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魔女の末裔、怪盗となり月夜に舞う  作者: ぽよみ30号
許すまじ偽怪盗

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月城輪生の「仕事」





「げっ……あんた、毎朝来るじゃん。部活の時間まで待てないの?」


「はい!僕の朝はスイ先輩に挨拶することから始まるんです!」


彼の名は月城輪生。玲香と彗が所属する剣道部の一年生だ。


「よく一年が二年の教室まで入ってくるねぇ」


彗がそう言いながら腕を上にあげて伸びをすると、輪生は「はい!」と答えた。


「スイ先輩に会うためならたとえ火の中、水の中です!」


輪生は彗に以前部活で惨敗してから彼女に懐き、毎朝こうして彗に会いに来ていた。


一方彗はそんな輪生を煩わしく思いつつも、後輩に慕われるのは初めてなので、怒ったり冷たくしたりはしていなかった。


「……ほら、もうチャイム鳴るよ。また部活で遊んであげるから。早く自分の教室に帰りな。しっしっ」


「はい!スイ先輩のご命令とあれば!」


彗が手で追いやるような仕草をすると、輪生は笑顔を浮かべながら2年A組の教室から飛び出して行った。


「…………」


その様子を、玲香はニヤニヤと笑みを浮かべながら見ていた。


「なに?なんで笑ってんの?」


「いや〜別にぃ〜?ただ、スイ先輩はモテモテだな〜、と思って〜?」


そう言う玲香の口角は高く上がっており、ニヤニヤと彗にとっては嫌な笑みを浮かべている。


「は、はあ?べつにそういうんじゃなくて……輪生と私は、ペットの犬と飼い主みたいなものというか……」


「へえ〜、男のことを犬だと思ってるんだ〜?さっすが、剣道最強美少女は言うことが違いますね〜?」


「は、はあ!?ちょっと、マジでやめてよ!」


「ま、いいですよ私は。スイが誰と付き合っても。たまに体だけ貸してもらえれば」


「ちょ、あんたの言い方が一番最低だからね!?」


玲香は定期的に手作りのWitch Phantomの衣装を彗に着せようとする趣味があり、今でも隙あらば自室に彼女を連れ込もうとしていた。


「まあいいよ。私にはWitch Phantom様がいるもん。偽物については私の方でバッチリ調べておくから、あなたは可愛いペットの輪生くんと遊んでれば〜?」


「ちょ、マジで違うから!玲香!」


彗が立ち上がったところで予鈴が鳴り、誤解を解く機会が失われたままホームルームが始まってしまった。




─────────────────


「ありがとうございました!礼!」


主将の玲香の掛け声と共に、その日の部活動は終了した。


「スイ先輩!今日もありがとうございました!」


輪生は今日も激しく稽古を付けてくれた彗に丁寧に礼を言いにいった後、慌てて道場から出て行った。


「あれ?いつもは30分ぐらいスイの周りを跳び回りながらキャンキャン言ってるのにね、彼。どうしたのかな?」


「さあ、私は知らないけど」


彗が玲香に冷たくそう言うと、玲香はニヤニヤと笑いながら続ける。


「ジャーキーあげ忘れた?」


「だから、別に犬じゃないから!」


「散歩が足りないんじゃない?」


「もういいよ!」



───────────────



輪生は急ぎ、帰り道を走っていた。


今夜は「仕事」の日だ。


急いで電車に乗って、実家に戻らなければいけない。


本来は仕事の日は部活に行かずにまっすぐ帰るという約束だったのに、どうしてもスイ先輩と稽古がしたくて部活に参加してしまった。


(だって、朝にスイ先輩に『部活で遊んであげる』って言われたから……!)


輪生は転がり込むように電車に乗り込んだ。


(よし、これなら『お母さま』との約束の時間に間に合うぞ……!)


輪生は一安心した。

そして彼はバッグからイヤホンを取り出して耳に付け、それをスマートフォンと接続し、一つの録音データを再生した。

データ名は「sui senpai voice No.231」だ。


『また部活で遊んであげるから』


それは、愛しのスイ先輩の声を録音した音声。輪生は何度も再生ボタンを押した。


『また部活で遊んであげるから』

『また部活で遊んであげるから』

『また部活で遊んであげるから』


輪生は目を瞑り、大好きなひとの声を何度も何度も堪能した。

耳と脳が溶けるまでこの声を聴いていたい。

そう思いながら耳を澄ませていた。


そう。

こう言われてしまっては、今日の部活はなんとしてでも参加するしかなかったのだ。


輪生はスマートフォンを操作し、別の音声を再生した。

彼がここまで集めた、お気に入りの音声リストだ。


『あー、つきしろくん……だっけ?わたしお腹すいたからさ。そこのコンビニでパン三つ買ってきてよ。あ、自分が好きなの一個買っていいからね』


これは初めてスイ先輩の方から僕に話しかけてくれたとき。

まさか初めて自分から話しかけるときの会話内容がパシリだなんて、スイ先輩はぶっ飛んでいてすごいや。


『ねえ、「輪生」って呼んでいい?そっちのが呼びやすいからさ』


これは名前で呼んでくれるようになった日。

「もちろんです」って返事が涙声になっていないか心配だったっけ。


『ごめん、今日数学の宿題忘れてさぁ。玲香が写させてくんなくて困ってるんだよね。輪生やっといてよ』


まさか後輩に自分の宿題をやらせるなんて、スイ先輩はやっぱり大物だった。

二年生の数学の内容はさっぱり分からなくて大変だったけど、なんとかやり切ったなぁ。


輪生がお気に入りの音声たちを聴いていると時間は一瞬で流れ、電車は彼の実家の最寄駅に停まった。


(やば、急がないと……)


彼は慌てて電車を降り、実家まで走った。


彼の実家は山あいにあり、「月輪教がちりんきょう総本山」と掲げられた看板が立っている。


彼の実家は「家」というよりも、大きな和風の宗教施設であった。


また数年前からこの建物の裏にある山の上に高い塔の建設が進められており、近々完成するらしい。


その塔は「月輪の塔」と言って、月輪教の象徴となる塔になる予定だ。


「お母さま、ただいま帰りました!」


「遅い!輪生!」


そう言って輪生を出迎えた初老の女性は、和服を美しく着こなす美人で、頭の上で結い上げた髪が目立っている。


「ごめんなさい!」


輪生は素直に「お母さま」に謝り、急いで建物の中に入り、彼女と共に廊下を歩いた。


「今日は『仕事』って言ったでしょう?」


「はい……ごめんなさい。すぐ支度します……」


輪生は廊下から襖を開けて慌てて部屋に入り、着替えた。


彼が身につけるのは闇夜に紛れる忍装束。

古来の忍者のような格好で、動きやすいこの格好が輪生は好きだった。


「全く……こんな日に遅刻するなんて!」


「はい、申し訳ありません……」


輪生は、彼女に申し訳なく思った。


この「お母さま」と呼んでいる女性は、彼の母親ではない。


彼の本当の両親は、輪生の誕生と共にこの「月輪教」を立ち上げて宗教活動に熱心に取り組んでいる宗教家だった。


「月輪教」の名前は、「『月』城『輪』生」から取って名付けられたのだ。


「月輪のように心を丸く」という教義を中心として展開されたこの宗教は、彼の両親の手で小規模に活動を続けられていた。


しかし輪生が7歳のとき──両親は何者かに殺され、亡くなった。


身寄りがいなくなり……かつ失意の淵にいた輪生を引き取ったのが、輪生の両親の跡を継いで教祖となった「春華さま」だ。


「春華さま」の宗教家としての手腕は凄まじかった。


なにしろ彼女が口にしたことは全て、聞いた人間にとっては「真実」に感じられるのだ。

これほど宗教家に向いている力はないだろう。


その結果、月輪教は両親がやっていたときからは考えられないほどに大きくなった。


(春華さまは……僕の大恩人だ。絶対にこの恩を返さないと!)


「じゃあ輪生、いくわよ」


「はい。お母さま」


春華が手に持っているものは二つ。


一つは、ダイヤモンドのような綺麗な石。

もう一つは、小さな鏡と刀と勾玉が入った箱。


春華が目を瞑るとダイヤモンドのような綺麗な石が黒緑色に光った。


『あなたが「仕事」で殺した人は、月輪の極楽に送られる』


春華の言葉は、彼の心に「真実」として染み込んでいく。


春華が言った言葉は、月輪教の教義にあるものだ。

月輪教を信じ死んだ者と、月輪教の発展のために亡くなった者は、この世で最も幸福な場所である「月輪の極楽」へと送られるのだ。


だから輪生が「仕事」で誰を殺したとしても、殺された人間は不幸ではない。


──月輪の極楽へと送られるのだから。


そして春華がもう一度目を瞑ると彼女が持つ箱の中に入っている、小さな鏡が黒緑色に光った。


その鏡から放たれた黒緑色の光はたちまち輪生を包み、彼の姿を変えた。


──変身した彼の姿は月光色のカクテルドレスに身を包み、夜空色のマントを背に付けていた。


そして、宝石が散りばめられたマスカレードマスクで顔を隠している。


「気をつけるのよ」


春華がそう言って「箱」を渡すと、彼は「はい」と言って受け取った。


彼が念ずると、その箱の中にあった刀が黒緑色に光り、彼の身体能力を大きく上昇させた。


「では、行ってきます」


輪生はそう言って、夜の闇の中へと走り出した。


輪生は春華から常々、「組織を大きくすれば情報が集まりやすくなる。両親を殺した犯人がわかるかもしれない」と聞いていた。


だから輪生は、月輪教を大きくするための「仕事」に必死に取り組んでいる。


自分がこの仕事を頑張れば、いつか犯人を見つけられる──


(今夜も頑張るぞ!)


──そう、信じて。




今夜は、博物館から宝石を盗み出す予定だ。


宝石を盗み出すのは簡単なことだろう。


何故ならお母さまが持たせてくれるこの「箱」があれば、お母さまには及ばないものの少しの魔法が使えるからだ。


これまでもこの箱と、幼い頃から鍛え上げた体を活かして、月輪教に反対する政治家や要人を何人も葬ってきた。


彼らも今頃は「月輪の極楽」で楽しく暮らしていることだろう。


鍛え上げた肉体と技、そして魔法が使えるこの箱さえあれば、今夜も宝石を盗むなんてことは造作もないことだ。


──その途中で、何人かは極楽へと送るかもしれないが。


☽ あとがき ☾


月城輪生の正体は恐ろしい殺人者でした。


しかし彼は「悪人」と言えるでしょうか?


彼は他の子と同じように高校に行き、他の子と同じように人を愛し、他の子と同じように親の言うことを聞いているのです。


彼が他の子と唯一違ったのは、その「親」が春華という悪人であったということだけ。


たったそれだけで彼の人格は他の子とは比べ物にならないほどに歪み、ずれてしまっていました。


春華の使う魔法は「洗脳」ですが、世界で最も恐ろしい洗脳には……名前が付いています。


──それは、「教育」と呼ばれていますね。


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