける。本来であれば、マルグリットの回避運動に合わせられないレベルのものだが、操作ミスを取り戻そうと無理な機動を行なった事が仇となった。

 電磁波の嵐が「スノウホワイト」を襲い、センサー類が一瞬ノイズでホワイトアウトを起こす。ECCMが機能するまでの数瞬、マルグリットの目と耳は完全に潰された。


「これがァ!あたしらの十八番《スペシャリテ》!!」


スチュワートが吠える。さらに別帯域でのジャミングを被せ、「スノウホワイト」へ誘導弾を撃ち込む。


「……!」


「貰ったァ!!」

 

 そこへさらに襲い来るのは、クラウディアの「ペロー」とベアトリスの狙撃。


 クラウディアは、速射砲《オート・キャノン》を貫通させるべく弾幕を張りながら肉薄し、ベアトリスのビームカノンがそれを追い越して超長距離から最大出力で放たれる。三方からの一斉同時攻撃《クロスファイア》。もはや、回避は不可能だった。ECMの余波で、センサーとの連携が必須の電磁装甲も展開出来ない。


 永遠にも感じられる刹那の中で、しかし唸りを上げるのは「スノウホワイト」のリアクターだった。背中から光子を吹き出して、迫りくる「ペロー」をセンサー・アイで睨めつける。


「!?」


 クラウディアは驚愕した。こいつには、もはや打つ手など残されていない筈だ。そのはずなのに────なんだ、この闘気は!?


 マルグリットは、残された全電力を駆動系に振り分けて、最高速でヘビィランスを振るった。まずはビーム砲弾を切っ先で受け流しながら、峰でクラウディアの放った砲弾をはじき飛ばす。拡散したビームの粒子が、後続の砲弾を誘爆させる。


(受け切る気か!?だが────!)


 クラウディアは、ダメ押しにさらなる砲弾を撃ち込みながら、右腕の速射砲《オート・キャノン》を前腕後方へ格納して、肘先に隠された予備のプラズマ・トーチを展開した。脚を止めた『スノウホワイト』へ、距離を詰めながら砲弾を送り込み続ける。これを捌き切るのは、万全のヤツ(マルグリット)なら可能かもしれない。しかし、背後から迫る誘導弾に対処するにはこちらに背を向けるか、そうでなくとも唯一の武装であるヘビィランスを後ろに振るう必要がある。そこに砲弾と共に飛び込めば、対処は不可能になる────単騎ならば。


 マルグリットは、下唇を噛みながら、額には汗が浮かんでいた。不覚!戦闘中に考え事なんて。失礼なことを致しましたわ──そんなことを思っても始まらない。なにより、「スノウホワイト」はもう限界だった。一瞬前に切り払った時に理解した────ガタが来た。右腕駆動系が悲鳴を上げて、電装系の一部が焼き切れる感覚があった。リミッターを解除した緊急出力で無理をしたのが祟ったか、そもそも電装系の劣化が原因か、その両方なのか。だが、やはりそんなことを考えても仕方がない。迫る「ペロー」と同時に、背後の誘導弾に対応しなければならない。感覚《フィードバック》の無くなった右腕を後ろに回して、ピルエットの要領で回転、「ペロー」が距離を詰めるまでに砲弾を躱しながら向き直る事が出来れば────無理だ。間に合わないし、この右腕では……必死で他の打開策を考える。万事休すってこういうことを言うんですのね。呑気にそんなことを考える別の自分がいる気がする。そうこうしているうちに、徹甲弾の雨と誘導弾がスローモーションで近づいてくるのが見えた。


 誘導弾が最後の軌道修正を終えて、こちらへ飛び込んでくる────瞬間。


 「────────マルグリット!!」



 暗闇を裂くように、光が走った。

溶断された誘導弾が一斉に炸裂し、宇宙を照らす。光は、マルグリットの頭上から発されていた。

 見上げると、爆炎に照らされた「シンデレラ」が、スラスターを全開にして右腕を伸ばし、掌からビームを放っていた。


 「……カトリーヌ!」


さらに数発のビームを撃ち込み、「ペロー」を減速させる「シンデレラ」。そのまま軌道を変え、スチュワートへと突進する。

ECMから解放された「スノウホワイト」のセンサーが復帰し、電磁装甲が息を吹き返した。


 「なんだってのォ!?」


スチュワートは携えた軽量ライフル砲を乱射しながら、後ろに退かざるを得なかった。高速で離脱していく二騎を横目に見て、「スノウホワイト」がクラウディアへと向き直る。


 「さぁ、今度こそ!お仕置きの時間ですわよ!」


 「ぬかせッ!!」


それでも、クラウディアは止まらなかった。砲弾はまだ、もう1連射は出来る量残っていた。弾倉の底から、ベルトを通して速射砲《オート・キャノン》へと最後の砲弾が送り込まれる。


薬室へと装填された弾薬が、火炎を伴って加速され、銃身内でスパークとともに更なる速度を得てゆく。音速を遥かに超えた砲弾が、砲口から複雑なプラズマを纏いながら連続で発射される。

その致命的な鋼鉄の礫たちを、機体姿勢を斜めにして、ベアトリスからの狙撃を躱しつつ、装甲で受け止める。装甲でひしゃげた弾頭が、火花となって弾け飛び、闇へと溶けて見えなくなる。


(なンて硬さだ!!レールバレルは最大出力だぞ!?この距離でも抜けねェとは……!!)


 クラウディアは脳内で悪態をつきながら、やはり突進を止めなかった。物理装甲では理論上受けきれない出力のビーム・トーチがある。ここで仕留めきれなければ、次はベアトリスが狙われるのは自明だった。なれば。


 「ここで墜ちろォ!マルグリット!!」


 マルグリットは、もう狼狽えなかった。おもむろにランスを左手に持ち替え、左手を返すようにしてくるりとランスの矛先を自身の前で回転させる。身体の内側から、頭上を通って外側に向けた切っ先が、降り注ぐ砲弾を弾き飛ばしながら、「ペロー」の右腕をいなした。


 「なっ────!?」


 たった一動作────それだけで、クラウディアの放った砲弾と突き出したプラズマ・トーチの両方、渾身の突撃は無力化された。


勢い余ってぶつかり、額を突き合わせる二騎。


 「手前《テメェ》……ッ!!」


 「ごめんあそばせ────こちらも本調子じゃありませんの。今日のところは、これでお開きですわね」


 「スカシやがって……!!」


 「行きますわよ……!」


 回転の勢いのままランスを手放し、空いた左手で「ペロー」の右腕を掴み────肩をぶつけて機体を捻るように回しながら背を曲げる「スノウホワイト」。規格外の膂力と重量に振り回されるようにして「ペロー」は宇宙を舞い、そのまま投げ飛ばされた────背負投である。


 「おわ──────────ッ!!!!」


 「クラウディアっ!!」


一瞬で極超音速に達した「ペロー」の飛んでゆく先には、トドメのために距離を近づけながら冷媒液を交換していたベアトリス。咄嗟にビームカノンを投げ捨て、腕を広げてクラウディアを受け止める。慣性制御を利かせてもなお、壮絶な衝撃が二人のお嬢様を襲った。


 ごおん、と轟音をコクピットに轟かせ、二騎が重なる。

まずい。追撃が来る。分かっているのに、身体が、機体が動かない。勢いそのまま、スラスターで二騎分の重量を抱えて、やっとの思いで急制動をかけるベアトリス。数秒掛けて停止したそのときには、目と鼻の先に、右手を腰に構えた「スノウホワイト」が見えた。


 「歯ぁ食い縛りなさいませ!」


一瞬────横目で、数千キロの先を見た。そこで戦う友人の姿を。


 構えた右腕の装甲が展開され、冷媒を吹き上げながら光が溢れてゆく。電磁シールド技術の応用で斥力を相手に押し付ける内蔵兵器であることは、ベアトリスにも想像がついた。その直撃の威力がどれほどのものかも。右腕は潰したはずでは────そんな思いも過ったが、もちろん、それどころではない。


 「クー・ド─────……!!」


 一極に集められた光が、正拳突きと共に解き放たれる。宇宙の闇に眩い光を放って、重なった二騎の鳩尾に拳がめり込む。


「グラァァァア──────ス!!!!」


 







 同じ頃。カトリーヌは焦っていた。隠密に動き、電子戦機を潰すはずが、姿を晒して取り逃がしそうになっているから、ではない。


 「なに、これ……!?」


 グリム・モデルの素体に特有のステルス性能によって、マルグリットの危機を救うことには成功したが……追撃をかけると、今度はこちらがECMとジャミングの嵐に飛び込んでしまったらしい。モニターを見遣れば、そこら中にレーダーゴーストが表示されているし、ざっと100はロックオンボックスがちらついている。肝心の光学センサーにも、高強度のEMPを当てられているらしくノイズが走りっぱなしだ。


 「ど、どうしたら……!?」


 そのうえ、視覚外からの狙撃、軌道をプログラミングされていて発射位置がわからないミサイルが方方から飛んでくるのだからたまらない。電磁装甲があるとは言え、直撃を受け続ければ破片や砲弾に突破されかねない。そうなれば、本体の装甲は無いに等しい「シンデレラ」では一巻の終わりである。

 なんとかしてこのジャミング網を突破しなければならないのだが、離脱しようとすれば的確なタイミングで射撃され、またジャミング圏内に押し込まれてしまう。


 「このままじゃ……!!」


回避運動で電力を削られて────死ぬ。

 こんな戦い方は、どんな教本にも載っていない。もちろん、ことワルツに於いてはこのような戦法は貴族自らの尊厳を貶めるとして暗黙のうちに禁じられているのである。200年前の、いわゆる『戦場』を経験したマルグリットならまだしも、平和な世界での見世物としてのワルツしか学んでいない現代のお嬢様には、対応が難しいのは言うまでもない。ましてや、実戦経験のほとんどないカトリーヌでは。



また、全方位から同時にロックアラートが鳴り響く。

マルグリットはこんな環境であんな動きをしていたのか。


 「そんなの、私には……」


カトリーヌの目尻が潤む。焦りと恐怖が、諦観に変わり始めていた。



 しかし、スチュワートもまた、焦りと苛立ちを覚えていた。

これほど強力なジャミング下で、死角をついて攻撃し続けているのに、なぜ墜とせないのか。

相手の動きは、控えめに言って素人同然のものだ。軌道は直線的だし、パニックに陥っているのか警戒も甘い。簡単に背後を取れるのに、何故か奇襲が成立しない。操縦技術だけで言えば、クラウディアはおろか、スチュワート自身よりも劣るように見えるのに、いざ攻撃を仕掛けて見ればひらりと躱すその瞬間だけは別人のように鮮やかだ。

だが、スチュワートは知っている。自身の電力をじりじりと削りゆくジャミングを主体とした戦闘スタイルだからこそ。焦って詰めれば、負けるのだ。


両者に横たわった停滞は、スチュワートの技量とカトリーヌの恐怖ゆえに、ひたすら強固に感じられた。

それが、揺らいだ。

EMP爆発のような電磁波のうねりが、ECMをかき消して、疾風のように走った。


「歯ァ……食い縛り……ませ……!」


がりがりと鳴り響くノイズの中で、カトリーヌは確かに、声を聞いた。

その瞬間、カトリーヌの胸にあったのは諦観などという冷えた泥濘では無かった。歯が軋む。

残電力を確認する────余分な装備を降ろしたおかげで電力効率はすこぶる良い。思っていたほどの消耗はなかった。ECMとEMPは依然健在だ。一瞬遅れて作動したECCMで多少マシになっているが、未だ敵の術中。それでも、カトリーヌには見えた。ECMの霧を掻き消した一陣の風が、その一瞬の光が、その瞳をも晴らした。センサーノイズに惑わされないようにオートロックを切り、視線でトラッキングする。

推力を全開にして、一直線にかっ飛ばす。四方八方から飛来するミサイルは、もはや一瞬で全速力に入ったグリム・モデルに追いつく術を持たなかった。


「クソ!ツイてないなァ……!」


咄嗟に後退しながら応射するスチュワート。125mmの鋼鉄の矢が、プラズマを伴って「シンデレラ」に襲いかかる。だが、機体の加速を終えて全電力を振り向けられた電磁装甲を貫通できず、プラズマ化させられた弾頭が力場に弾かれて跳ねる。

スチュワートは悟った。相対する「シンデレラ」は、乗り手に難があっても射撃に対する反応速度が異常だった──スチュワートはもう気付いている。「シンデレラ」が星間戦争の遺物、過去の超兵器である可能性に。このまま近接戦闘に持ち込まれると、機体レスポンスと圧倒的なパワーで押し負ける……!


「……しょ〜がねェな!」


スチュワートは、迫りくる「シンデレラ」を前に、後退することをやめた。諦めたのではない。むしろ、その逆だった。

レドームとECMポッドを展開し、最大稼働状態に入る。電磁波の嵐がはたと止み、……直ぐに、全身からEMPのビームとなって「シンデレラ」を撃った。


「なっ……これは!?」


瞬間、「シンデレラ」に異変が訪れる。レスポンスが以前よりさらに露骨に遅れ始めた。同時に鳴り響く、聞き慣れないアラート。機体の動作計算オーバーフロー────物理的な衝撃を伴うほどの電磁波を受け、ECCMと電磁装甲が機体保護のために全力で駆動し、制御系のリソースを食わされているのだ。途端に緩慢になる機動を見て、スチュワートが叫ぶ。


「動作過負荷《ラグスイッチ》!!これがあたしだけの十八番《スペシャリテ》!!」


同時に、機体各所のミサイルラックから残った誘導弾を全て放ち、ライフルを連射する。


「オール・アウト!!墜ちろォ!グリム・モデル(オールド・ルーキー)!!」


小細工などなしに、計13発の誘導弾と秒間にして5発のフレシェット弾がまっすぐに「シンデレラ」に伸びてゆく。「シンデレラ」は対応できない。回避運動を取れなければ、電磁装甲を貫徹されるだろう。両者が同時に感じたその予感は、純然たる事実だった。


がこん。「シンデレラ」のコクピット内で、シートの後ろ、後頭部のやや後方の装置が音を立てて後方にスライドする。パイロットの脳波をスキャンして動作を計算し、機体に送るシンクロ装置。その機能をキャンセルしたのだ。EMPの処理でオーバーフローした制御系と別に、機体の動作を直接入力する。この状況に対抗するには、それしか無かった。しかし、そこまで追い詰められ、そこまで分かっていながらも、カトリーヌにはまだ逡巡があった。それでも、やるしかない。やれるのか、自分に。

「シンデレラ」の頭部装甲が展開し、本来のセンサーと、隠された最後のECCMが露出する。「シンデレラ」は、この瞬間、本来の力を取り戻した。

しかし当然、以後、機体制御の計算はカトリーヌの脳が大方を受け持つことになる。

流れ込んでくる情報量が脳を圧迫する感覚。同時に、機体が軽くなるのを感じた。縛り付けられたような挙動を脱した。目前に迫る誘導弾と砲弾がはっきりと見える距離────間に合うか!?冷や汗がカトリーヌの横顔を伝うが、気にならなかった。機体を縦に倒すように捻って、さらに加速する。外側に膨らんで飛んだミサイルの群れは、瞬間的な超加速に追随できずに空を切った。


「ありえねェ……!ECMをかけ直したはずだ!!」


そこまでいって、銃身が赤熱したライフルの連射を止めずに、ふと思い至った。この機体がグリム・モデルなら……もしかすると、その真価は────


相対速度の増した砲弾のいくつかが、電磁装甲を突破して「シンデレラ」に穴を穿つ。金属が高速で衝突する轟音とともに、胸と腹、右肩に風穴が空く。右腕が根本から折れ飛んだ。


それでも、カトリーヌは前進を辞めなかった。


「おおおおあぁぁぁぁあっ!!!!!!」


切り落とされたままの左手に取り付けられたビームトーチが光の刃を顕す。一瞬のうちに光が三度《みたび》翻《ひるがえ 》り、スチュワートのバトルドレスの両手足と頭部を斬り飛ばす。


「そうか……お前は……」


リアクターが緊急シャットダウンを掛け、電力を喪失していくコックピットで、スチュワートは膨大な量の情報フィードバックを受けて気を失った。



ワルツが、決着した。

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