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15パンとスープとコーヒー(1)

「ん……」


 鳥の鳴き声がする。

 うっすらした明るさがカナコのまぶたを刺激していた。空気はひんやり心地よく、体は人肌に温められている。


(人肌……って?)


 と思って目が覚めた。

 まぶたを上げると、凪沙の腕の中にいた。この温かさは、彼の体温だったのだ。


「おはよう、カナコ」


「お、おはよう……、わっ」


 いきなりきゅううっと抱きしめられて、Tシャツ越しの彼の匂いでいっぱいになる。


「は~~……、カナコ可愛い」


 凪沙がカナコの頭に顔を埋めて、髪の匂いを嗅いでいるのがわかり、恥ずかしさで体中が熱くなった。


「な、凪沙……」


「……俺、よく耐えたな。うん、えらい」


 ぶつぶつ言っている凪沙の言葉の意味に気づき、カナコはさらに恥ずかしくなる。


 夜明けが来たばかりなのか、車内はまだ薄明るい程度だった。鳥の鳴き声がひっきりなしに響いており、山の中にいるのだと実感させられる。


「カナコ、あのさ」


「うん」


 起き抜けの彼の声は少し鼻にかかっていて、それだけなのにカナコの胸が甘酸っぱくときめいた。


「今度の土曜、空いてる?」


「え? そうね、大丈夫よ」


「じゃあ俺の部屋に……って、あー! 俺、出張だった~~!」


 凪沙はカナコの額にキスをし、そのまま頬ずりをしながら悶え続ける。


「なんでこんな時に限って……、あ~~、俺のバカ! 会社のバカ! 企画のバカ!」


「平日じゃダメなの? 時間が合えば会えるんじゃない?」


「……ダメ」


 動きを止めた凪沙がぽつりと言った。

 会社帰りに偶然会うときもあるくらいなので、帰宅時間がそれほど違うわけではなさそうなのだが……。


「どうして?」


「カナコのこと、帰したくないから」


「っ!」


 甘えたような声を出されて、カナコの胸がきゅんっと痛む。

 

 帰したくないということは、凪沙はカナコとそういうことをしたいと思っているわけで……。


(心がつながった大人同士なんだから、当然よね。私も……、そうしたいし)


 好きになった人から、心も体も求められる……。そんな幸せは、いつぶりだろう。

 カナコは凪沙の首に手を回し、ぎゅっと抱きついた。そして彼の耳元に顔を寄せる。


「いつでも、待ってるから」


「っ!!」


 動揺した凪沙がカナコの顔を見つめ、次の瞬間、唇を重ねてきた。カナコも彼の気持ちに応えて、自分から絡めていく。

 このままつながってもいいくらいに、朝から激しいキスをしてしまった。


 ガリガリとコーヒー豆を挽く音が、朝の空気を揺らしている。


 車中で着替えたあと、トイレへ行ったり洗面をしてから、朝ごはんの支度が始まった。


 タープの下にチェアを置き、その横にテーブルや簡易棚を並べる。

 凪沙は豆を挽いた後、ガス台で湧かしたお湯を使ってコーヒーを淹れた。


「なるほど、ここでガスを使うのね」


「そう。焚き火は夜で終わらせて、朝はガスを使う。そうすれば片付けも楽だしね。ただ、冬の朝は焚き火をするときもあるかな。極小サイズの焚き火台に細い枝だけ突っ込んで燃やしたり、その時々で変えてる」


 挽いた豆を蒸らした後、ゆっくりお湯を回しかけて、その時を待つ。

 チタンでできているというカップにコーヒーを淹れた凪沙は、「どうぞ」とカナコに淹れたてのそれを差し出した。良い香りが鼻をくすぐる。


 受け取ったカナコは「いただきます」をして、凪沙と同時にカップへ口を付けた。


「美味しい……。最高ね」


「うん、最高。カナコの隣で飲むコーヒー」


「私も、凪沙の隣で、凪沙が淹れてくれたコーヒーを飲むの……最高」


 微笑み合って、もうひとくち飲む。苦いのに甘く感じられるのは、好きな人と一緒にいられる幸せのせいだろうか。


 山間から顔を出した朝日が、すべてのものをキラキラと照らし始めた。


 コーヒーを飲んだ後は、スープ作りとパンを焼く作業に取りかかる。

 昨日使用していたクーラーボックスの前にふたりでしゃがみ、フタを開けた。


「このクーラーボックスと保冷剤すごいのね。まだ食材が冷えてる」


 手に取った食材が、ひんやりしていることにカナコは驚く。


「クーラーボックスが最強のやつなんだ。昨日、会社の皆のところに置いてきたのは普通のクーラーボックス」


「そんなに違うものなのね」


「ソロで車だと、余計な物まで買って余らせることがあってさ。でも夏は腐るのが怖いじゃん? だから強めのクーラーボックスを買ったんだよ」


「うん、確かに強い」


 一方、保冷剤も専門店に行けば、とんでもなく持ちの良い物が手に入るという。


 キャベツと人参とベーコンが余っているので、それらを小さくカットしていき、コンソメの素と水と一緒に小鍋へ入れる。


 小鍋をカセットコンロの上に置き、沸騰を待ちながら、ホットサンドの準備を始めた。


 スーパーで買ったサンドイッチ用のパン、クーラーボックスにあったチーズ、そしてスープに使った残りのベーコンを用意する。


「私、手作りのホットサンドを食べるの初めてなの。お店で食べたことはあるけど」


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