022:真凛のやらかし
◇2038年11月@福島県二本松市他《安斎真凛》
安斎真凛は、それからも「光のチョウ」になって、毎日のようにあちこちを飛び回った。
そうした日々が続いて行くうちに、秋は深まり木々は鮮やかに色付いて行く。
赤や黄色に染まった山間の木々の真上を、水色に光る巨大なチョウが優雅に舞う光景は、まるで一枚の名画のようで掛け値なしに美しい。
やがて、その「光のチョウ」の姿は一部のマニアックな人達の間での噂となり、それを見る為、少なくない数の客が岳温泉を訪れるようになる。その中には、後に関口仁志が主催する「福島ムシ情報サイト」のヘビービューア、「蒐集家」も含まれていたのだが、当然、この時の真凛は知らない。
真凛が「光のチョウ」に変異するのは、いつも夕方、両親が仕事に出かけた後だった。
夕陽が沈んだばかりの時間に現れた「光のチョウ」は、暗いベールに包まれつつある街の上空をゆらゆらと舞う。そして、空が完全に暗くなった頃、カラフルなネオンサインに彩られた繁華街に現れた彼女は、低空を縦横無尽に飛び回って道行く人達を驚かせるのだった。
矢吹天音とは違って、「目立たないように」といった制約を自分に課す事のない真凛は、昼間こそ変異するのを控えてはいるものの、暗くなった後は全く自重なんてしない。
天音よりも翅のサイズが小さい分、小回りが利くので、低空での飛行もお手のもの。思い付いたら即行動で、まさにやりたい放題だった。
疲れたら、変異を解いて休めば良い。外が寒気れば、ホテルの空いてる部屋に忍び込んで、誰かが来たらそっと出て行く。
変異を覚えた後の真凛には、ある程度、人の気配が感じられるようになっていたし、外から部屋の中の様子が何となく分かるのも、彼女の能力のようだった。だから、壁抜けをして入った部屋で、宿泊客と鉢合わせたりしないで済むし、ある程度、無用なトラブルを避けられる。
と言っても、そこは慌て者の真凛なので、碌にチェックせずに入った部屋で、「オヤジと若い女がエッチの最終だった」なんてトラブルに遭うのも珍しくない。むしろ真凛は、そんなハプニングも楽しんでいたりする。
そうこうするうちに、真凛が飛行する範囲は徐々に広がって行って、年末が近付いた頃には、南は郡山市、北は伊達市周辺にまで出没するようになって行った。
二本松市には、お城がある。真凛は、その城の周りを優雅に舞い、夜間、そこを訪れたデート客達に目撃されて驚かれたりもした。
福島市も郡山市も、中心部には高いビルや繁華街がある。構想ビルの屋上は眺めが良いので、必ず訪れるポイントだ。そして、繁華街は人がいっぱいいて、カラフルな光や映像で溢れているから、真凛の最もお気に入りのスポットだった。
その頃は、関口仁志が立ち上げた「福島ナゾの光情報サイト」の閲覧者が増え出した時期で、当時の真凛の姿は「蒐集家」を含む大勢に目撃されていた。そして、それらが年明けには次々と投稿される事になるのだが、それを真凛が知った所で、きっと彼女は目立つのを止めなかっただろう。
今の真凛は、まだ小学生で遊びたい盛り。それに、元から能天気で奔放な性格の彼女は、無邪気に大勢の人達の前に出て行っては、あちこちで騒動を引き起こしていたのだった。
★★★
それと、失敗もした。
その日、「光のチョウ」の姿で郡山の夜の街を満喫した真凛は、深夜、自宅アパートへ向かっていた。時刻は、まもなく日付が変わる頃。真凛にしては、遅い時間だった。
昼間、またもや担任の桑原先生とのイザコザがあってムシャクシャした彼女は、それを「光のチョウ」になって解消しようとしたのだ。要するに八つ当たりである。彼女に驚かされたり悪戯とかされたりされた人達には、ご愁傷様と言う他は無い。
さて、帰宅が普段よりも遅くなった真凛は、疲れていたし眠くもあった。それでも何とか意識を保ちつつ岳温泉までやって来たのだが、温泉神社が見えてきた所で遂に力尽きてしまったのだ。
気が付くと真凛は、茂みの中に横たわっていた。変異を解いた時の為に多少は服を着込んでいるけど、一番上はグレーのパーカーだ。それが雪で湿っているせいで、彼女の身体はすっかり冷えてしまっている。ヤバいと思って、すぐに変異しようとしたけど全く光が纏えない。頭の中が真っ白になった彼女は、起き上がろうとしても身体がビクとも動かないのに気付いて更に愕然とした。それに、全身が凄く痛い。『ああ、失敗したなあ……』と思いながら、しばらくは横たわったままでいるしかなかった。
それから、真凛の感覚で十五分後、何とか動けるようになった彼女は、そこが温泉神社の境内だと気付いた。『きっと、神様のお陰で助かったんだ』と思いながら変異を試みると、何とか「光のチョウ」になる事ができた。神様へのお参りは別の日にして、取り敢えず真凛は自宅アパートに戻った。
すぐにハダカになって、ざっと全身を確認したのだが、幸いにも打ち身以外の外傷な無さそうだ。浴室に入って熱めのシャワーを浴びながら、さっきの事を振り返ってみた。
気を失う前に、必死で高度を下げようとしていたのは覚えている。失神したり眠ってしまったら変異が解けると、きっと本能的に分かっていたんだろう。それと、落下時の衝撃は低木の茂みが和らげてくれたに違いない。でも、もしも高い所を飛んでいる時だったら、それに地面が柔らかい土でなくてコンクリートだったらと思うと、いったい自分がどうなっていたか分からない……。
真凛は、『これからは絶対に、疲れたら早めに休憩を取るようにしよう!』と強く心に誓ったのだった。
★★★
そんなこんなで真凛がやらかした事は、相当な多岐にわたる。
ひとつは道路に出没して、トラックやバスの上に乗っ掛かってみたり、交差点に降り立って交通を妨害してみたりとかで、今は自動運転が主流になったが為に自動車事故こそ起こらなかったものの、電動自転車やパーソナルビークルでの事故が相次いだ。
更には、公園なんかに現れて男女のカップルを揶揄ってみたり、子供の前に現れて泣かしてしまったり、犬に吠えられたり、警官に追い掛けられたり……、とにかく、面白い事や楽しい事、人を驚かせる事が大好きで、そんな彼女に出くわしてしまった人達にとっては、迷惑な事この上ない。
それでも最初は控えめだったのが、日を追うごとに大胆になって行く。壁を自由に通り抜けできる彼女だから、変な所から突然に現れるのは日常茶飯事。適当なビルの中に顔を突っ込んで、会議中のサラリーマンを混乱に陥れたり、テレビ局のスタジオに現れて収録を中断させたり、映画館に乱入して観客達を困らせたり、更には、福島市音楽堂に突然入り込んでしまい、クラシックのコンサートを台無しにしたこともあった。
そんな毎日が続く中、次第に街は冬の様相を見せ始める。そして気が付くと街行く人々が厚手のコートを羽織り、木枯らしに身を震わせるような時期になっていたのだった。
END022
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話では、三人目のヒロインが登場します。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
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