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16グランピングでお泊まり(9)

「私はこれ! 気温的に大丈夫かな?」


「うん、ちょうどいいんじゃないかな。カナコにも似合うと思う」


 凪沙に見せると、彼は笑顔で答え、自分のコートも選んだ。

 それぞれ羽織ったところで、スタッフがやってくる。



 外はすっかり暗がりになっていた。到着した頃よりもだいぶ冷え込んでいて、選んだコートは正解だった。

 焚き火台に火を起こしたスタッフに案内されて、焚き火の前に置かれたチェアにふたり並んで座る。


 アルコールが大丈夫かと確認された後、カナコと凪沙の間にある小さなサイドテーブルに、シャンパンと数種類のチーズが置かれた。


 シャンパンが入ったグラスは焚き火の明かりに反射して、キラキラ輝いている。


「お食事の用意が整いましたら、あちらのテーブルに移っていただきますので、しばらくの間こちらでお召し上がりになってお待ちくださいませ」


「ありがとうございます」


 凪沙とふたりでお礼を言うと、スタッフは笑顔でお辞儀をしてその場を去った。カナコたちが座る反対側に食事用のテーブルと椅子があり、その横に調理台とグリルが設置されていた。すでにそこでシェフが料理を始めている。


「乾杯しようか」


 凪沙に声を掛けられて、シャンパンのグラスを持つ。彼の瞳にも焚き火の炎が反射して綺麗だった。


「今日はありがとう凪沙」


「こちらこそ、来てくれてありがとうカナコ。乾杯」


「乾杯」


 微笑み合ってグラスを近づけた。

 シャンパンは甘く、ほろほろと崩れるチーズととても良く合う。


 焚き火の炎は徐々に勢いを増し、薪が弾ける音があたりに響いた。


 炎を見ながら味わっていると、しばらくしてテーブルに案内された。席に着く前に、グリルの前でシェフがにこやかに「ごゆっくりお楽しみくださいませ」と声を掛けてくる。


 テーブルのそばにストーブがあり、焚き火を離れても十分暖かかった。


 お皿にグリル野菜が盛り付けられたテーブルに着席すると、焼き蟹と、蟹味噌が入った甲羅焼きも運ばれた。


「熱々で美味しい……!」


「香ばしくて最高だな。蟹味噌も美味いね」


 地元野菜も甘みが強く、いくらでも食べられそうだ。


 その後は、とろけたラクレットチーズとカリッと焼いたバゲット、魚介のクリームスープ、じっくりと炭火で焼かれた骨付きリブロースを頬張った。


 どれも素晴らしく美味しく、国産のワインと合わせて舌鼓を打つ。


「外でこんなに美味しい食事ができるなんて……なんだか夢みたい」


「俺もこういうのは初めてだから、現実感がなくて不思議な感じがする」


 テーブルに置かれたランタンや小さなキャンドルの明かりが、さらに幻想的な雰囲気を漂わせていた。


 ショコラのデザートを食べた後は、シェフとスタッフが素早く片付けをし、焚き火を消す説明と挨拶をして帰って行った。


 カナコと凪沙は、焚き火の前のチェアに移動して座る。あたりはとても静かで、小さくなった炎をまとう薪の音と、秋の虫の声が聞こえるくらいだった。

 

 ゆらゆらと揺れる炎を見つめながら、シェフが帰る前に淹れてくれた柚子はちみつティーを飲む。


「……すごく美味しくて、幸せだった」


 甘酸っぱい味は、隣に座る凪沙を思うカナコの気持ちに似ていた。


「こんなに素敵なシチュエーションの中で食事をするなんて初めてで、感動してるの。本当にありがとう、凪沙」


「カナコ……」


「凪沙がそばにいるから、とびきり美味しい料理がもっと美味しくなるし、幸せも倍増してる」


 素直な気持ちを伝えるカナコから、凪沙がふいと目を逸らす。そして今度は彼が話し始めた。


「……俺、将来の夢っていうか、目標を話したことあるじゃん?」


「バンに乗って日本一周するっていうお話よね?」


「そう。今まではそれが目標だったんだけど……、もう一個できたよ」


「何?」


 焚き火を見つめる凪沙の横顔に問うと、彼がクスッと笑ってこちらを見る。


「今はナイショ」


「えー、教えてよ」


「まだダメ。まだ自信ない」


「凪沙に自信ないことなんてあるの?」


 そんなにも難しい目標なのかと、カナコは驚く。


「あるに決まってるじゃん」


 凪沙は少々むくれて、自分の柚子ホットティーを飲んだ。


「アウトドアの先輩がいるんだけどさ、その人の知識とかやり方とか見てると普通に落ち込むし。あとはカナコのことだって、俺……、全然自信ないよ」


「私のこと?」


「うん」


 マグカップをサイドテーブルに置いた凪沙は、前屈みになり、焚き火を見つめながらぽつりと言った。


「カナコが……俺からすぐに離れていくんじゃないかって、不安なんだ」


 その言葉を聞いたカナコの胸が、キュンと痛む。


「付き合い始めたばかりなのに、どうしてそんなこと思うの? 私はそんなことしないよ?」


「……カナコのことを好きすぎるから、こんなこと考えるのかも」


 こちらを見た凪沙の表情が子犬のようで、さらにカナコの胸を苦しくさせる。同時に体の奥がじわりと熱くなった。


「凪沙……」


「あ~~、ごめん! 重いよな、こういうの……! せっかく楽しい食事だったのに……! ごめん、忘れて……!」


 カナコは立ち上がり、俯いてしまった凪沙のそばに行く。そして両手を伸ばして彼の頭をそっと抱え込んだ。


「部屋、行こう? 私も凪沙のことが大好きだって、もっと知ってほしいから」


「カナコ」


 顔を上げた凪沙も立ち上がり、カナコの体を抱きしめた。どちらからともなく顔を近づけ、唇を重ねる。


 すぐにでも消えてしまいそうな炎とは反対の、燃え上がる熱い気持ちを確かめ合うように、深いキスを続けた。



 キスをして抱き合った後、スタッフに教えてもらった通りに焚き火の火を消し、手をつないでコンテナに戻る。


 時間をかけた食事の後、焚き火のそばにいたこともあり、もうすぐ二十一時になろうとしていた。


 それぞれ寝支度を調えながらも、この後の期待と少しの緊張が、ふたりの間に流れているのがなんとなく感じられる。


 凪沙がメインの照明を落とすと、間接照明だけの柔らかな光が足元を照らした。それを合図に、ふたりでベッドに腰掛ける。


 自ら仰向けになったカナコにそっと覆い被さった凪沙が、真剣な表情で言った。


「さっきも言ったけど、また言わせて欲しい」


 カナコの頬を撫で、眉根を寄せる。


「大好きだよ、カナコ」


「……私も、凪沙が大好き」


「俺、カナコのこと大事にする」


「うん」


 凪沙の言葉が、カナコの目に喜びの涙を浮かばせた。


「絶対に大切にするから。ずっと俺のそばにいてほしい」


「私も、ずっと一緒にいたい。凪沙を大切にしたいの」


 カナコは両手を伸ばして、彼の首にその手を回した。


「カナコ……!」


 応えるように、凪沙がカナコを強く抱きしめる。


 温かくて、優しくて、激しい……そんな凪沙の愛を受け止めたカナコの心と体は、幸せに浸りながらも、いつしか彼との行為に夢中になっていた。


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