16グランピングでお泊まり(7)
教会や池のある公園、旧軽井沢銀座通りなどを巡り、レンタルサイクルのお店に戻ってサイクリングは終了した。
数時間の滞在だったが、初めての軽井沢をめいっぱい楽しむことができた。
車に乗って北軽井沢へ向かう。ここから三十分ほどで到着するようだ。
「本当に綺麗ね……!」
ひらけた場所から見える雄大な浅間山を前に、カナコは感嘆の声を上げた。
「時間的にギリギリだったかな。薄暗くなる前に、カナコに見せられて良かった」
「うん、すごく感動した。ありがとう、凪沙」
満足そうに笑う彼の横顔を見つめて、心からお礼を言った。
間もなく宿泊場所に到着する。
どこに宿泊するかはお楽しみということで、凪沙から詳しくは聞いていなかったカナコは、その室内を見回しながら呆然とつぶやいた。
「私、グランピングって、大きなモコモコしたテントのイメージがあったんだけど……」
「ここはだいぶ違うね」
「素敵すぎて倒れそう……」
このキャンプ場に宿泊できるのは三組だけで、それぞれのサイトがかなり広く、しかも離れているため、完全なプライベート空間になっている。
テントではなく、シンプルなコンテナが焚き火の場所を囲むように二つ並び、大きなベッドが配置された寝室とバスルーム、ソファやデスクがあるリビングルームに別れていた。前面が大きなガラス窓なので、両方とも室内から焚き火が見える仕様だ。
バスルームはガラス窓が裏側にあり、目の前には林が広がっていて、露天風呂にでもいるような開放感だ。
そして内装は高級ホテルと言っても過言ではない仕様である。
「やることはたくさんあるんだから、倒れてる場合じゃないよ、カナコ」
寝室の壁にもたれかかった凪沙が言った。
「そ、そうよね、焚き火とか、ごはんとか」
やること……? と、勝手に想像してしまったカナコは、ごまかすために笑いながら答える。
すると、凪沙が意地悪な笑みをこちらに向けた。
「やることっていうのは、俺とカナコがいちゃいちゃする時間ね。気づいてたくせに、わざと知らない顔して、俺のこと煽ってんの?」
言いながら、凪沙がふいに抱きしめてくる。
「あ、煽ってなんか……」
「こっち向いて、カナコ」
凪沙の手が、カナコの顔を上に向かせる。至近距離で視線が合った。そして彼の顔が近づいてくる。
「……っ」
額にキスを落とされ、反射的に目をつぶると、そのまぶたにも凪沙の唇が触れた。凪沙の香りと優しい感触に、目眩が起こりそうだ。
やがて彼の唇は、カナコの頬に移動する。チュッとキスをされたが、急にそこで途切れてしまった。
「……?」
そっと目を開けると、すぐそばにある凪沙の美しい瞳がこちらをのぞいている。そして彼は自分の頬を指さしていた。
「俺も、してほしいな」
「うん……」
カナコに合わせてかがんだ凪沙の頬に、そっとキスをした。彼の肌はすべやかで、ほんのり温かい。
「俺のこと、好き?」
「好きよ」
「ごめん、すぐ聞きたがって。……呆れてる?」
自分で問いかけておきながら、恥ずかしそうに視線を外して、耳まで赤くしている凪沙を、カナコは心から愛おしく思った。
「ううん、呆れてなんてない」
「じゃあ……カナコも聞いてよ」
「……私のこと、好き?」
カナコが尋ねると、こちらを見た凪沙に突然手を引かれた。そして――。
「大好きだよ」
「きゃっ」
いきなりベッドに押し倒された。大きく揺れたベッドが、ギシリと音を立てる。
覆い被さってきた凪沙の真剣な瞳に囚われたカナコは、身じろぎもせずに見つめ返すことしかできない。
「たくさんキスしたい。……させて」
「んっ……」
目を細めた彼の唇が重なり、何度もついばむような軽いキスを受ける。顔の向きを変えながら優しいキスが続き、カナコも彼の思いに答えた。
そうしているうちに、キスは徐々に深いものに変わっていく。
熱い吐息を交わした後、ふいに凪沙の唇がカナコの首筋に押しつけられた。
「え、あの、凪沙」
「……」
「ちょっと待って」
カナコが訴えても彼の唇は止まらない。何度も押しつけられているうちに、カナコの体の芯が熱くなってくる。
「待ってってば……、誰かに見られちゃう」
すぐそばの大きな窓のカーテンは閉まっておらず、焚き火の場所がよく見える。ということは、外から中もしっかり見えるわけで……。
「夕飯の食材持ってくるまで来ないよ。さっきスタッフの人が説明してたでしょ」
焦りとイラつきの混じった声と、徐々に荒くなる凪沙の息づかいが耳に届く。このままでは止められなくなりそうだ。
「それはそうなんだけど、私、汗掻いちゃったからシャワー浴びたいの」
「カナコの匂い好きだから、浴びなくていいよ」
「もう、ダメだってば、ほんとに……!」
凪沙の胸のあたりをグッと押して体を離そうとすると、さすがにそこで彼もハッとした。
「……ごめん。暴走しそうになった」
カナコの顔の横でうなだれた凪沙は、一度大きく息を吐いてから、勢いよく起き上がる。
「風呂にお湯張ってくる。待ってて」
「あ、ありがとう」
ベッドから降りる凪沙にお礼を言うと、彼が振り向きながら言った。
「でもさ、お湯がたまるまでは、いちゃいちゃしていいよね?」
「うん。途中で暴走しなければ」
「たぶん大丈夫」
カナコが小さく笑うと、凪沙もバツが悪そうに笑い、バスルームのほうへ行ってしまった。
カナコは彼の背中を見送ってからコロンと横向きになり、体を縮めながらひとつため息をついた。
(……ああいう感じが久しぶりすぎて、大人の余裕なんてなくなっちゃった。まさか、到着早々求めてくるなんて思いもしなかったから)
つい今しがたの凪沙を思い出しながら、自分をそっと抱きしめる。
(でも全然イヤじゃなかったし、むしろ嬉しかった。押し倒してくる勢いとか、私を求める手の強さとか……、凪沙も男なんだって感じて、ときめいてる。もちろん相手が凪沙だからときめいてるんだけど……)
あのまま凪沙が突っ走ったら、カナコ自身も抑えられない衝動に負けていたかもしれない。止まれなくなりそうなのは、カナコも同じだったのだ。




