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中坂麗華にだって悩みはある その2

「じゃあ、小林とか斎藤とかはどうなんだよ」


 小林と斎藤というのは、俺たちのクラスで二、三番目に人気のある女子の名前だ。特にその容姿がよく、男子の中でも度々話題になっている。


 中坂麗華が高嶺の花だとすれば、その二人は手が届きそうだけど届かないような花だと言える。


 容姿的にみても麗華に劣らないという最も重要な条件を二人はクリアしている。クラス内でもトップカーストの男女混合グループに所属していることも評価できる点だ。


「それに、二人は麗華にしては話してる方だし文句ねえだろ」


 麗華自身もそれをわかっているのか普段よく話している姿を見るのはこの二人だった。


「……その二人が問題なんだよね」


 少しの沈黙の後、麗華は少し顔を引きつらせながらそう口にした。そのやけに重い言葉の雰囲気に俺も身を強ばらせた。


「なにがあった?」


「この前二人が話してる所聞いちゃったんだ。なんか、やっぱり麗華ってあたし達とは違うよね。って」


 麗華は平静を装いながら口にしていたけどその実内容は重かった。


「やっぱり、私じゃだめなのかな?」


 尋ねてきた麗華はいかにも落ち込んでいるのが見て取れる。


「なに今更言ってんだよ。昔からそういうのはあっただろ」


「そうだけど……」


 中坂麗華は美人である。そして、小林と斎藤も。類が共を呼ぶというのであれば、美人は美人を呼ぶのだろう。


 しかし、中坂麗華に至っては規格外の所が多すぎる。故に、二人は違うと評したんだろう。


 麗華の仲良くしたいができないという気持ちもわかる。だが、俺は本物と比べられる二人の気持ちもよくわかる。俺もそちらの人間だから。本物の近くにいるほど自分がどれほど偽物であるかを痛感してしまう。だからこそ、偽物には妬み嫉むしかできないのだ。


「じゃあ、翼とかはどうなんだよ」


 翼は勉強ができて、サッカー部期待のエース候補であり、イケメンである。要するに翼も麗華と同じ天が二物を与え過ぎた系の奴だ。異性ではあるが同類だからこそ、仲良くできるのではないだろうか。


「ほら、麗華となんか似てるとこあるし」


 麗華は一つ大きなため息をついた。こいつはなにもわかってないとでも言いたそうに。


「私と似てるって、それ一番信用ない言葉だよ」


「……あぁ、なるほど」


 不覚にも納得してしまった。麗華と似ている、それはつまり翼にも裏の顔がある可能性が高いということだ。もちろん、こんなのただの仮説でありなんの根拠にもならないけど。


 ただ、唯一言えることはそれ、胸を張って自分から言うことじゃねえよ。自覚があるのはいいことだけどな。


「ていうかさ、幼馴染が友達欲しいって言ってる時に異性の名前出すのってどうなの?」


「どうって、何が?」


「いや、だから私が翼くんと仲良くなって……。もういい!」


 麗華は俺の何かが気に入らなかったらしく、へそを曲げてしまった。いや、俺麗華のために提案したんだけどな。なんで俺が悪いことしたみたいな態度とってるんですかね、この方。


「わかった、じゃあ最後の手段だ」


 機嫌を損ねてしまったわがままなお姫様を満足させるために俺は最後の提案をした。これで無理ならもう知らん。


「麗華、携帯貸せ」


「え、なんで? まあいいけど」


 俺は麗華から携帯を預かるとパスワードを解いて携帯のロックを解除した。ちなみに、麗華のパスワードを知っている理由は語るまでもない。


 そのうち銀行のカード番号までお互い知ってるとかになってそう。それは、いよいよ本格的にまずい。


 麗華の携帯のアプリを確認する。ほんとこいつの携帯必要なもん以外入ってねえな。


「うわー」


 俺は麗華の携帯に映ったあるものを見て、思わず声が出た。


「何見たの? そんなにおかしいのあった?」


 麗華は俺の声を聞いて俺の操作していた携帯をのぞき込む。こいつにしてみればおかしくもないただの日常なんだろうけど、だからこそ凡人の俺は軽く引いてしまった。


「お前、これ全部返してんの?」


 麗華はもちろんだけどメッセージアプリも使っている。逆にこのご時世使っていない人の方が少ないだろう。主な連絡のツールでもあるし。


 ただ、こと中坂麗華においては少し使い方が異常だった。数分前に返したトークの相手の数がざっと五十くらいあった。返信待ちも数えればもっと大きな数字になるだろう。


 また、そこには男女問わず名前があり、それだけでもこいつがどれだけ人気なのかがすぐわかる。あれだけ勉強とか俺と茶番とかしてんのに、なんでそんな時間があるんだよ。


「これでも、学校じゃみんなに愛される八方美人で通ってるから。これくらいの愛想の良さは必要なの」


「本当に、すげえな」


 なんでもないように麗華は言ったが、俺は素直に尊敬した。少しトークを覗いてみると一人一人、全く違う内容の会話だった。おそらくそれぞれに合った話題をしているんだろう。


「そうだよ、実は大変なことしてるんだよ。でもさ、私に連絡するってことは私と話したいって思ってもらえてるってことでしょ。やっぱりその気持ちって嬉しいじゃん」


 ふっ、と麗華は優しい笑みを浮かべる。心の底から出たのであろうその笑顔はやはり彼女を八方美人たらしめているのだと俺に実感させた。


「ま、それはわからんでもない。話しかけてもらえるって実はすげえことだからな」


「でしょ! でも、この世には私がメッセージを送っても返さない人もいるらしいんですよ」


「へー、そりゃとんだ馬鹿野郎もいたもんだな」


「うん、ほらこれ見てよ」


 麗華は再び俺から携帯を自らの手元に持ち、一人とのトーク画面を開いた。トークの内容はこうだ。


『今から行くね!』


『ごめん、今日行けなくなった』


『ねえ、どこいるの? まだ学校?』


 日付を追えど出てくるトークの内容はざっとそんなところだった。そもそも、一人しか話していないのでトークと呼んでいいかすら怪しいが。それに、ご丁寧に最後の通知までしっかりと既読が付いている。こいつ、わざと既読無視しているな。さては相当性格悪いな。


 ちなみに、トーク相手の名前は『綾人バカ』と書かれていた。てへ、このトーク相手俺でした。我も悪よのう。なんつって。


 ていうか、(バカ)ってなんだよ。申し訳程度に名前編集するならもっとましなのあっただろ。悪口のレベル小学生かよ。


「ねえ、最低でしょ。この子はもう私を崇め奉る刑に処するべきだと思うの」


「おい、そんなこと言ってると俺のとっておきの方法教えねえぞ」


「ごめんなさい冗談です。私にご友人を恵んでください。友達のいない綾人様」


「だから、謝るんなら最後まで謝れ!」


 そんな恨み言を吐きつつも再度麗華に友達を作る方法を教えようとする俺優しすぎる。聖人君子って俺のことじゃねえの。もはや孔子すらも俺を認めるレベル。


 麗華の携帯の中身を見て、改めてよくわかった。やっぱりこいつは人気者だ。だからこそ、こいつの世界は狭く小さい。だけど、ネット社会が進んだ現代でなら、麗華を麗華として、もっと広い世界に出すことができる。


 なんて、大層なことを言ってみたが、行うことは実に簡単。アプリを一つインストールしただけだ。だが舐めてもらっては困る。この世には、シンプルイズベストという言葉もある。時に簡単とは最も良い解決策、だと思う。


「ほらよ、ここで友達作れば」


 俺は麗華に再び携帯を返す。受け取った麗華はこれが何なのかわからないのか眉間にしわを寄せながら険しい顔をして携帯とにらめっこを繰り広げていた。


 おい、まじかよ。今の時代でこのアプリ知らないやつとかいるのかよ。使っているかはともかく、同世代なら知ってはいるだろう。


 俺が麗華の携帯に入れたのは一つのSNSアプリだった。百四十字で今の気持ちを言葉に出したり、写真を張って何かをしたと報告したり。とはいうものの、誰に報告をするわけでもない。つぶやき、要するに独り言だ。


「これでどうするの?」


「じゃあ、例えばこれで麗華が好きな犬で検索、っと」


 俺が麗華の携帯を操作し、検索をかけるとそこには様々な犬の画像や動画に関するつぶやきが現れた。


「うわー、すごっ! かわいい」


 麗華の柔らかな微笑みに思わず見とれそうになる。危ない危ない。


「このアプリなら麗華自身の顔も出さなくていいし、麗華の性格話し方、そういうので見てくれる人がいる。それに、同じ趣味なら仲良くできるだろ?」


 このアプリのさらに優れた点、それは匿名性の高さだろう。麗華は麗華であることを周囲から強要される。だが、このアプリの中でならいつもの、本当の麗華でいられる。


「ありがとね。さすが、バカだけど私の幼馴染だね!」


「だから、褒めるときももっと徹底的に褒めろ!」


 今日も今日とて部屋には苦々しく叫ぶ俺の声と、楽しそうに笑う麗華の声が響き渡っていた。

読んでいただきありがとうごさいます!

ブクマ、評価もよろしくお願いします。


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