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第1話:巣のまどろみ

「マイナ!マイナ! オキロ!オキロ!ヒルダゾ!」


「ううぅ……うーん……」


 ベッドの上で丸くなっている布の塊がもぞもぞと動き、被った毛布から、圧倒的な毛量の塊が奔放に跳ね上がった頭が出てきた。

 

「ピーチ君うるさい……もうちょっとだけ寝させてよぉ……」


 ピーチ君と呼ばれた小鳥は、マイナの白黒が入り混じった鳥の巣のような頭に爪を立てて、跳ね回る。


「オキロ! マイナ! オキロ!オキロ!」


 引っ掻き回された所で特に痛みは無いが、このままだとマイナの髪の毛で繰り広げられる巣作りが、永遠に続くことを知っているので、諦めて布団から這い出た。

 ふわぁぁぁぁと大きなあくびをして、頭を掻きながら家の扉を開けた。気持ちのいい風が家の中に流れ込む。上枠に頭をぶつけないようにかがみ、外へ踏み出す。2メートルを越す体躯を持つマイナには、一般的なサイズで作られた何もかもが不便だ。ベッドからは足がはみ出すし、頭や体をあちこちにぶつけ、何度も椅子やベッドを壊してきた。この世界は、彼女にとって狭すぎる。


「んー。いい天気だなー」


 お天道様が真上を過ぎ、少し経った頃。暖かく澄んだ空気を肺いっぱいに送り込むように深呼吸をし、バキバキと凝り固まった体を伸ばす。


「マイナ! カオアラエ! フクキガエロ!」

「はいはい。こんな辺鄙な場所に誰か来るわけもないんだから、このままでもいいのに……わかった、やるから頭つつくのやめて」


 井戸から汲んだ水を桶に張り、顔を洗う。家の外に備え付けられている専用の箱に着ている服を放り込む。素っ裸でも誰にも見られるわけもないが、別の箱から新しい服を取り出し、頭から被って腰の紐を結ぶ。楽でいい。

 ボサボサの髪は伸び放題で、前髪は顔にまでかかっている。鬱陶しさよりも面倒くささが勝る、それがマイナという女性であった。

 支度を終えたマイナを見てピーチ君は役目を終えたとばかりに、自分のケージに入って静かになった。


「やっと静かになった。さてさて、何か食べてもう一眠りしようかなぁ。どうせ時間はたっぷりあるし」


 周囲は見渡す限りの森が広がり、かつて生活をしていて賑やかな王都、人間の営みから遠く離れ、ポツンと建つ小さな木造の家で過ごして十年が過ぎていた。

 

 マイナは筋金入りの引きこもりであった。

 

 最後の人を見たのはいつだったか、思い出せないほど、静かな時が流れていた。風に揺れる木々の音、穏やかな風を感じるだけの日々。

 マイナは目を閉じて、温かな日差しを肌に受けていた。その心地よさに身を任せていた彼女だったが、ふと、耳を打った音に我に返る。


「……なんで?こんな場所で剣の音がするの?」


 こんな場所に人が迷い込むはずは無い。可能性として空耳や幻聴も考えられるが、マイナは自分がこの音を聞き間違えるはずはないと判断し、音のする方へ駆け出した。

 仮に人間が戦っているとして、この場所で大怪我をされたり死なれたりでもしたら、ものすごく面倒なことになる。

 マイナはこの平穏な生活を守れることを願いながら、徐々に近づく闘いの独特な緊張感を肌で感じ、木々の間を走り抜け、少し進んだ先で、対峙する一人の人間と一匹の獣の姿を捉えた。

 肺いっぱいに息を吸い込み――。


「こらー!!!!!」


 劈くような声が周囲をビリビリと振動させる。昔はこの声量で、周りを驚かせてしまっていたのを思い出したが、この戦闘を収める効果は抜群だった。狼のような獣は一目散に逃げていき、残された人間は緊張の糸が切れたかのように倒れこみ、膝をつく寸前にマイナは体を入れて、抱きとめる。


「大丈夫?致命傷は無い?ないよね?きっとない!」


  ペタペタと、傷付いたら良くない内臓周りを触り、特に深い傷が無いことを確認して、安堵する。


「ごめんねぇ。ここに人が来るなんて思わなくて。あれは番犬みたいなものらしくて……えっとそうじゃなくて、とにかく無事で良かったよぉ」


 ここで、よくわからない死体がひとつ出来上がってしまうのを回避できた喜びを、ガバっと抱きしめて表現し、ふぅ、と安心したところで、自分をじっと見つめる美しい瞳に気づく。深い蒼の瞳に、キラキラと光る青い髪が風に揺れ、体に感じる肉付きが、一つの事実に気づく。


 男の子だ。


  マイナは引きこもりを始めてから、男性とまともに会話したことはない。それどころか、記憶している限り、まともに目を見て話をしたこともない。というより人とまともに会話すらしたことがない。そんな自分に男、ましてやこれだけの美しさだ。どうして良いか分からず固まってしまったマイナは、その強い視線に耐えられず、目をあさっての方向に彷徨わせた。


「う」

「う?」

「美しい」

「うふぇ!?」


 いきなり何を言い出すのか、どこか頭を打ってしまったのだろうか。


「僕の名前は、オジェロ。オジェロ・ソーライヒ。美しい君。貴方の名前を聞かせてもらえないだろうか?」

「……マ……マイナ」


 緊張で自分の名前を名乗るのにも苦労する。


「マイナ嬢。突然の無礼を許してもらいたい」


 オジェロと名乗る少年は、その場で跪き、真っ直ぐにマイナを見据え、声変わりもまだのような美しい声色で彼は告げる



「僕と結婚していただけないだろうか」


マイナに求婚を申し込んだ。


「……えぇ……?」


 混乱も通り越すと途端に冷静になるようで、マイナは立ったまま、言われた言葉を反芻した。

 今、私が結婚を申し込まれた? こんな私が? なんでぇぇぇぇぇぇ?


 

 目の前に跪いた、オジェロと言う美しく小柄な少年。

 

 かたや、2メートルをゆうに越える、マイナという引きこもりの女。


  身長、年齢、立場、全てが違う二人が出会ったことで、物語は動き出す。

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