未来の少女
「……というわけで、その転送魔法でここに来たのが、さっきなんです」
小さな焚き火の前で、ユキと名乗った少女は、淡々と語った。
すべては、世界の終わりから始まった話。
そして、彼女が未来から来た存在であるという事実。
俺はしばらく、黙って空を見上げていた。
夜の帳が島を包み、星々が空に浮かぶ。
この空を、未来の彼女も見上げていたのだろうか――。
「……リュウトさん?」
焚き火の明かりの中で、不安そうな声が届いた。
「その“女神”って……金髪で、青い目で、異常なほど美しくて……」
「はい、そうです。すごく綺麗です」
「絶対そうだ…………」
俺は思わず立ち上がり、髪をくしゃくしゃとかき乱した。
「アオイ……!」
彼女の名前が、初めて口から零れ落ちた。
――そうだ、あの金髪の美女。名前も知らなかったが、心の奥底ではずっと呼んでいた。
あの人の名前が、“アオイ”。
アオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイアオイ!!!!!!!
「ちょっと待て、理解したが……まさか、君のお母さんって……アオイさん?」
俺は深く息を吸って訊いた。
「はい!そうです!自慢のお母さんです!」
「オウマイガ!!!!」
崩れ落ちそうになった。座り込んだ地面の冷たさすら、今の俺には感じられなかった。
(未来で、アオイさんは子供を産んでいた?でもこの子は俺を父親と呼んでいない……ってことは)
――俺は、アオイさんと結婚できなかった……?
その事実が胸に刺さり、ぐらりと意識が揺れる。
「……もう死のうかな……」
呻くように呟いたその時。
「あ、お母さんと言っても育ての親ですよ」
「……あ?よ、よし? え、えと」
慌てて態度を整えようとしたが、すでに心はぐちゃぐちゃだ。
平静を装うのに、ここまで必死になったのは初めてかもしれない。
「フフッ。隠さなくてもいいですよ。リュウトさんがお母さんに恋してること、私は知ってますから」
「……そ、そうなのか……」
少し目をそらしながら頷いた。隠すつもりはなかったが、知られていると分かると急に恥ずかしい。
「リュウトさんは……その……」
「じゃあ、俺は死んだんだな。しかもアオイさんに殺された」
言いながら、火にくべた枝がパチンとはぜた。
「どうしてそれを!?」
「……予想はつくさ。君の話の流れで」
火を見つめながら返す。
ユキの瞳が揺れていた。俺の冷静さに、少し驚いた様子だった。
「……私はどうしたらいいでしょうか?」
「簡単な話だよ。未来を変えればいい」
「未来を……?」
「そう。今、君がこうして俺に未来の話をしてる。それだけで、もう未来は変わってるはずだ」
「じゃあ……みんなに話しまくれば?」
「それも一つの方法だが、リスクも大きい。混乱を生むし、何がどう変わるか読めない。なら、一番効率がいいのは――未来での仲間を頼ることだ」
「なるほど……」
ユキは頷きながら、焚き火の炎をじっと見つめた。
「ちなみに……君は、俺のパーティーメンバーだったのか?」
「元々は、そうでした」
「抜けたのか? 理由は?」
「え、聞きます?」
「今の俺は、まだ何もしてないからな。今なら許せる気がする」
「いえ!リュウトさんが悪いわけじゃありません!」
顔を赤らめ、ユキは唇をきゅっと結んだ。
「……その、私が……ヒロユキさんに恋をしたからです」
「……なるほど。それなら、抜けるのは正しい判断だ」
「未来のリュウトさんも、そう言ってくれました」
「恋については、痛いほど気持ちは分かるからな……。じゃあ、君はヒロユキのパーティーに?」
「はい。今も、そうするつもりです」
「よし、決まりだ。これからはヒロユキの元で動いてくれ。未来のことを話すかは、君に任せる」
「分かりました。がんばります!」
ユキは満面の笑みでうなずいた。
少しずつ、空気が和らいでいく。
そして、焚き火の火が揺らぐ中で、ユキがぽつりと口を開いた。
「あ、もうひとつ。かなり重要なこと、言い忘れてました」
「?」
何気ない冗談かと思った。
けれど――
「ヒロユキさんは、お母さんの弟です」
「……っ!!!!」
世界が静止した。
その瞬間、ユキの姿に“色”が宿る。
茶色の髪が陽に透け、赤い瞳が宝石のように輝く。
透き通るような白い肌が、火の明かりに照らされて柔らかく染まった。
その光景が、現実のものとして焼き付く。
「フフッ。つまり、リュウトさんと私がうまくいけば――」
「……俺たちは、親族……」
「そういうことです、お兄さん♡」
沈黙。何も考えられなかった。
「……もしもーし?」
「……」
そして俺は、右手を差し出した。
「全力でお互いの恋、実らせよう。妹よ」
「はいっ!」
俺たちは、力強く握手を交わした。