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乙女たるもの恋されろ!  作者: わかくさ
1章 混迷のバースデーパーティ
9/21

9話 --- クマのプレゼント

『上野初実様 

突然のことで失礼致します。

放課後に少しお時間をいただけませんでしょうか』





ウイ~!おっはよっ」


携帯を何度も見返して溜息を吐いていると、そんな憂鬱を吹っ飛ばすような明るい声でユキちゃんが駆け寄ってきた。

「ごっめーん。おやつ買ってたら遅くなっちゃったっ!」

そういって大きく手を振るユキちゃんの隣りにはクラスメイトの銀谷くんがならんでいた。

「今日、銀ちゃんも一緒でいい?」

「うん?そっか。今日はサッカー部、朝はお休みなんだっけ」

ユキちゃんが「期待の選手兼マネージャー候補」と評していた銀谷くんは、何故かちょっと緊張した様子で挨拶をしてきた。

「う、上野さん、おはよう」

銀谷くんはわたしをじっと見てくる。人懐っこい雰囲気でサッカー部でもいじられ役として可愛がられているひとだ。全然悪意がないことは分かっているのに、それでもなんだかひとに視線を向けられるのがこわい。そんなわたしの思いを感じ取ったのか、ユキちゃんが不安を払拭するように力強く言った。

「ああ、大丈夫だから。銀ちゃんも初の味方だから。ね!」


今朝、学校に行くのがちょっと本気で嫌だなと思っていた。


パーティー会場で晒し者にされて「非モテ」だの「ありえないジョーク」だと笑われたことはつらかったし、客室で高大から意味の分からない仕打ちを受けたことは思い出してもはずかしいし。それに夜になって届いた見知らぬアドレスからのメールにも気持ちが重くなった。消化しきれない昨日一日の出来事が胸の中で渦巻いてこのままズル休みしてしまおうか。本気でそんなことを考えていると、まるでそれを見越したように普段はうちから三駅先で乗り合わせるユキちゃんが「今日はなんだか早く起きちゃったから」といってうちの最寄り駅のコンビニまでわざわざ迎えに来てくれた。


「味方?」

「うん、だから心配しないでね!ね、銀ちゃん」

黙ったままの銀谷くんの横っ腹を、ユキちゃんが肘で無遠慮にどついた。

「いってっ……あ、その。き、基本サッカー部はさ、みんな上野さんの味方だと思うから……」

「ちょっと。何頼りないこと言ってんのよっ」

「……いたいってばユキ!あ、だから上野さん、大丈夫だからね。それと上野さん、昨日誕生日だったんだってね」

「うん」

「あの、お、おめでとう」

「ありがとう?」


しばらく無言でいると、銀谷くんは再びどつかれた。


「いってっ……あ、えっとさ、昨日、高大のパーティで、上野さんドレス着てなかった?」

銀谷くんがそんなことを知っていることに驚いて、じっと顔を見てしまう。サッカー部の新入生の中でもずば抜けて背が高いから、わたしが見上げると顔を覗き込むような姿勢になってしまう。

「み、みど、緑色の。お、俺さ、ちょうど帰るところで、エントランスから出てきた上野さん見かけてさ」

なぜかますますどもりながら銀谷くんは早口で続けた。

「上野さんってちっちゃくて、正直俺ん中だとあんまそういうイメージなかったけどさ、なんか、その。おとなっぽい格好、意外と似合うんだなぁって思ってさ」

そういっていかにも素直そうな気質の銀谷くんは照れたように頭をかく。

「……ちょっと初。ぽかんとしてないでなんとか言ったらどうなの」

「あ、ありがとう?」

「なんでそこで疑問系になるかな」

じれったそうに言ったあと、ユキちゃんは急ににやっと笑って言い出した。

「まあそんなわけで、銀ちゃんってば、昨日初のことちょっといいなぁって思ったみたいなのよね」

「お、おいっユキ!」

ぎょっとした顔の銀谷くんはあわててユキちゃんの口を塞ごうとする

「ちょ、何すんのよ、銀ちゃんってば。でも大丈夫だからね。初にはもう素敵なカレがいるって伝えてあるし……」

「おおおま、おまえ何余計なこと言ってんだよっ」

「やだっやめてよね、そんな怒ることないじゃない」

「待てこらユキ!」


面白がってきゃっきゃ言いながら逃げるユキちゃんと追いかける銀谷くん。サッカー部はとっても結束が強いって聞いてるけど、たしかに仲良さそうだなぁ。じゃれる二人をぼんやり眺めていたから突然真横から「おはよう上野さん」と声を掛けられて飛び上がりそうになった。


「ぅあ、あいざわくん」


本気で心臓止まるかと思った。気配殺しすぎ。忍者かよ。その相澤くんは、今日も今日とてにこにこ笑みを浮かべている。けれどなんだろう、この不穏な空気は。相澤くんはわたしの横に並びながらも視線は前方でじゃれているユキちゃんたちに固定されている。

「たのしそうだねぇ」

穏やかな口調なのに、なんで相澤くんの言葉は底冷えするような寒気を感じるのだろう。なんだかとっても銀谷くんの生命の危機を感じさせるような。

「さ、サササッカー部は連帯意識が強いみたいで」

返す言葉も思わず震える。

「へぇ。そっか。いいねぇそれ」

にこにこにこ。天使みたいに笑いながら「……目障りなことこの上ないな」とぼそりと呟いた低い声がたしかに聞こえたような。昨日までは『地獄の相澤』という二つ名がとてもおおげさなものに思えていたけれど、このきれいな少女めいた美貌の内側にこの上なく物騒な何かを秘めていることを悟った今は、この人がほんとうに地獄の使者にしか見えなくなる。それでも相澤くんは変わらずにこにこ。銀谷くんこの人の視線で射殺されてしまうんじゃないだろうかとはらはらしながら相澤くんとユキちゃんたちを交互に見比べていると。

「そうだ。上野さんもいっしょにじゃれて来たら?」

無茶な提案をされる。つまりにわたしに銀谷くんを追っ払え、ということだろうか。

「あの、えっと、その銀谷くんとユキちゃんってべつにその。中学一緒だっただけでその」

「知ってるよ」

さも当然とばかりに答える。

「……あーあ、さっさと消えてくれないかなぁ?」

さっきより笑みが増したように見えるのがますます怖い相澤くんとちょっと距離を取ろうとしたところで、三年生の緑章をつけたひとが小走りに寄ってきた。


「相澤さん」

「------遅いな」

「申し訳ありません」

「じゃあ頼んだから」


三年生は「はい」と返事をしてきれいな姿勢で相澤くんに一礼すると、前方に駆け出していった。日本ではとっくに廃れたはずの封建制度を忠実に再現するかのような主人と下僕の光景だ。

「さて」

思わずぽかんと使い走りにさせられた上級生の背中を見送っていると、相澤くんが安堵したように口を開いた。


「昨日はお疲れ様」

「……それって嫌味ですか」

「いや?違うけど。でも上野さん、来てくれてよかった。学校来ないんじゃないかと心配してたんだ」

「……来なくなるようなことをしたっていう自覚はあるってことですか」


一対一という状況のせいか、なぜか敬語になってしまう。相澤くんは意味ありげに笑った。


「まあね、俺じゃなくて広海が」

その名を聞いて無意識に口元を手で押さえていた。昨日のことを思い出して背中にじんわり汗が浮く。

「学校に来たってことはそれほどひどいめには遭ってないって考えていいのかな?」

ちらりと伺うような視線を向けられる。されたのは、キス、だけだ。たかがそれだけと言われてしまえばそれだけのこと。でもアクシデントだったとはいえ、倒れて、ベッドの上でもつれて。

「……広海はしくじったみたいな顔してたけど……指一本触れなかったってわけでもないのか。なら上出来な方か」

黙りこくるわたしを見て小さな声で呟いたあと。

「ひとつだけ俺に謝らせて。君の携帯電話、広海に渡したの俺なんだ」

意外なことに、相沢くんはわたしに頭を下げてきた。





「イサが…和泉がフロントに預けておいて、それを回収して広海に渡したのが俺。君と会ったとき、実は君の携帯はまだ俺が持っていたんだ。……まさか客室に置いてあるっていうお粗末な嘘を信じてまんまと君をあの部屋に行かせることが出来るなんて思ってなかったから拍子抜けしたな」

「……まんまと行くような馬鹿ですみませんね」

自虐も込めてチクリと言ってやると、

「そこが君のいいところでもあるんじゃないの?」

そういって相澤くんは黙っていればひたすらかわいらしいだけの顔に笑みを浮かべた。

「そんなわけだからさ、その件に関しては広海は悪くない。ジュニアスイートに君を招待するために君を謀ったのはあくまで俺だから。だから広海との間に何があったかまでは訊かないけど、あまり広海を悪く思わないでやってよ」

「あ、相澤くんたちは。いつもあんな、あんなことしてるの?」

「あんなことって?」

「だからその」

うまく言葉にすることは出来なかった。結局昨日の出来事はいったいなんだったのか、今でもよく分からないままなのだ。

「君が本当に訊きたいことはそんなことじゃないんでしょ?これだけははっきり言えることだけど。広海も俺も……まあバカトは馬鹿だからどうだったか分からないけれど、俺たちは悪意を持って君を陥れようとするつもりなんてなかったんだ。結果的に君に不信感を受け付けるような結果になったことは反省しているよ」


「初~!!」


銀谷くんがともだちらしい男子たちの集団と合流して、ユキちゃんがひとりこちらに駆け戻ってくる。

「……君は広海がしたことの真意が知りたいんじゃないのか?だったらそれは本人に聞くべきことだよ」

相澤くんはまばたきもせずに前を見つめたまま言う。その目がきらきらと輝きだしたのは、朝日を浴びているからだけではないのだろう。

「文句があるならそれも煮え切らない広海に言ってやって。たとえ文句だったとしても君に口を利いてもらえるならあいつは喜ぶだろうし」

それじゃ、と言い残して相澤くんは前方を見つめたままこの場を離れていった。ユキちゃんとすれ違いざま、相澤くんが浮かべている笑みが少しだけほんとうに笑っているように見えた。






「ねえ今の相澤真澄くんよね?初実ったらいつの間に仲良くなったの?」


どうにも答えられずにいると、ユキちゃんらしくそれ以上は何も聞かず、去っていく背中をうっとりみて呟いた。

「あのひと、相変わらずお人形さんみたいよね。メイクなしであの顔って、うらやましいー!……ってそうじゃなかった!初、何か相澤くんに言われてなかった?!」

相澤くんと高大が仲がいいことは周知のこと。ユキちゃんは不安げに顔を曇らせた。

「まさか高大くん、学校でも仲間ぐるみで初のことからかうつもりじゃないでしょうね」

わたし以上に怒ってわたし以上に警戒してくるユキちゃんをなんとか宥めると、ユキちゃんは急に思い出したようにかばんの中からピンク色の包みを取り出した。


「初、昨日は言いそびれちゃったし渡しそびれちゃったけど」

その包みを差し出しながら、

「お誕生日おめでとう。本当はね、昨日会場で会ったとき渡しちゃおうと思ったんだけど……」

「昨日はいろいろあったからユキちゃんにも心配掛けちゃったよね、ごめんごめん」

「ううん、わたしの方こそ」

痛ましそうな顔するユキちゃんに、ぎゅうっと抱きしめられる。

「……すぐに傍に行ってあげられなくてごめんね。まさか高大くんがあんなひどいことするなんて思わなくて」

「もういいの、その話は」

「だよね、嫌なこと蒸し返してごめん。でもこれだけ聞いて。さすがにあんな笑い取るみたいなの、初に対してあんまりだから、わたし高大くんに一言言ってやろうと思ったんだよね。でもさ部長さんに先越されちゃったんだよ、実は」

「部長?」

「ほらハーフの、花村先輩。初が会場出て行ってそのあとビンゴゲームが始まったときにさ、急につかつか高大くんのとこまで歩いてきたと思ったら。あの人何したと思う?」

「な、なに?」

「平手でビンタ。強烈なヤツを高大くんにお見舞いしたのよ」


常々『高大広海くんのお嫁さんを目指す』と公言していて、昨日も張り切っていた部長が?


「あの王子様が公衆の面前でよ?部長さんの綺麗な付け爪が剥がれて一緒にふっ飛んで行っちゃうくらいの勢いでビンタ。すごい迫力だった」


あの蚯蚓腫れの正体はこれだったのか。


「うちのキャプテンたちはさ『花村、自分が選ばれなかったことがよっぽど業腹だったんだろな』っとか『恥かかされた仕返しだな』みたいに言ってたけど、わたしはそうじゃないってすぐ分かったよ。会場を走って出て行った花村先輩、泣いてたもん」

「な、ないて……?」

実は乙女なのに、普段はとっても気丈なあのエリナ部長が?

「初の仇を取ってくれたんだよ。先輩、初のこと可愛がってたもんね、初が傷つけられたの、わたしと同じくらい先輩も許せなかったんだよ。すっとしたけど、ちょっと悔しかったな、先越されちゃって。でも昨日のことで初のことからかってくるやつがいたら、わたしが張っ倒してやるから!初のこと守ってあげるから大丈夫だよ」

「ユキちゃんっ」


またぎゅっと抱きしめられる。登校中のひとたちに振り返って変な目で見られるけど。もしかしたら相澤くんに視線で射殺されるかもしれないけど。かまわなかった。


「わたしユキちゃんだいすきだよっ」

「はいはい、わたしだって大好きだってば。その大好きな初にプレゼントです!」


ピンクの包みの中は、たくさんの『あるクマ』だった。


「初のために先月からこつこつクレーンゲームで集めてたの。これはうちのキャプテン、こっちのサムライバージョンは銀ちゃんでしょ、リボンついてるのはうちの司令塔の稲築先輩、あとね激レアのキメ顔バージョンはGKの田崎先輩が取ってくれたの。ほかにもあるよ」


感激で言葉にならなかった。


「初にはさ、家庭科部からのおいしい差し入れでいつもお世話になってるから、初の誕生日に『あるクマ』集めてるって言ったら部内のみんなが協力するよ!って言ってくれたの。それでこんなにたくさんになったの」

「うわぁ……じゃあまた、リクエスト聞きに行くね!サッカー部さんにとびきりの差し入れでお礼するよ!」

「みんな喜ぶよ」

「とりあえず、来週の水曜日、部活とは別にお礼しに行くから、何がいいか訊いておいてもらえる?」

下駄箱で上履きに履き替えようかとしたところで、中に押し込まれていたものを見て言葉を飲み込んだ。

「もちろん!ってどうしたの?……あれ、初それ」

わたしの下駄箱に無理やり突っ込まれていたのは、わたしのだいすきなパディントン。

「やだ、なにこれ……もしかして初への誕生日プレゼント?!」

まるでプレゼントを貰ったのが自分であるかのように、ユキちゃんがはしゃいだ声を出す。

「ラブレターとか一緒に入ってないの?えー誰からだろ。初がクマに弱いこと知ってるなんてなかなかの手合いだわっ。でももう初にはカレシいるから残念だけど受け取ってあげられないねっ」

はしゃいだ声を出していたユキちゃんが、わたしの背後を見て「あ」と声をあげた。


「あっ……御園生ミソノ先輩!」


神妙な顔でわたしたちの様子を見ていたのは、昨晩結局連絡が取れずじまいのわたしの幼馴染だった。



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