17しみっしみのおでん(3)
「えっ! ちっ、違うから、全然!!」
カナコは顔の前で手を横に振ったが、美央の興味は別のところに移っていた。
「お姉さんも一緒にお昼ご飯食べませんか? お弁当持ってますよね?」
「あ、うん、持ってるけど……」
「ハヤトおじさんがたくさんおかず買ったから、一緒に食べましょう。あっ、バドミントンもしたいです」
「美央、ダメだよ。お姉さんも用事があるんだから」
日吉に窘められた美央は、しゅんとして口を噤む。そんな様子を見せられたら、断ることなどできなかった。
「わかった、一緒にごはん食べよう。バドミントンはね、こう見えて結構得意なのよ」
「渋谷、いいの?」
日吉が申し訳なさそうな顔をする。
「いいよ。日吉のお兄さんが戻るまでね」
「ありがとう」
お礼を言った日吉はトートバッグから敷物を出して広げる。大きなシートだったので、カナコの荷物もそこに置かせてもらった。
「――渋谷さん、本当に上手だね!」
「美央ちゃんも上手! もうついていけないわ~」
バドミントンで遊んだ後、カナコは美央と一緒にシートへ座って足を投げ出した。
「あー、楽しかった! 小学生の頃以来かな、あ、高校の時に授業で少しやった気がする」
「俺、全然出来なくてショックなんだけど……」
トートバッグからお弁当を出しながら、日吉が情けない声で言った。
「日吉、下手だったよね~!」
「ハヤトおじさん、張り切ってバドミントンセット買ったのに、ほんと下手くそだった~!」
なんだよ~と口を尖らせる日吉の横で、カナコは美央と顔を合わせ、思いきり笑う。
久しぶりの激しい運動で体はグッタリしているが、鬱々とした気分は吹っ飛び、清々しい心地だ。
その後はひと休みしてから、お昼ごはんの時間となった。
「渋谷さんのそれ、何?」
カナコが取り出したスープジャーの中を、美央が覗き込んだ。彼らは買ってきたお弁当を広げている。
「昨日おでん作ったから持ってきたの。食べる?」
「え、いいよ、渋谷さんのなくなっちゃう」
「お家にたくさんあるから大丈夫。何が好き?」
「んーと、じゃあ卵!」
「どうぞ~、食べて、食べて!」
カナコが差し出すと、美央はそっと箸で卵を刺し、口元に持っていってひとくち食べた。
「おいしい! 味がついてる!」
「良かった。私も大根食べちゃおう~」
フープジャーの中で保温されていた大根は、味がしっかり染みていて、柔らかく口の中で崩れていく。他の具材も味がしみしみで、思わず笑顔になるくらいに美味しかった。
日吉と美央も、それぞれのおかずを交換して味わい、楽しんでいた。
彼らと出会って三時間ほど経った頃、美央の父が公園まで迎えに来る。
カナコに何度もお礼を言う父親と、また遊ぼうねと笑う美央を見送り、日吉とふたりだけになった。
「ありがとうな、本当に」
親子の背中が遠くなったところで、日吉が言った。荷物をまとめて、ふたりで歩き出す。
「……何か事情があるんでしょ? 言わなくても大丈夫だけど」
「隠すつもりはないから、いいよ。美央のお母さん……、兄貴の奥さんね。三年前に亡くなったんだ」
「……」
「だから、兄貴が土日の休みに仕事が入ったり用事がある時は、奥さんのご両親が美央を預かってくれるんだけど、今日はそのご両親も都合が合わなくてね」
「それで日吉が預かったのね」
ああ、とうなずく日吉と、公園の道をゆっくり歩いていく。
天気が良い日曜日ということもあり、午後もたくさんの人が遊んでいる。
「俺もこっちに戻ってきたことだし、できる限り協力しようと思って。日曜日は預け先が見つからないらしいんだ。美央は三年生だから留守番できないことはないけど、女の子ひとりじゃ心配だもんな」
カナコは「そうね」と相づちを打ちながら、年の割に妙にしっかりしていた美央を思い出し、胸が痛んだ。
「渋谷がいてくれて助かったよ。俺だけじゃ美央もつまらないだろうから」
「そんなことないでしょ」
「そうかな。そうだといいけど……」
苦笑した日吉の横顔を見つめながら、ふと思いつく。
「もしかして、買い物に付き合って欲しいって、美央ちゃんの物を買う予定だったりする?」
よくわかったな、と日吉が驚き、続けた。
「外で動くのが好きな活発な子だから、いつもトレーナーとかパーカー着てズボンを穿いてるんだと思ってたんだ。でもこの前、美央がタブレットでなんか検索しててさ。覗いたら、それが女の子っぽい可愛い洋服だった」
美央の行動に、カナコの心臓がキュッと痛くなる。
「欲しいの? って聞いたら慌ててブラウザ閉じて、大丈夫って言うんだよ。しっかりしてるけど、兄貴が大変なのわかってるから、絶対にわがまま言わないんだよな……」
「そんな感じする。良い子だよね、美央ちゃん」
「そうなんだよ。だから俺がプレゼントしたいと思って美央に聞いたんだけど、どれがいいのか頑なに教えてくれなくて困ってたんだ。俺、女の子の服はわからないからさ」
「そういうことなら言ってよ。理由も言わずに、一緒に出かけて買い物しようなんて言われたら、拒否するに決まってるでしょ」
カナコの返事を聞いた日吉が、その場で立ち止まった。そしてこちらをじっと見つめる。
「ということは……?」
「今回だけね。美央ちゃんがいい子だからよ? でも付き合うのはそれだけにして」
「あ……、ありがとう!」
「ついでに教えて。どうして今さら昔の話を持ち出して、私にしつこくするわけ?」




