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第一話 Wake Up

 遠い、あるいは少し違った未来。人類は宇宙に進出し、繁栄を謳歌している。

その栄華を表すかのように、燦然と輝く光があった。


 宇宙貴族の娘、「お嬢様」と呼ばれる少女たち。


超兵器「バトルドレス」を操る、人為的に強化された彼女らは、企業間の折衝や代理戦争とも揶揄される「舞踏会」で、花形を飾り「ワルツ」を踊る。


 勝ったものがすべてを手にする殺伐とした戦いの中で、少女たちは踊り続ける。

家のため、金のため、あるいはただ愛のため。


全身全霊を掛けて舞う少女たちは、昏い策謀と宇宙の闇で、しかし確かに輝いていた。


 とある辺境の星系。人の気配はない。


 耳をつんざく超音速の風が大気をちぎった。

 二騎のバトルドレスが、絡み合うように地表面を掠め、また空へと駆けて行く。

 甲高い轟音を立てながら、同航戦プロムナード・ポジションでビームや砲弾を投げつけ合っていて、大きな武装を大量に積んだいかにもといった重装型の機体が、細身で小柄な機体に追い回されているようだった。


 「こ、来ないでくださいっ……!」


 大型の機体――「スペルド」を駆る少女、カトリーヌ・ワイスは、やっとの思いでビーム砲を防御しながら、右腕を振るい、トリガーを引く。身体に形成されたナノマシン回路を通して、全高30mを越える機体へと信号が送られ、OSが動作を計算、「スペルド」の右腕ガトリング砲をスピンアップさせる。

 早すぎる連射速度からひとつづきになった砲声を伴い、薙ぎ払うようにばら撒かれる砲弾は、しかし容易く躱されてしまう。リミッターを外せば瞬時に亜光速まで加速する軽量型バトルドレス相手では、牽制になるかも怪しい。


 「だァから!無駄だと言ってるでしょ!」


 ヴィヴィアン・グルームブリッジは吠える。愛騎「アウローラⅡ」は被弾もほとんどなく快調。ビーム砲の直撃こそ躱されているが、このままいけば先に消耗するのは「スペルド」で間違いない。これまでのカトリーヌの戦い方を見ても、大火力での一発逆転を警戒していれば、怖い相手ではなかった。


 「あなたのようなのがいると、私の品位まで疑われるのよ!とっとと墜ちて!」


 しかし、ヴィヴィアン・グルームブリッジは苛立っていた。客観的にみても、もはや勝負はついているようなものだし、操縦技術も、機体性能でも上回っている。だが、なぜか直撃が取れない。装甲の使い方が上手いというか、うまく被弾箇所をコントロールされている。背筋も伸びていないのに完璧なステップを踏んでいるようなものだ。この反応の良さが、ヴィヴィアンには負け犬の自己保身と映った。


 「みっともないって!言ってるのよ!!」


 ヴィヴィアンは「アウローラ」のすらりと長い前腕の下部から、プラズマ・トーチを抜かせた。バシュウッという破裂音とともに、光の刃が伸びる。


 「負けるわけには……!」


 カトリーヌの丸い栗色の瞳には、涙が滲んでいた。

 慣性制御で抑制されてなお強烈な後退Gで、ふわりと広がるクリーム色の髪はゆるく巻いて涙液とともに視界に広がる。このままでは、負けてしまう。


 プラズマ・トーチの刃が迎撃用のミサイルの雨を切り払い、迫る。

 中距離戦用のメティス・モデルをベースにした「アウローラⅡ」に対抗するため、14日間で急遽改装された「スペルド」は、中距離での刺し合いを制するべく大量の火器を追加装備した状態。速力ではともかく、機動力では勝ち目がない。


 接近を拒否するように張り巡らされる砲火をかいくぐり、するりと懐に入られる。


 (斬られる!)


 咄嗟にガトリングの砲身で「アウローラ」を叩きつける。ガツンと大きな金属音を立てて、強い衝撃とともに「アウローラ」を弾き飛ばした。


「このっ……!往生際の悪い……!」


 衝撃の最中、ヴィヴィアンは素早くプラズマ・トーチを振るう。


 胸元を狙った斬撃だったが、押しのけられて空を切り、軌道上にあったガトリング砲を両断した。ひしゃげた砲身とドラム式の弾倉が、ばらばらと空中に離散する。「スペルド」がガトリング砲を切り離すと、一瞬遅れて弾薬に引火、爆発した。


 びりびりと空気が震え、その衝撃波が地表まで届いて眼下で土煙が舞う。岩が揺れ、山が揺れた。

 そして、そのさらに下――――地下で、何かが動いた。




「――――お嬢様。こちらにおられましたか。」


 土埃が漂い、ぱらぱらと土くれが振り落ちる洞窟に、およそ似つかわしくない執事服の男が立っていた。見上げる先には、巨大な人型兵器――バトルドレスだ。

 頭部から後ろに伸びるヴェールと、腰元をふわりと囲む大きく長いスカート状のパーツが、まるでウェディングドレスのような出で立ち。灯りのない洞窟のなかにあって、眠りながらも高貴に佇んでいた。


 その中には、同じように眠る一人のお嬢様があった。頭の両側にロールしたつややかな金色の髪。長いまつ毛は伏せられ、細いおとがいは同じく細い首筋と並んでいる。


 白磁のような肌が、コクピット内のHUDに照らされて青白く透き通っていた。


 瞼が、ぴくりと震えた。




 爆炎が風に流される間もなく、数条の光が煙を切り裂いて空に伸びる。うちの一発が、「スペルド」の左肩を撃った。


「しまっ……!」


 装甲で弾けて、背負ったバックパックに無数のピンホールを作ったそれは、すぐに空気中に霧散したが、「スペルド」の推進系に深刻なダメージをもたらしていた。

 鳴り響く警告音と、一面に広がる警告表示が、カトリーヌをさらに焦らせる。

 強張った筋肉がそうさせたのか、ほとんど反射的にトリガーを引く。散弾で広範囲を攻撃するキャニスター弾頭の誘導弾22発と、左腕のビームカノン、レーザー砲を連射するが、消し飛んだ爆煙の向こうにはもうなにもいない。

「!?」

 思考が追いつくよりも早く、「スペルド」のセンサーが脳内に警報を鳴らした。けたたましいアラート音とほぼ同時に、上空からダイブしてきた「アウローラ」が「スペルド」の左前腕を斬り飛ばした。


(浅い!不意を突いたのに……!)


 飛び込んできた姿勢から、推進器を吹き直して二の太刀へ繋ぐ。上体を逸らしてひねり、辛うじて奇襲を回避した「スペルド」が視界に映る。もはや、ヴィヴィアンは苛立ちを忘れて賞賛の気持ちすら感じていた。苦し紛れに出してきた旧式機で、こうまでやるとは!まともな機体と訓練があれば、そう悪いワルツにはならなかっただろう。そう思うと、口惜しくすらあった。しかし――――


(――こっちにも、事情があんのよ!)



 背部左4・6番推進器喪失。左肩部スラスター群損傷。ジェネレータ出力低下。コンデンサ残容量18%。死に体の「スペルド」に、もはや体勢を一気に回復できるほどの推進力もエネルギーも残されていなかった。無理に吹かした後進で力尽きたように、仰向けになりながら高度が落ちてゆく。

 絶望と諦観がカトリーヌを襲う。涙に滲んだ視界では、もはや警告表示も見えない。

 だが。

 神経に直接入力されるセンサー情報は、はっきりと視えていた。


「!?」


 がごん、と。不意の衝撃がヴィヴィアンを襲った。

 落下していく「スペルド」からの反撃だった。脚部のランチャーから放たれた誘導弾が、「アウローラ」の予想針路上にばら撒かれていたのだ。ダメージはそこまでないが、電磁装甲が間に合わなかった。爆風で突き飛ばされて、もう一度間合いが開いてしまった。追撃を警戒して回避運動を取りながら見遣れば、「スペルド」は姿勢を回復させて着地していた。もはや機動戦はできぬと読んでのことだろう。地上で死角を減らしながら、こちらが間合いを詰めれば迎撃をする腹なのだ。それを裏付けるように、腰元から短いプラズマ・トーチを取り出していた。

 つまり、まだ勝つ気でいる。


 ヴィヴィアンは、困惑していた。なぜ、そこまで?ワイス家ほど名の聞こえた名家であれば、最近は落ち目だと聞いてはいるが、この一戦にそこまでこだわる理由もわからなかったし、セバスチャン経由で圧力を掛けてきた人間が、この将来有望な少女を追放したがる理由もわからなかった。

 ランディング・ギアを展開し、荒れ果てた褐色の岩山に着地する。お互いに射程の外だ。


「ねぇ、アンタ……」


 その時だった。地響きとともに、地鳴りを伴って、大地が揺れた。いや、大地が割れた。


 数十キロに渡り地面が隆起し、ひび割れ、砕けていく。すぐに「アウローラ」が、それに続いて、一瞬、反応が遅れた「スペルド」が、よたつきながら飛び立った。地殻変動か?二人とも、戸惑いながら、地面を見て――それから同時に、敵を見た。


「……崩れた!!」


 推力バランスを失った「スペルド」に、ビーム砲の集中砲火が襲い掛かる。

 電磁シールドと自前の装甲を駆使して捌くが、反撃ができない。そのまま、アウローラが距離を詰めてくる。アイドリング状態になっていたプラズマ・トーチが、もう一度牙をむくようにその刃を見せた。

 もはや、打つ手がないことを、カトリーヌは悟っていた。

 光の刃が走る。その刹那。


 地面が弾けた。


 岩石と言うにはあまりに大きい惑星の欠片が、さらに大きななにかの力に押されて宙に舞い上がる。稲妻が走り、大気が震える。


 巨大なケージのような、檻のような拘束具に包まれた白いバトルドレスが、装甲の隙間や関節から、光を溢れさせながら浮かび上がってゆく。


 その拘束を振りほどくようにして、ひときわ強い光を放ち――――ばがん!金属を一息に千切る轟音を立てながら、拘束を破壊した。それを為してなお有り余る力の渦が、惑星の大気を埋め尽くす。


 その力の中心に、お嬢様がいた。


 コクピットを上にせり出し、バトルドレスの胸の上に仁王立ちする彼女は、不敵な笑みとともに名乗った。


「わたくしの名は、マルグリット!マルグリット・ティーガーデンと申しますの!!!!」


 地下で眠っていた少女は、先ほどの静かな美しさなど忘れてしまったかのように、腹の底から大声を張り上げる。


「どなたでも構いませんわ!!!!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」


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