#4.5 長門左京の部屋
食事を終え、落ち込みから立ち直った雅史と右京に連れられ、響月は左京の部屋の前に立っていた。
「…覚悟は良いか、少年」
「か、覚悟…!?」
「いや、覚悟するほどじゃないけど…ああでも長期間束縛される覚悟は必要かもね」
時間ではなく"期間"、というのが怖いところである。
「まあ、大丈夫。ほら、ノックしてごらん」
なにが大丈夫なんだ、とツッコみたい心を抑えて恐る恐る、ドアをノックする。木製の可愛らしいドアは叩くと、柔らかで温かな木の音がした。
「はい、どうぞ」
中からは、左京の声がした。…当然か。
「失礼、します…」
───とても、落ち着いた部屋であった。
ベージュのカーペットに、木目調の壁紙。本棚になっている白いカラーボックスに、黒い木の机。
ナチュラルテイストにまとめあげられた部屋を明るく照らしているのは、穏やかなオレンジ色の光を放つランタン。
全体が、大人の余裕を感じる空気感を纏っていた。
部屋に入って右側は右京のスペースなのか、可愛い虎や兎、熊のぬいぐるみに、淡い色のカラーボックス、本棚には…小説や漫画に混ざって絵本も並んでいた。
こちらは、子ども心を前面に押し出したスタイルか。
一室にこれだけのギャップが詰まっているのに、長時間滞在しても不思議とあまり疲れなさそうな感じがして、響月は少し驚いた。
「いらっしゃい。頑張って片付けたから、幾分か過ごしやすくなったと思うんだが、どうだろう?気になる場所はあるかな?」
この場合の気になる場所、というのはきっと『嫌に思う部分』を指すのだろうか?
ええっと、だとしたら。響月は答える。
「いえ…すごく、綺麗な部屋ですね…」
臆病な響月は、曖昧にしか返せなかった。
ただ、嫌じゃない、これだけは確か。
伝われ、そのことだけでも、とりあえず…!
「ふふ、そうかい。ならよかった。じゃあ早速講義を開始しようか」
彼の気持ちはなんとか伝わったようで、左京は3人を机へ誘導し座らせ、なにやら紙を配り始める。
「失礼、左京さん?あの、これ…我々にも必要でしょうか?」
どうも、今日の講義のプリントのようだ。
「そうだよ左京。私たち、自分がなんなのかとか全部知ってるし」
「折角刷ったんだから、貰ってくれ。雅史くんは裏に落書きしてもいいから」
「先生の前ではさすがにちょっとそれは」
響月は俺でも流石にそれはできない。と思いながらプリントを見つめる。
「まあとりあえず、はじめるよ。いいかい?」
「はーい、お願いしまーす。センセ!」
右京が手を挙げて元気に答えると、左京は持っていたボールペンをなにやら伸ばす。ポインターになっているらしい。
うん、すごく先生っぽい。
「よろしい。ではきりーつ!」
「何故そこまで本格的に!?」
「左京、形から入りたいタイプだから付き合ってあげて。はい、きりーつ!」
とりあえず立ち上がる3人。
「礼ッ!」
「「お願いしまーす!」」
「はい、着席」
着席する3人。その様は、かなり学校。
さて、ここから、どんな一日がはじまるのだろうか?
"長門刑務所"のウワサと、あまりに穏やかな室内の差に怯えつつ、響月の長い一日が、幕を開けたのであった。