014:天音のやらかし(1)
本日、二話目になります。
◇2038年6月@福島県岩木市 <矢吹天音>
矢吹天音は、「光のチョウ」へと変異できるようになって以来、毎日のように深夜、あちこちの近場を訪れての空中散歩を楽しんだ。それは、いわば寝る前の習慣のようなもので、最初の頃は人前で決して変異を解かない事を前提にしていた。つまり、服装は部屋着のままで、靴だって履いていない。お風呂に入って歯磨きまで済ませており、帰って来てパジャマに着替えたら、即ベッドに潜り込める状態という訳だ。
天音の両親は、残業が無い限り夜十時前に寝てしまう。と言うのは、朝が早いからだ。工場は午前八時始業なのだが、両親共に七時前に家を出るのが普通だった。
天音は毎晩、両親が起きている間は自室で勉強して、二人が寝静まったのを確認してから外へ出る。具体的には、自室で変異して、「光のチョウ」の姿で窓ガラスをすり抜けて外へ出て、そのまま夜空へと舞い上がる。
最初の頃、夜の空中散歩はせいぜい一時間程度だったけど、それが次第に長くなって行って、すぐに二時間になった。それでも、だいたい日付が変わる時間には戻るようにしている。翌日の授業に差し支えると思ったからだ。
つまり、変異できるようになった事で天音の睡眠時間は減った訳だが、不思議と疲労は感じていない。それに対する天音の考察は、「夜の空中散歩が日中のストレス解消になっていて、その分、睡眠の質が向上しているから」というもの。
だけど、もうひとつ、「あまり睡眠を必要としない体質に変化した」という可能性もまた、天音は捨て切れないでいた。それは、「変異できるようになって以来、体育の授業があっても、それほど疲れなくなった」と、天音自身が実感しているからだ。たぶん、「疲労が回復し易い身体になったんじゃないか」と、天音は思っている。
★★★
そんな訳で、毎晩のように天音は空中散歩に出向いていた訳だが、どうやら彼女は、「変異するとハイになる」性格だったようだ。と言うのは、普段の「目立つのが大嫌い」な彼女からは想像し難いのだが、「光のチョウ」になった時には、随分と大胆な行動を取ってしまう事が頻繁にあるのだ。
最初は、ほんの些細な好奇心で、深夜なのに灯りが点いている小名浜地区の雑居ビルの中を、壁から首だけ出して覗いてみたのが始まりだった。すると、それに気付いた残業中のサラリーマンが、飛び跳ねて驚いてくれた事に味を占めた天音は、同じ悪戯を何度か繰り返すようになってしまった。
やがて、残業疲れで机に突っ伏して寝ている人に、近くで見つけた毛布を掛けてやったりもするようになり、そのうち、残業中に発作を起こして苦しんでいる人を発見。救急車を呼んであげたりもした。もちろん、その際は偽名を使い、救急隊員が到着すると同時に姿を隠したのは言うまでもない。
もっとも、後半のは悪戯じゃなくて人助けじゃないかと思わなくもないのだが、そんなのは天音にとって些事でしかない。
そうこうするうちに、悪戯は日を追うごとに更に大胆になって行って、小名浜地区の街中を中心に、悪いと思いながらも酔っ払いのオジサンを驚かせてみたり、柄の悪い連中が暴れている所に乱入して追い払ってみたり、終いには、倉庫街でコソコソしてる怪しい連中を見付けて、脅してやったりもした。
最後の件は、実は暴力団が絡んだ麻薬の受け渡し現場だったようで、その結果、暴力団は壊滅。彼らに麻薬を売ろうとした海外のマフィアも重要な顧客を無くし、日本からの撤退を余儀なくされたのだが、そんなのは天音にとって与り知らぬ事である。
そうして天音が毎晩のように色々とやらかしている内に、実は、「光のチョウ」の噂が小名浜地区での都市伝説になって行くのだが、今の所、それが天音の耳に入る事はなかった。
★★★
そんなこんなで季節は移り、夏休みになった。そうなると、両親が共働きの天音にとっては、自由に使える時間が増える。それでも、真昼間に変異するのは、憚られた。ひとつは人々の注目を集めたくない事だが、それ以上に、真夏の太陽の下での変異は、何となく気乗りがしないからだ。
昼間でも問題なく変異できるのは分かっている。それに、変異している間は、暑さも寒さも感じない。だけど、夜と比べると力が出ない気がする。
それで天音は、昼間の午前中は宿題をして、午後はお昼寝。そして、夜中に「光のチョウ」へと変異する事にした。
そして、七月の最後の週末になると、例年通りに小名浜での花火大会が開催される。当然、天音は何だかんだと両親の目を欺いて、喜び勇んで駆け付けた……っていうか、空を飛んで行った。
ところが、会場に近付いた所でドーンという大きな音に驚いた天音は、気を失って変異が解けた挙句に、なんと空から真っ逆さまに落下してしまったのだ。
普通なら地面に激突して即死は免れない所なのだが、幸いにも彼女が落下したのは海の上。まさに九死に一生を得た形となった。
後日、この時の事を思い出した天音は、『もし、そこが海上じゃなかったら?』とか、『もし、夏の盛りじゃなかったら?』とか考え出してしまい、恐ろしくなって震え上がっていたのだが、はっきり言って自業自得というものである。だけど、当時の天音は、意外と思い付きで行動してしまう考えなしの小娘だったのだ。
さて、それから三十分後、海上で波に揺られて目を覚ました天音は、自分が居るのは小名浜港の桟橋の脇で、そこにあった杭にパーカーのフードを引掛ける形で漂っている事に気付いて、愕然とした。即座に光を纏った天音は、人目に付かない倉庫の影まで行って、全身を確認。服こそビショ濡れだったものの、大きなケガとかは無さそう。ていうか、打ち身すら無いってのは、やっぱり、ちょっとおかしくない?
考えられるのは二つだろうか? ひとつは、「私の運が、もの凄く良い事」で、もうひとつは、「『光のチョウ』になって自己治癒能力が向上した事」だけど、たぶん、二つとも有りそうだ。
今までの天音は、自分が「運が良い」なんて絶対に思わなかった。生まれ付き肉体的なハンディキャップがあって、ずーっとイジメられっ子だったんだから当然だ。でも、「光のチョウ」になれた事で、今までの事の全部が帳消しになったってのが、今の天音の実感だ。
言うなれば、小さい頃から継母にイジメられて育った女の子が、王子様に出会って「めでたし、めでたし」って感じだろうか?
だけど、天音には分かってもいた。それは、「本当に大変なのは、これからなんだ!」って事。だって、おとぎ話のヒロインだって、王子様と結婚した後は、きっと凄く大変な事になるに決まってるからだ。
まあ、良いや。
天音は再び変異すると、今も花火が次々と打ち上げられている夜空へと舞い戻った。そして、花火の周囲を自由自在に飛び回る。間近で見る巨大な花火は、思わず歓声を挙げたくなる程に美しい……。
天音は、もう花火が打ちあがる音には動じない。だけど、この事があって以来、天音は大きな音には慎重になった。当然、そこには雷も含まれるのだが、それが別の意味でも彼女達の天敵なのを、この時の天音はまだ知らなかった。
やがて、自宅アパートの自室に戻った天音は、変異を解いた途端、「クシュッ」と可愛いくしゃみをした。それから、一目散に浴室へ駆け込んだのは、もはや言うまでもない。
END014
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「天音の伯父一家」になります。
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