ラブコメとは未完成のままである。
昼休みの平穏、崩壊!!
迫る採寸!!
近すぎる距離感!!
そして乱入者、現る!!!
今回、ラブコメとは未完成のままである。
「ねぇ、これ。本当にいいの?」
すでに卵焼きを口に運んでいる羽波さんに俺は固唾を飲む。
「うん!美味しいわね。卵焼きってそのご家庭の味がでるわよねえ。」
うんうんと頷き、もう一つの卵焼きを箸で掴む。
「喜んでもらえたならよかった。」
屋上の日陰ですら、もう暑い季節だ。
肌にまとわりつくシャツを軽く引っ張り、空を仰ぐ。
……あぁ、今日も素晴らしく青空だ。
「あ、これも貰うわね、うん。美味しい。」
羽波さんは、次々に俺のお弁当の中身を口に運んでいく。
これは、早く食べないとやばい。
「あ、それ私が今食べようと思ってたのに!」
少し怒った顔で、羽波さんは次の唐揚げに箸を伸ばす。
その前に俺が掴んだ。
「うまい!うん、美味しいね。」
そう言うと、
「はぁ、確かに美味しいわよ。でもその清々しいまでの笑顔は、少しむかつくわね。」
羽波さんに冷たいおしぼりを腕へくっつけられ、
「ひゃっ!」
と我ながら情けない声を出す。
「ひゃっ!ですってふふっ」
手で口を隠し笑う羽波さんを眺める。
……自分のお弁当の中身全然減ってねぇじゃん。
「ねぇ、その傷どうしたの?」
心配そうに尋ねる羽波さんの視線の先に目を落とす。
「あぁ、沙織、妹と作ったんだ。このお弁当。
俺料理苦手だからさ、こんなになっちゃった。」
少し、口の端を持ち上げてみる。
……ちゃんと笑えているのかは分からない。
「あら、私のために?」
そう微笑む彼女から、俺はなぜか目を逸らしてしまった。
「自分のお弁当食べなよ……。」
俺はそっぽを向く。
屋上には、羽波さんの笑い声が響いた。
昼休みの予鈴を聴き、ひとり廊下を歩きながら不可解な点を考える。
今日は例の紙が机に入っていなかったのだ。
連絡先を交換したからだろうか?
……それとも単に寝坊?
いや、羽波さんに限って言えばその可能性はとても低いだろう。
ぼやぼやと考えながら、席につき教科書を取り出す。
すると小さな紙が床に落ちた。
ハッとし光の速さで回収する。
トイレに行く時間はないので、この場で開く。
『私の好きなおかず、なーんだ?
正解は、ミニグラタンよ。』
この紙は、昼休みに入れられたものだと気づく。
……ミニグラタン。情報おせぇよ。
そう思いつつ、くだらない紙がまた増えたとため息をつき、
いつものように生徒手帳に挟んだ。
頬杖をつき、こちらを見つめる羽波さんを視界の端で捉える。
おそらく窓の外を見ているのだろう。……そうに違いない。
断じてこんなモブを主要キャラが見つめているわけがない。
気が散る。授業に集中しよう。自分に言い聞かせる。
「今日の活動は、衣装作りのために採寸をしようか。」
張り切った御剣に畠中は、
「俺まだ猫役。納得いってないんだけど。」
そう無表情に言う。
……往生際が悪いぞ畠中。
俺なんて女装だぞ。
「もう決定した事なのだから、意見は受け付けないわよ。」
ピシャリと言い放つ羽波に、畠中は舌打ちをする。
「僕は、もうなんかどうでも良くなりましたよ。
無の境地ってやつですかね。ははははは。」
この目の焦点の合っていないヤンキーを、ひとまずはどうにかした方がいいんじゃないのか。
「じゃあ一人ずつ始めるわよ。畠中くんから順に並んでちょうだい。」
羽波さんが列を作り、採寸をしていく。
最後は俺の番だ。
「山田くん。ウエストすごく細いのね。やっぱりもっと食べた方がいいわよ」
真顔で言う長いまつ毛の羽波さんに、
「ミニグラタンとか?」
そう何気なく呟いた。
「えぇ、そうね。ミニグラタンとか。」
微笑んだ彼女の目は全く笑っていなかった。
……こわぁ。
「じゃあ最後、頭の周りを測るわね。」
羽波さんは少し踵を浮かせ、俺の頭にメジャーを当てる。
これ結構近いな……。
不快な思いをさせないように善処しようと、少し顔を横に向ける。
すると強すぎる力で元に戻された。
「測りにくいから、動かないでちょうだい。」
「あぁ、ごめん。」
なんとなく気まずいな。羽波さんは嫌じゃないのだろうか。
パァン!!!
刹那、後方の扉が勢いよく開いた。
「わぁっ!」
バランスを崩した羽波さんが、俺にぽてっと覆い被さるように倒れる。
「やっほー!演劇部!今日もやってるぅ?」
あまりにもでかい声でそう叫ぶ。
状況の整理がつかず、羽波さんの肩に触れていいものか迷っていると。
「え、これどういう状況……?」
今度はあまりにも小さい声で呟く。
「羽波さん。大丈夫?」
羽波さんの様子を伺い、立ち上がるのを待つ。
「えぇ、ごめんなさい。」
目を合わせない羽波さんを見て
……俺臭かったりしなかったかな。
そう思い、元凶に目を移す。
御剣が吹き出し腹を抱える。目の端を指で拭いながら、
「ナイスタイミングだよ、素晴らしいね。本当に。
はい、書類でしょ矢藤さん。お疲れ様。」
御剣が書類を渡すと、
「相変わらずイケメンだねぇ〜。あれ?もしかして、これ私のせいな感じ?ごめんね?京子ちゃん、山田っち。急いでるから、じゃあ!」
そう手をひらひらさせ、ウインクをして去っていった。
と思ったらバタバタと足音がし、扉からひょいと顔を覗かせた。
「涼くん、ばいばい!」
そう畠中に満面の笑みで言い残し、今度こそ帰っていった。
……嵐のような人だ。
矢藤冬華−−生徒会役員であり、学園の美少女と呼ばれるもっぱら噂の有名人だ。
「ふふっ。久しぶりに顔を見たわね。」
羽波さんが吹き出す姿に俺は安心する。
「あぁ、そうだね。」
そう答え、採寸を終わらせた。
下校時間になり、廊下を歩く。
「そういえば、あの紙の当初の目標を私、完全に忘れていたの」
そう真剣な面持ちで羽波さんはぐいと近寄ってくる。
「というと?」
「それはズバリ!山田くんを笑わせることよ!」
こんなに真剣に言うことではなさすぎて、思わず吹き出してしまう。
「そう、それよ!明日も笑わせてあげるね?」
まだ明るい夕陽に照らされた羽波さんの後ろには、天使の羽の形をした雲があった。
……神まで味方なのかよ。
冬華元気ですねぇ。




