蝿
《ミクラル王国 ナルノ町》
地面が揺れる。
建物の窓ガラスが震え、町中から悲鳴が響いていた。
「な、なんですか今の……!」
アカネが顔を青ざめさせながら周囲を見渡す。
「みや、女神の気配ってのは?」
女神……つまりアオイさんに何かあったんだ!
「わ、わかんない……でも、嫌な感じがするっ」
みやは胸元を押さえ、呼吸を乱していた。
隣では、あーたんまでもが耳を伏せ、小さく震えている。
そして――
遠くに黒い巨大な“何か”が姿を現した。
「……は?」
思わず声が漏れる。
デカい。
建物よりも巨大。
六本脚。
不気味に震える透明な羽。
赤黒い複眼。
全身を覆う針のような毛。
そして――あの羽音。
ブゥゥゥゥゥゥン……
耳の奥を直接かき回されるような不快音。
「っ……!」
アカネが顔をしかめる。
「な、なんですか……あれ……気持ち悪い……」
「うぅ……やだぁ……」
あーたんは完全に怯えていた。
みやも同じだ。
「リュウト……ぁれ、なに?」
「……蝿だ」
「ハエ?」
三人が同時にこちらを見る。
「俺の元いた世界に居た虫だよ。腐った物とか死体とか……そういう所に集まる虫」
「っ……」
アカネの顔がさらに青ざめた。
元の世界では珍しくもなんともない。
だが、この世界には存在しない。
だからこそ、見た瞬間、本能が嫌悪する。
生理的に拒絶する。
“存在そのものが不快”
「とにかく、向かうぞ!」
俺が走り出すと、三人も続く。
途中、何人もの住民が避難していた。
倒壊した建物。
崩れた道。
泣き叫ぶ子供。
町は半壊状態だった。
「くそ……!」
想像以上だ。
あの巨大蝿、何かに向かって行進している?
「リュウトさん!」
「どうした!?」
走っていたアカネが、突然足を止めた。
「今……聞こえました!」
「何が?」
「助けてって声です!」
アカネは瓦礫の山へ駆け寄る。
崩れた建物。
完全に埋まっている。
だが――
「……たす、け……」
微かに聞こえた。
「生存者か!」
俺はすぐに魔皮紙を取り出す。
「アカネ、少し下がれ!」
「はい!」
【浮遊】の魔皮紙を発動。
瓦礫がゆっくりと浮かび上がる。
アカネが瓦礫の隙間へ滑り込む。
数秒後。
「居ました!」
抱きかかえるようにして、女性を連れ出してくる。
茶色の長い髪。
整った顔立ち。
どこか大人びた雰囲気を持つ女性。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、あれ、この人……」
あの時、アオイさんと一緒にいたメイドの人だった。




