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16グランピングでお泊まり(8)

 ベッドに戻ってきた凪沙がカナコの隣に寝転び、再び抱きしめてくる。


 かわいいとか、綺麗とか、今日楽しかったねとか、また絶対一緒に来ようねとか、ずっと会いたくて困ってたとか、明日も一緒にいられて嬉しいとか……、髪を撫でられながら延々と甘い言葉で包まれたカナコは、「幸せすぎる」という感情に身も心も浸っていた。


 そうしているうちに、お湯が張ったお知らせのメロディが流れる。


「カナコ、お先にどうぞ」


「あ、ありがとう。じゃあ、お先に入るね」


「まだ離したくないけど、ごゆっくり」


 ぎゅぎゅーっと抱きしめられ、頬にキスをされた後で、ようやく彼の手から解放された。



 バスルームに行き、服を脱ぐ。ひんやりとした空気に肌が晒された。

 ガラス戸に手をやり、カラリという音とともに開けると、洗い場の奥にある大きな浴槽から、もわもわと湯気が立ちのぼっている。


 カナコは体をお湯で流し、浴槽に足を入れた。ちょうど良い温度の湯が、じわりと体を温めてくれる。


 肩までお湯に浸かり、ホッと息をつきながら、窓の外を見つめた。

 もうだいぶ暗くなっていて、風に揺れる木々の影が微かにわかる程度だ。 

 

 お湯の中で自分の腕をさすると、凪沙の温もりを思い出す。


「なんなの、なんなの……、あの凪沙の甘々な態度は……!」


 カナコは小声で言いながら、首を横に振る。


「出会った頃の彼とギャップがありすぎない? そのギャップが……あー、どうしよう、良すぎる……!」


 カナコはお湯を顔にバシャンとかけ、両頬に手を当てた。


 緊張していると話さなくなる、と無愛想だった凪沙が、カナコに対してこんなにも甘い愛情表現をするなど、あの頃は想像もできなかった。この後、さらに甘い夜を過ごすことになるだろうと思うと、いてもたてもいられなくなる。



「もうだいぶ日が落ちてる。凪沙が出る頃には、もう真っ暗ね」


 お風呂から上がったカナコは、凪沙と交代で寝室に戻った。

 ベッドに座って、窓から外を眺める。


 真ん中にある焚き火台を囲むように、アウトドアチェアが四つ置かれていた。その横に大きなテーブルと椅子があるので、食事はそこでとるのだろう。


 地面には点々と丸いライトが並び、幻想的な演出がされていた。


「そういえば車中泊した時も、ふたりで明かりを飾り付けしたっけ……」


 つい先月のことなのに、もうだいぶ前のことのように感じる。


「軽くメイクしておこ」


 カナコは立ち上がり、メイクポーチを出した。壁面に沿ったデスクの前に座り、メイクを始める。


 車中泊の時も、今お風呂から出た時も、すでにすっぴんは見られているが、このあと食事もあるし、初めて体を重ねるのだから、少しでも綺麗に見られたい。


「若さもあるんだろうけど、凪沙って肌がきれいなのよね」


 ハリがあってシワもなく、吹き出物もない。


「彼の顔を見た後に自分の顔を見ると、うわぁーって叫びたくなっちゃう、はぁ……」


 カナコはメイクしつつ、ため息をついた。最近は寝不足や疲れがすぐ肌に出る。

 今でもこうなのだから数年後はどうなっているのか。想像するだけでゾッとした。止まりそうになる手を動かして、首を横に振る。


「あーもう、やめやめ! いちいちコンプレックス感じてたら前に進めないでしょ、特に今夜は……」


「は~、気持ち良かった」


「ひっ」


 凪沙が部屋に戻ってきたことに驚き、変な声が出てしまった。


「どうしたの?」


「う、ううん、なんでも。早いのね」


 ちょうどメイクが終わったところで良かったと思いながら、ポーチのファスナーを閉じる。


「夕飯の時間になるギリギリまでイチャイチャしてたくて、急いだ」


 へへ、と照れ臭そうに笑った凪沙がベッドに座り、カナコを手招きした。


「こっち来て」


 寝転がった凪沙の指示に従って、彼の隣でころんと横になる。

 シャワーを浴びた彼の良い香りが、鼻をくすぐった。


「あれ? メイクしたの?」


 カナコを抱き寄せようとした凪沙が、おや、という表情をする。


「うん、したよ。……凪沙の前では、少しでも綺麗でいたいから」


 先ほど感じていたコンプレックスがカナコの脳裏に浮かび上がり、彼の視線から逃げてしまった。


(さっき自分で、こういうのはやめって思ったクセに、凪沙を前にすると気にする自分が情けなくてイヤだわ……)


「あっ」


 落ち込むカナコの顎に凪沙の手が添えられ、上を向かされた。


「メイクした顔も好き。してない顔も大好き」


「凪沙……」


「俺のために綺麗でいようとしてくれるカナコも好きだけど、そのまんまのカナコも大好きなんだ。だから無理はしないでね?」


 カナコの気持ちを察したかのような、彼の優しい言葉と真剣なまなざしを受けて、かたくなな心が溶かされていくのがわかる。


「……ありがとう、凪沙」


「カナコ……」


 目を細めた凪沙の顔が近づいてきた、その時。

 部屋の隅で大きめの着信音が鳴った。


「わっ、なんだ?」


 飛び起きた凪沙が、音のしたほうへ歩いて行く。カナコも起き上がり、凪沙がフロントから通話を受けている様子を見守った。


「夕飯の準備に来てくれるって。あっという間だな」


 通話を終えた凪沙が振り向いて、苦笑する。


「もうそんな時間なのね」


「残念だけど……、ま、いいか。続きはメシのあと、ずーっとできるし」


 ニヤッと笑った凪沙に手を引かれて、クローゼットの前に行く。


「外は寒いだろうから、ここにかかってる上着を借りていこう」


「すごい数ね……!」


「カナコがお風呂に入ってる時、見つけたんだ」


 扉を開けた凪沙と、クローゼットの中を覗いて驚愕した。


 様々なアウトドアメーカーのジャケットやコートがずらりと並んでいる。ざっと数えても二十着以上はあった。すべてクリーニング済みの表記がついている。


「迷うよな~……。これは真冬用だから、このへんがいいかな。いや、これも着てみたいし、こっちもいいな。あ、これ実物初めて見た……!」


 凪沙はギアと同じく、夢中になってそれらを吟味していた。彼の様子を微笑ましく思いながら、カナコもレディースのコートを選ぶ。


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