第7話 バイバイね…… 20 ―芸術家は嘘をつかない―
20
「何それ……どういう意味」
「アイシン、無視するんだボズ。コイツの言葉に耳を貸すな。どうせ、また嘘だボズよ。俺達は俺達がやるべき事に集中するんだボズ」
「ホホォ♪ どうせ、また嘘ぉ♪ ちょっと待って下さいぃ~~♪ 嘘をついたのはピエロさんですぅ♪ 私が貴方達に嘘をついた事がありましたかぁ? ねぇ、桃色の……いえいえ、ガキアイシンさん?」
「ねぇ、先輩が死ぬって何なの? どういう意味?」
確かにこれまでの芸術家の発言に明確に『嘘』と謂えるものはなかった。
アイシンは芸術家が言おうとしている事は何なのかと、気になってしまう自分を否定出来なかった。
「アイシン……無視だボズよ、芸術家は俺達を惑わそうとしているだけだボズ!!」
「惑わそう? そんなぁ♪ 私からすれば、無視しろと言う小鳥さんがアイシンさんを惑わそうとしていると見えますけどぉ♪」
「何言うかッ! お前は時間稼ぎをしたいだけだろボズ! 赤と青の石を止められたくないのが見え見えだボッズー!!」
「ホォ〜〜♪ その赤と青の石に関しての真相をアイシンさんに教えたのは私ですよぉ♪」
「お前は教えて絶望させたかった、ただそれだけだろボズ! 俺達に赤と青の石を止める方法があったから焦り始めた、今はただそれだけだボズ!!」
「う~ん♪ 焦ってなどいませんよぉ♪」
芸術家は「やれやれですねぇ……♪」と呟き、右手に持った筆をゆらゆらと揺らした。
「私が行いたかったのは単に"実験"です♪ そして失敗もまた実験結果であり、それもまた芸術なんですぅ♪ ですのでぇ、輝ヶ丘が燃えようが燃えまいが私にはどちらでも良いのですぅ~~♪ ですから、私は焦りません♪ ですが、新たに試したい事柄が出来ましたぁ♪ 私は英雄と名乗る方々がどんな選択を取るのかが知りたいぃイィ〜〜〜♪♪♪」
芸術家は筆を使ってホムラギツネを指し示す。
芸術家も、アイシンもボッズーも、校舎の残骸の前で暴れるホムラギツネとは距離がある。三人からはホムラギツネの全身が見えていた。
「ねぇ、アイシンさん? もしも貴女が、輝ヶ丘を救う為にキュアリバ……ですか? そちらを使い切ってしまった時♪ それが真田さんを殺すのと同じであったらなら、貴女はどうしますかぁ?」
「何それ……どういう意味、さっきから何なの!!」
「アイシン、聞く耳を持っちゃダメだボズよ! 芸術家は俺達を惑わせようとしているだけだボズ!!」
「アイシンさん、貴女はどう思われますかぁ♪ 現在のホムラギツネさんの挙動を♪♪」
「どうって、それは……」
アイシンは答えなかった、彼女の目にはホムラギツネは苦しんでいる様に見えている。何故苦しんでいるのかは分からないが、そう見える。
現在のホムラギツネは火柱の尾を振り回し続けているが、そこには誰も居ない。セイギとユウシャは瓦礫となった校舎の上で倒れているのだから。
それでもホムラギツネは尾を振り回している。そのせいで尾に叩かれた場所は陥没し、振り回す度に飛び散る黒い炎が校庭を囲んでいる木々の幾つかを燃やしてしまっている。
敵も居ないのに、ホムラギツネは暴れ続ける、吠え続けてもいる。まるで『苦しい、苦しい』と嘆いているかの様に、泣き悶えているかの様に。
アイシンは自分が捉えている通りに芸術家に伝えるべきか迷った。
理由は、嫌だからだ。本当にホムラギツネが、否、真田萌音が苦しんでいるのであれば、芸術家が言う『真田萌音の死』が惑わしではなく真実と信じられてしまうからだ。
『キュアリバを使い切ってしまえば――』の真意は知りたい。しかし、萌音の死が本当ならば受け入れたくはない。矛盾しているが、アイシンは英雄である前に一人の少女でもある。逃げたくなっていた、アイシンは、否、桃井愛は現実から逃げ出したいと思ってしまっていた。
この時、セイギとユウシャが動き出した。二人は目を覚ましたのだ。
目覚めたばかりの二人は、迷う事なく武器を構えて瓦礫の山を駆け降り始める。
「OH♪ 勝ち目も無いのに貴女のお仲間が動き出しましたよぉ♪勇敢ですねぇ♪ あっ、でもでもぉ~~♪ 暴れ回るホムラギツネさんは最強です♪ 近付く事も出来ない♪ ほら、見てぇ~~♪♪」
火柱の尾が瓦礫の山に向かった。ドンッと、駆け降りる二人の足下に尾の先端が衝突する。
しかも、そのまま先端は天を向いた。
瓦礫と共に掬い上げられたセイギとユウシャは再び宙に飛ばされる。
「せっちゃん! 勇気くん!!」
「セイギ!! ユウシャ!!」
アイシンとボッズーは二人の名を叫ぶが、叫ぶだけでは何も出来ない。
セイギとユウシャが飛ばされると、火柱の尾は二人を地面に叩き付けた。倒れた二人は再び動かなくなる、仰向けに倒れたセイギの胸が、俯せに倒れたユウシャの背中が、上下しているから二人の生存は確認出来るが、火柱の尾が執拗に二人の周囲を叩く。地面を何度も叩いて陥没させる、けれども瓦礫の山にも尾は向いていく、瓦礫を更に粉砕し宙に舞い上がらせる。
瓦礫の上にはセイギもユウシャも居ないのに。やはりホムラギツネは二人にトドメを刺す為に暴れている訳ではないらしい。
「流石です、真田さん♪ 強いですねぇ♪ でも、嗚呼……何故だろう♪ 英雄が二人揃って地面に倒れているのに尻尾を振り回してばかりぃ♪ 倒れた二人に向かって尻尾を振れば良いのにぃ♪ 真田さんはいったいどうしてしまったのでしょうねぇ~~♪ アイシンさん? どう思いますぅ? 真田さんは辺りを破壊しようとか、英雄さんを攻撃しようとかは考えていない♪ そうは見えませんかぁ?」
「ギィーーーーーーェーーーーーーー!!!!」
「嗚呼……また吠えた♪ ほら、この声も『苦しい、苦しい』と言っている様に聞こえませんか?」
「……」
「あら、何も答えてくれませんねぇ♪ 私は無視されてばかり、世知辛い世の中だぁ♪ では、仕方がありません♪ 問答に答えてくれないのならば、教えて差し上げましょうかねぇ〜〜〜♪♪」
アイシンは仮面の中で瞼を瞑っていた。見たくない未来から目を背けるため。
目を瞑れば五感が研ぎ澄まされる。セイギ達が駆け付けた時もそうだった。しかし、今度は救いの手は来ない。鮮明になって聞こえてくるのも芸術家の歌声のみ。
芸術家はベンチから立ち上がり、腹の前で両手を組んで、揚々と、気持ちが良さそうに、低音を響かせ始めた。
普段よりも更に大声で。その声は校庭全体に響いていく。
眠ったセイギとユウシャにも、暴れるホムラギツネにも、芸術家の声は聞こえていくだろう。
「真田さんはぁ~~~~♪ 悶え苦しむ可哀想な子ぉ~~~♪ 尻尾をクルクル振り回しぃ♪ 苦しい苦しい悶えてるぅ♪ だけど誰も気付いてくれない♪ 人からすれば♪ 彼女は暴れるバケモノだぁあ♪ 彼女の苦しみ誰も分からない♪ 命の灯火あと少し♪ そろそろ彼女はお陀仏だぁ~~~~♪♪」
「何だとボズ!!」
ボッズーはクチバシを尖らせた。
ボッズーだけが芸術家の歌に反抗しようとする。するが、芸術家は止まらない。
芸術家は両手を広げた。体を回すと、芸術家は宙に浮く。広げた両手がプロペラ代わりとなり、空へと飛んでいく。
「小鳥さんよ、怒る前に行動を♪ 睨む前に行動だぁあ♪ アイシンさんが渡した愛は♪ 激しく苦しいものだったぁ♪ か弱い乙女の真田さんでは結局限界♪ 体が持たない♪ 蝋燭燃え尽きる直前はぁ~~♪ 激しく燃えて燃え上がるぅ〜♪ 真田さんも同じですぅ~♪ 最期の時が迫ってるぅ♪ これより更に激しく燃えて♪ 爆発四散♪ 跡形もなく消え去る運命♪」
くるくると回転しながら空を飛ぶ芸術家は、輝ヶ丘高校であった瓦礫の山の頂上に足を並べて降り立った。
「噓だ……噓言わないで!!」
アイシンが叫んだ。
「噓ではない♪」
嘘だと思いたい真実が、逃げたい彼女を追い掛けてくる。逃げようとしても、しても、逃げられず、嘘だと思い込もうとしても、現実が、嘘で塗り固めたい真実を真の色に塗り替えてくる。
「私は貴女に噓などつかない♪ 噓をついては実験にはならない♪ 貴女の選択知りたいからぁ~~~♪ それでも噓だと言うのなら♪ 証明しようそうしよぉ〜〜♪ 私の予言は必ず当たる♪ いまに真田さん大きく吠えて♪ 吠えた後は尻尾が落ちる♪」
「ギィーーーーーーェーーーーーーー!!!!」
芸術家の歌に合わせる様に、火柱の尾を振り回していたホムラギツネが突然天を仰いだ。
「ほらほら吠えた♪ 大きく吠えた♪」
そして、
「噓だ……」
アイシンが崩れ落ちる様に地面に膝をついた時、同時に崩れ落ちた。
「さぁ、尻尾も落ちた終わりが近い♪♪♪」
ホムラギツネの尾は音も立てなかった。まるで朽ち果てた木の様に根元から折れて、地面に落ちた。
漆黒の炎も風に吹かれて消えていき、尾はやがて灰になっていく――
「噓だ……噓だ……嫌だ……いやぁ!!!」




