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016:生徒指導の教師達

本日、二話目です。

◇2038年9月@福島県岩木市 <矢吹天音>


いよいよ夏休みが終わり、矢吹天音やぶきあまねが登校してみると、久しぶりにイジメっ子の女子三人に絡まれた。彼女達は通用口で待ち構えていて、天音を教室とは反対側にある空き教室に連れて行こうとする。もはや彼女達の事など眼中にない天音は、軽い気持ちで付いて行った。


「失礼しまーす」


先頭を行く子が引き戸を開き、挨拶して中に入って行く。天音は、残りの二人と共に無言のまま後に続いた。

そこで天音を待ち構えていたのは、生徒指導担当の男性教師が二人。その彼らを見て、天音は眉をひそめた。この後の面倒な展開が、はっきりと予想できたからだ。

そんな風に天音が落ち着いていられるのは、昨夜、例の予知夢を見たからなのだが、もちろん、そんな事は目の前の教師二人には知る由もない。


天音が見た夢によると、イジメっ子の女子三人は、夏休みの最中、髪を茶色く染めて繁華街を歩いている所を補導されたようだ。それで保護者と共に生徒指導の教師に呼び出され、その場で「似たような事をやっとる生徒は、他におらんか?」と訊かれて、天音の名前を挙げたらしい。当然、それは彼女達の思い付きというか、嫌がらせだったのだが、昨今の「レベルの低い」教師は、それを鵜吞みにして天音を呼び出したという訳だ。

そして現在、生徒指導の先生方、特に若い方の教師は、天音を鋭い目で睨み付けていた。


天音は、ここにいる二人の教師とは全く面識が無かった。あるのは、たまに顔を合わせる「怖い先生」という印象だけだ。それでも、狂犬じみた風貌の若手教師と比べたら、年配の方が幾分ましな感じがした。

その年配教師が、「お前ら、もう行っても良いよ」と言って、イジメっ子の女子三人を下がらせた。

すると、それを合図に、狂犬のような若い教師が吠えた。


「おい、お前。ここに何で呼ばれたのか分かるな!」

「まあ、一年生だから、知らんかったのかもしれんがな」


はなからケンカ腰の若手教師の声に被せるように、年配教師が柔らかい声音で天音を庇うような言葉を発する。ところが、感情が高ぶった状態の若い方は、「武田先生、知らなかったは言い訳になりませんよ」と噛み付いた。それに天音が苦笑したのがいけなかった。


「何だか、お前、余裕だな。俺は、お前みたいな奴が大っ嫌いなんだ」


天音は、「私もです」と思ったけど、黙っておく。

こないだネットで見た記事にあったのだが、最近の公立学校の教員の質は下がる一方で、一般企業で正社員として雇ってもらえない者達の、掃き溜めになりつつあるという。そうした教員は、劣等感からか生徒に横柄な態度を取る傾向にあり、中には生徒を欲求不満の捌け口にしている教師もいるそうだ。

サディスティックな薄笑いを浮かべて天音を睨む若手教師に先行して、年配の教師が穏やかな口調で訊いて来た。


「えーと、君は、一年B組の矢吹天音で間違いないな?」

「はい」

「それで、最初に永山先生が言った事なんだが……」

「お前、そんな髪の毛で登校して来て、恥ずかしくないのか?」


この状況は既に夢の中で経験していたとはいえ、面と向かって言われると腹が立つ。しかも天音にとって、髪の毛のことを言われるのは一番に嫌な事。だから、我慢できなかった……。


「これ、地毛なんです。つまり、母から受け取った大切な身体からだの一部という事です。だから私は、全然、恥ずかしいなんて思いませんっ!」


少し強い口調にはなったけど、はっきりと思った事を言い切ってやった。

それなのに若手教師は、「そんなもん、嘘に決まっとるだろうがっ!」と言って、全く取り合おうとしてくれない。

それでも、天音はめげなかった。小学校の時にも、何度か先生に言われた経験があるからだ。その時には怖くて泣いてしまったけど、今の私は、もう泣き虫なんかじゃない。


天音は、中学に入る少し前、母の涼子に言われた時の事を思い出していた。


「天音、髪の色が人と違うのは、恥ずかしい事なんかじゃないの。だから、卑屈になるのはもう止めなさい」


そう言ってくれた涼子の髪は、天音よりは少し濃いけど、それでも淡い茶色だ。


当然、若手教師の永山は黙ってはいなかった。


「何だとお。そんなおかしな色に髪を染めておいて……」

「私は、自分の髪の色に誇りを持っています。もう卑屈にはならないと決めたんです」


バタンと椅子の倒れる音がした。教師の永山が急に立ち上がって、ずかずかと近付いて来る。チラっと年配の武田の方を見ると、首を横に振っているだけで、どうやら止める気はないらしい。

天音の頬がパシッと鳴った後、頬を押さえた天音は更に言葉を続けた。


「生徒手帳に書かれた校則には、『髪の毛を染めてはいけない』とありますが、間違いなんでしょうか?」

「はあ、お前……」

「人間には、背が高い人もいれば低い人もいます。背が低い人が大きくなろうとしたって難しいですよね。私も小さい時は、黒い髪になろうと頑張った事がありました。だけど、出来なかった……」

「君は、何を言っとるんだね?」

「お前、俺を馬鹿にしやがって……」

「永山先生、少し黙っていなさい」


永山は、倒れた椅子を蹴って壁の方に押しやると、足早に教室から出て行ってしまう。最後に引き戸を思いっ切り閉めたので、「パーン!」という音が教室中に響いた。


そんな彼の様子に、武田は軽く舌打ちして天音の方に向き直る。

天音の打たれた頬は見る見るうちに晴れ上がり、唇の端が切れて血が流れていた。それなのに武田には、全く動揺が見られない。まるで自分には関係ないといった態度だ。

見えていないんだろうか?


「あの、保健の藁谷わらがい先生を呼んでも宜しいでしょうか?」

「頬の治療かね?」


どうやら、見えてはいたようだ。

立ったままの天音の口からは、赤い血がポタポタと床に落ちて、床にシミを作って行く。


「それもありますけど、私の髪の毛が地毛だってのを説明してもらう為です。藁谷先生は、私の叔母なんです」


唇が腫れているので、少し喋り難い。

天音が唇の血を拭いもせずにポケットからスマホを取り出すと、武田は渋々と言った様子で、自分から藁谷先生を呼び出してくれた。


これまでの態度からすると、武田という教師は、『たぶん、事なかれ主義なんだ』と天音は思った。

一昔前だと、教師が女子生徒の頬を打ったとなれば、大問題になった筈だ。だけど今は、そんな「些細な」暴力が問題視される事はない。もっと深刻な悪意や暴力が、社会の隅々にまで溢れ返っているからだ。


――誰もが、不満と不安を抱えた社会


それが、今の日本社会の現実だった。



★★★



藁谷葉子わらがいようこは女性の養護教諭で、天音の母、矢吹涼子の歳の離れた妹だ。歳は二十九のアラサーで、未だに独身。昔から天音を可愛がってくれていて、親戚の中では唯一の天音の味方だ。

天音は母の涼子から、「学校で何かあったら、葉子を頼りなさい」と言われていた。だけど、天音から見た葉子は気弱な性格の女性で、あまり頼れる存在とは思えない。

天音は、たまに母と言い争いをしている事はあっても、この叔母が怒った所を見たことが無いのだ。それにも関わらず叔母の名前を出したのは、金髪が地毛であるのを証言してもらおうと思っての事だったのだが……


「武田先生。いったい、これはどういう事ですかっ!」


大人しい筈の藁谷葉子は、激昂していた。


「さっきまで、永山先生がいらっしゃったんですよね? 天音ちゃん……あ、矢吹さんの頬を打ったのって、永山先生なんでしょう? どうせ、あいつ、また逃げ出したんじゃないですか? 何で武田先生は、あんな永山先生を放っておかれるんですかっ!」


「いや、私は……」

「あのね、武田先生。天音ちゃんが私の身内だからってのを差し引いても、あなた方がやった事って、紛れもないリンチですよね? しかも相手は、中一の女子。こんなの、暴力団と同じじゃないですかっ! こないだ学校に来なくなった生徒、えーと、小林さんでしたっけ? あの子の時だって、親が訴えなかったから良かったものの、普通だったら刑事事件になってたっておかしくなかったんですよ。もう、こんな事は止めて下さい」

「だけど、矢吹さんにだって、不良に間違えられるような事を……」

「はあ? あんた、何を言ってんだ? だったら、金髪のガイジンは全員、不良かよ。そんな事、おおやけの場で言ったら外交問題になるぞ。天音ちゃんの金髪が地毛だってのは、教頭にも担任の渡辺先生にも言ってあるんだよ。全部、確認しなかったお前らの不手際じゃねーのか? 責任転嫁するんじゃねえ!」

「ちょっ、ちょっと藁谷先生……」

「あら、失礼しました……なんて、言うかよ、このボケ……。ふぅ。とにかくですね。私の髪も地毛なんです。ほら、茶色いでしょう? それに、彼女の母親……って私の姉ですけど、これよりも淡い茶髪です。で、一番に金髪なのが彼女。私の時もそうでしたけど、茶髪ってだけで、あんたらがやったみたいに絡まれたり、イジメられたりするんですよねえ。特に天音ちゃんは酷かったんです。分かります、うちらの気持ち? どんなに頑張って良い成績を取ったり、真面目に振舞ってても、髪の毛の色が違うだけで不良って言われなきゃなんないんですよ。本来なら、そういう生徒を守るのは教師の役目ですよね。だけど、いつも現実は正反対……」

「わ、分かったよ」

「分かったんだったら、言うべき事があるでしょうが」

「あ、いや、藁谷先生。すまんかった」

「あのねえ、武田先生。私に謝って、どうするんですか」

「確かに、そうだな。矢吹さん、誤解してしまってすまなかった。この通りだ」


そこで、ようやく武田は、立ち上がって頭を下げてきた。

ちなみに、この時点で天音の治療は終わっており、口元にガーゼが貼られている。だけど、恐らくは既に傷が概ね治っている筈だ。光を纏う事ができるようになってから、何故かケガとかの治癒が異常に早いのだ。


「まあ、私も少し言い過ぎたかもしれませんけど……、反省して下さい……。てか、反省できないんだったら、教師なんて辞めちまえっ!」


藁谷葉子に何度も恫喝された武田先生は、スゴスゴと教室から出て行った。




END016


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「天音の変貌(2)」になります。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ログインは必要になりますが、ブクマや評価等をして頂けましたら励みになりますので、宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


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