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015:天音の伯父一家

◇2038年8月@福島県岩木市 <矢吹天音>


「光のチョウ」に変異できるようになった矢吹天音やぶきあまねは、かつてない程に充実した夏休みを満喫していた。と言っても、一人で「光のチョウ」になって辺りを飛び回っていただけで、相変わらず家族以外の人との交流は少ない。

強いて上げれば、教室で前の席に座る女子の高木苑実たかぎそのみと、話題のアニメ映画を見に行った事、そして、お盆に従兄いとこ矢吹丈流やぶきたけるとやり合った事くらいだ。


天音とは同じ歳の丈流は、いつも顔を合わせる度に、天音に様々なちょっかいを掛けてくる、大っ嫌いな男子だ。見た目も性格も粗暴そのもので、体型は小太り。生まれ付き物覚えが悪く、都合が悪くなると腕力に頼りたがる。良くは知らないけど間違いなく成績は底辺レベルの筈。どこにも女子に好かれる要素なんて無い。

よって天音は、余程の事がない限り、自分から近付いたりはしない。


だけど問題は伯父の矢吹勝正やぶきかつまさと伯母の紘衣ひろえの夫婦が、丈流と天音を何かと一緒にさせようと、全くもってはた迷惑なお節介を焼きたがる事だ。確かに父方の親戚一同の中で、子供は丈流と天音だけ。しかも同じ歳となれば、大人達が単純に二人をセットと考えるのも分からないではない。

だけど、小さい頃から常に天音が一方的に搾取されてイジメられ続けて来た事を、あの二人は本当に知らないんだろうか?


実は今年の正月、伯父一家が帰った後で天音は母の涼子に、「私、小さい時から丈流くんの事、大っ嫌いなの」と打ち明けた事がある。


「まあ、そうでしょうね。普通に見てたら、天音が丈流くんから逃げ回ってるのに気付くと思うわ」

「でも、伯父さん達は、すぐに丈流くんと私をくっ付けたがるよね?」

「ふふっ、あの二人は、天音と丈流くんが仲良しだと信じ切ってるからねえ」

「どうして、そうなるの?」

「それは、うちらを自分と対等だとは思ってないからだよ。あの人達の価値観だと、誰かが誰かを一方的に虐げるなんてのは、ごく普通の事なんだろうさ」

「それ、どういう意味?」

「天音がどう思おうと、昔から丈流くんは天音の事が大好きなんだよ」

「その『好き』ってのは、かなり歪んだ奴だよね? 丈流くんは、私をサンドバックにする事しか考えてないと思うんだけど」

「そうね……。まあでも、小学生の男の子としては、割と普通な事なのよ」

「そうなの?」

「まあね。それで、もっと大きくなれば、たいてい間違いに気付くもんなんだけど、そのまま大人になっちゃう人も多いわね」

「それって、伯父さんって事だよね?」

「それも否定はしないけど、たぶん、あの人って、子供に関心が無いだけなんじゃないかな?」

「それ、子供だけじゃない気もするんだけど……。それで、伯母さんは?」

「あの人は、丈流くん第一主義だからねえ。天音だって知ってるんじゃないの?」

「まあ、そうだよね」

「ごめんなさいね。お母さんは次男の嫁の立場だから、あんまり強くは言えないのよね。ただでさえ、矢吹の家は未だに男尊女卑って感じだし……、お父さんには言ってみるけど……」

「うーん。お父さんも、伯父さんには強く言えない人だもんなあ」



★★★



とまあ、こんな感じでの会話を年初に母の涼子と交わしたのだが、案の定、今年のお盆でも伯父と伯母、そして丈流の天音に対する態度は、以前と全く同じだった。


「天音ちゃんって、中学生になっても変わらないのよね」

「あはは。確かに、あんまり成長しとらんようだな」

「今の子は、発育が早いっていうのにねえ。丈流のクラスでも、そうなんじゃなくて?」

「おいおい。それを丈流に言わせるのは酷だぞ」

「あら、中学の時の男子なんて、女子の胸ばかり見てるもんなんじゃない?」

「確かに、お前の場合は発育が良すぎたのかもしれんが……。それより、俺が気になるのは、髪の毛の方だ。先生に『黒く染めろ』って言われとらんのか? 涼子さん、どうなのかね?」

「いや、あたしの時もそうでしたけど、むしろ、髪の毛を染める方が校則違反ですので……」

「あのなあ、涼子さん。黒い髪を金髪いするのと、金髪を黒髪にするのとでは違うだろうが。おい、どうなんだ、正史まさし?」

「いや、涼子の言うのが正しいよ。髪の毛を染めるのは、校則違反だ」

「そうなのか? 信じられんな。俺は、日本人の髪は黒くあるべきだと思うんだがな」


伯父の勝正は、そう言って母の涼子の顔をじろっと見る。涼子の髪の毛は、例によって淡い茶髪。もちろん、地毛だ。


「あなた、大人の女性は別ですわよ。うちらが若い頃だって、皆さん、茶色に染めてましたもの」

「そういや、そうだったかな」

「最近は、あまり染めたりしなくなりましたものね」



最近、髪の毛を染める女性が減ったのは、単に景気の影響で、身なりにお金を掛ける余裕のない人が増えたからだ。

それでも、都会のヤンキーとかギャルとか言われる人種は、昔ながらの淡い茶髪に染めたがるのは変わってない。天音にしてみたら、良い迷惑だ。


「とにかく、俺は茶髪の女は嫌いだ」

「兄さん。涼子も天音も地毛だぞ」

「それがどうした。嫌いなものを嫌いだと言って、何が悪い」

「悪いだろ。太ってる上司の奥さんに、『俺は、デブは嫌いだ』って言えるのかよ? 男だったら、髪の毛が薄いとかだろうけど……、背が高い低いだって同じだぞ。『俺は、チビは嫌いだ』とか言われても、背が低いのはどうしようもならんだろうが」

「こら、正史。お前の理屈っぽい所は、昔からダメだって言っとるだろうが。『嫌いなものは嫌い』って言って、何で悪いんだ」

「だから、悪いって言ってんだよ。世の中には、いろんな人がいるんだ。それを、見た目で好きだ嫌いだとか言っとっては、そのうち誰も相手にしてくれんくなるぞ」

「俺は、理屈っぽいのは駄目だって言っとるんだろうがっ! 何度も言わせるなっ!」


とまあ、万事がこんな調子で、伯父の勝正とは全く会話が噛み合わない。勝正は元から非常にプライドの高い人で、震災後に漁師の夢を断たれた後は、失意の為か荒んだ生活を送っている時期があった。その後、昔の知り合いのつてで何とか定職に就く事ができたものの、未だに人付き合いが苦手で、常識外れの言動が目立ってしまう。

それでも、世間体を気にするタイプなので、外面そとづらは割とまともだったりするのだが、身内だと甘えもあってか特に扱いが酷い。

そして、その最たるものが、天音の家族に対しての尊大な振る舞いなのだ。


だけど、そんな伯父の勝正でも、伯母の紘衣ひろえとは上手くやって行けてるというのが、何とも不思議な現象だ。と言うのは、その紘衣が勝正に輪を掛けてプライドの高い人だからだ。

そして、その煽りを受けているのが母の涼子であり、その涼子が昔から徹底して伯父夫婦と関わらないようにしているのは、それが原因だったりする。


尚、天音は、伯父夫婦が自分達に強く当たるのは、彼らのコンプレックスの裏返しでもあると思っている。学生の頃から長男の勝正は学校の成績で次男の正史に勝ったためしが無く、今も正史の方が格段に収入が良い。そして、それらは紘衣と涼子の関係についても言える事なのだ。

天音に言わせれば、「祖父に家まで建ててもらったくせに」となるのだが、伯父の勝正は、「そんなのは、長男だから当然だ」と思っていて、話が噛み合わない。とにかく、天音の家族は、全ての点において伯父夫婦より劣っていないと彼らは気が済まないのである。

実は、未だに父の正史が今の賃貸アパートから出ようとしないのも、そんな伯父夫婦の機嫌を今以上に損ねたくないからだったりもする。


そんな風に伯父夫婦は、何かと面倒な人達なのである。



★★★



そして、そんな伯父夫婦に輪を掛けて面倒なのは、二人の一人息子の丈流である。彼は何かと問題の多い両親に溺愛されて育ったせいで、プライドお化けの癖に腕力以外は総じて能力が低く、その上、努力嫌い。要するに、たいていの教師が匙を投げるレベルの問題児なのだ。

当然、そんな性格なので、まともな友達なんている筈もない。だけど腕力だけはあるので、小学生の時は、力で従わせた子分を引き連れてガキ大将を気取っていたようだ。

それが中学生になると、いくら不良と言えども、腕力だけで人を従わせるのが難しくなってくる。それに加えて、中学生ともなれば女子の視線が気になる訳だが、彼女達は簡単に丈流の言い成りになったりはしない。


そんな状況の丈流にとって、日頃の欲求不満をぶつけるのに最適なのが、たまに会う従妹の天音という訳だ。端的に言えば、弱い者イジメの発想である。

ところが、まだ丈流は気付いていないが、実は、既に天音は相当なハイスペック少女だったりする。元から成績優秀な上に、見た目は少々小柄で痩せ過ぎではあるものの、客観的に見てかなりの美少女。それらに加えて、今回、「光のチョウ」に変異できるようになった彼女は、精神的にも安定していて、もはや昔のオドオドした部分は全くない。

最初に変異した五月の終わりの日から、僅か二ヶ月半。その間に天音は、全く別人のような変貌を遂げていたのだ。


「おい、天音。お前、何か変わってねえか?」

「別に」

「別にって、何だよ。だいたい、いつものお前は、オレにそんな言い方しねえだろうが」


そうやって突っ掛かって来る丈流の方は、前と全く変わってない。つまり、天音がどんな受け答えをしようと、彼の対応は同じなわけだ。だったら、別に普通に話せば良いや。

そう思った天音は、開き直る事にした。


「あのさあ、丈流くんと私って、同じ身分でしょう? だったら、別に、普通に話せば良いって思っちゃったんだよね。まあ、あんたは長男の息子で私は次男の娘ってのはあるかもだけど、今の矢吹家は、もう大した家じゃないし、うちのお父さんと伯父さんは別々の仕事をしてる訳だから、直接の上下関係とかはない訳じゃない」

「はあ? 天音は天音だろう? オレの方がお前より偉いに決ってんじゃん」

「だからーっ、あんたとの間に上下関係なんて無いって言ったでしょうが」

「何でそうなるんだよ。ゴチャゴチャと訳の分からんこと言ってんじゃねえぞ!」

「はあ?」


どうやら、丈流の頭の中で、天音に発言権は無いらしい。


「説明しても分かんないんだったら、何を言っても無駄ね」

「当ったり前だろうが。『理屈っぽいのは駄目』だって、うちの父ちゃんが言ってたぞ」

「『理屈っぽいのは駄目』って言うのは、単に『自分に都合の悪い話は、聞かない』って言ってるのと同じ事なんじゃない?」

「何だとお?」


丈流は激昂して、殴り掛かって来ようとする。

だけど、ここは伯父の家の客間で、伯父夫婦と天音の父の正史だっている。母の涼子だけは台所で、昼食の後片付けの最中だ。『伯父の家なのに、何で天音の母が?』と思わなくもないけど、いつだってそうなのだから仕方がない。


「別に、殴りたければ殴れば? ふふっ、女子を一方的に殴るだなんて、男として最低ね」


そんな風に天音が平静でいられるのは、幾つかの理由がある。

変異するようになってからの天音は、何故か、傷の治りが早いのだ。それと、昨夜、天音が見た夢では、殴られる直前に父の正史が止めてくれることになっていた。

とはいえ、殴られれば痛い。天音は、思わず目を瞑った。


「丈流君、暴力はいかんぞ」


目を開けると、ちゃんと正史が丈流の右手を掴み取っていた。

そんな正史に対して、伯父の勝正は苦々しいといった表情だ。伯母の紘衣ひろえはと言うと、「あらあら。やっぱり中学生ともなると、女子の方が口が達者になるのよねえ」と言って、何が楽しいのか、ただクスクスと笑っている。


ともあれ、これをチャンスとばかりに、天音は「失礼します」と言い残して、母を手伝う為に台所へ向かって行った。




END015


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「生徒指導の教師達」になります。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ログインは必要になりますが、ブクマや評価等をして頂けましたら励みになりますので、宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

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