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魔女の末裔、怪盗となり月夜に舞う  作者: ぽよみ30号
閑話休題2〜使いこなせ闇の魔法〜

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闇夜の追跡者

『ちゃんとけたか?』


「当然!」


ルミナス・ジェム美術館の裏庭で、彗は自信満々といった返事を宵に返した。


博物館の裏庭には多くの木が植えられている森のようになっており、警官たちを撒いたあとに一度身を隠すにはうってつけの場所であった。


先ほどの彗は7体の分身を作り出し、同時に八方向に逃げることで警官たちを分散させた。


もちろん本物である自分を追って来た警官もいたが、外に出るまでの間にいくつかに分岐していた通路でさらに分身を作り、分散させた。


最後は自分自身を透明にし、「消えた」と思わせて終わり。


「我ながら完璧な逃走だったね」


彗は自慢げに鼻を鳴らした。


「でも、魔法いっぱい使ったからちょっと疲れちゃった」


『ああ、それなら合流は少し休んでからにしよう。透明になっていれば見つかる心配もないしな』


宵は「ふーむ……」と感心したような声を出した。


『しかし、新月刀の闇の魔法で空中を歩けるようになったのは大きいな。やれることの幅が大きく広がるぞ』


今回も計画は宵が考えたが、彗が「空中を歩ける」という魔法を会得したのは何よりも大きかった。


それはこれまでの計画に生じていたあらゆる縛りを取り払ってしまうような、革命的な成長と言えた。


「まあね。私ってば、天才だからね」


『………』


彗は自慢げに話しているが、宵はこの前妹が「刀からビュッて出すやつやりたかった」と泣いていたのを思い出した。


「Witch Phantom様……!ここにいらっしゃるのね……!?」


ガサガサと草木を揺らす音と共に、人の声が聞こえた。


『「!?」』


彗と宵は、驚愕した。


一人の人間が、姿を消している彗をここまで追ってきたからだ。


追手の姿は暗くて見えないが、言動から警官ではなくて怪盗のファンだと思われる。


しかしどちらにしろ、見つかるわけにはいかない。


『彗、絶対に声は出すなよ。完全に透明になっているんだ。見つかるはずがない』


「………!」


彗は無言のままマイクを一度叩き、息を潜めた。


声を出せないときはマイクを一度叩けば「YES」、二度叩けば「NO」の合図だ。

ちなみに三度叩けば「HELP」……つまり救援要請としてある。


(大丈夫、見えてないはず……だよね?)


満月鏡の魔法は絶対だ。自分の姿は見えないはず。そう信じて、この厄介な「ファン」がどこかに行くのを待つしかない。


「匂う……匂うわ……こっちね……」


「!?」


彗は驚愕した。

そのファンは確実に、少しずつ自分に近づいてくる。


暗くて姿はよく見えない。

しかしそのファンは必死に走ったのか、振り乱した長い髪が顔の前に来ていて妖怪のようになっている。


そんな状態の女性が少しずつ自分に近づいてくるのは恐怖でしかなかった。


「ミツ……ケタ……!」


「───!?!?!?」


彗は、その女性ファンが自分の目の前で立ち止まったことに驚愕した。

そして恐怖で少し泣いた。


『す、彗、仕方ない。この際蹴り飛ばしてでも逃げてくるしか──』


「Witch Phantom様ぁ!!」


宵がそう言い終わる前に、その女性ファンは彗の体に飛びついた。


「ひいいいいいいいいいいい!?!?」


彗は女性に飛びつかれ、腰に腕を回されて抱きつかれてしまった。


(やばっ……!!)


彗は抱きつかれてしまい完全にその場所に「いる」ことを知られてしまった。


彗は咄嗟に透明化を解除して、怪盗の衣装で姿を現した。


「はああああああ!?やっぱりいた!!Witch Phantom様あ!!」


女は抱きついた先に怪盗少女が現れたのを見て狂喜乱舞といった様子で涎を垂らしながら、抱きついたまま彼女の胸に頬擦りした。


(えっ……嘘……!?)


彗はそこでようやく気がついた。

自分を追って来た変態が、親友れいかだということに。


「私、あなたの気配と匂いを追って来たんです……親友が同じ匂いなんです!!100%あなたと同じ体で同じ匂いの親友がいて……だから追って来れたんです!」


『人間の嗅覚でそんなこと可能なのか!?あとそれ、もう正体がバレてるんじゃないのか?』


彗はイヤホンを二度叩いた。

玲香はここまでやっていても、「怪盗少女≠親友」という式は絶対に崩れない。


彼女にとって、そこが「=」になってしまうことだけは解釈が違うらしい。


「今夜こそ私を盗んでくださいますよね!?あなたですよ!?私にキスをして心を盗んだのは!!」


トントントン、トントントン、トントントン……


『…………』


彗は何度もイヤホンを三度叩いたが、宵は無視をした。

自分が助けに行ったところで、玲香をどうにかできるとは思わなかったからだ。


「さあ、今夜こそ私をあなたが住む宮殿に連れ帰ってください……」


玲香はピッタリと彗の胸に頬を押し付けたままそう言った。その表情は恍惚とした興奮に満ちている。


だが彗はそのリクエストに応えることはできない。何故なら怪盗が住んでいるのは宮殿ではなくボロアパートだからだ。


『……適当な話をして振り切ったらどうだ?「今はまだ早いからまた今度」とかさ』


(それだ!)


彗は兄のアイディアをすぐに採用した。

これ以上自分の服に玲香の涎が染み込んでいくことに耐えられなかった彗は、少しでも早く離れたかった。


「あー、玲香。聞いてくれる……?」


「え!?Witch Phantom様は私の名前をご存知なんですか!?」


『おい!バカ!』


彗のとんでもないミスに玲香は興奮し、宵は血の気が引き、彗本人はテンパって思考が止まった。


「なぜ私の名前を!?もしかして……」


そして怪盗兄妹の思考が追いつく前に、玲香の妄想は加速していく。


「私とあなたは、やはり運命の赤い鎖で首同士が巻き付いているんですね!?」


『普通は赤い糸とかが小指に巻き付いてるんじゃないのか!?なんか怖いなその子!!』


宵はツッコミを入れつつも頭を回転させた。

このまま放っておけば、玲香の大声で警官が来てしまうかもしれない。急がなければならない。


イヤホンからは「グズッ……うう……」と妹の声が聞こえる。

恐らく、匂いで追ってきた玲香が怖すぎて泣いているのだろう。


『彗、もうその設定に乗っかろう。「そうさ、君は私の運命の人。でも今はまだそのときじゃない。いつか迎えにいくから」とか言って、この場は振り切るんだ!』


トントン


『な……!』


マイクからは「NO」の合図。


(他に良い案が浮かんだのか?)


宵が思案していると、とても小さい声で妹の声が聞こえた。


「やだ……こんなの運命の人じゃないもん……迎えにもいきたくないし……」


『バカ!ワガママ言うな!実際には迎えに行かなくていいから!!』


「Witch Phantom様!?いま『運命の人』とおっしゃいました!?」


玲香の耳は自分にとって都合の良い言葉だけを拾い、興奮のボルテージを上げた。


彗はなんとか玲香の腕を掴んで振り解こうとするが、力が強すぎてできない。


普段剣道で打ち合ってる玲香の身体能力から考えると、信じられないほどの力であった。


「あなたの運命の人は他にいるから……私じゃなくて……ほら、私は女だし……きっと素敵な男性があなたの前に現れますよ……!!」


彗は玲香の腕を掴み、力を込めながら彼女の説得を始めた。


「多様性ですよ、多様性ィ……いいじゃないですか……好きになった人が女の人だっただけなんですゥ……!!」


多様性そのことば変態あんたの免罪符じゃないんだよおぉ……!!ふんぎいぃ……!!」


『うむ、今回のケースは性別は関係ない。片方の合意がないことが問題と言えるな』


どこか緊張感に欠ける解説をする兄を「帰ったらぶっ飛ばしてやる」と彗は心に誓い、玲香の腕を少しずつ振り解いた。


本気になれば、やはり彗の方が玲香よりも力は強かった。


パァン!!


『「!?」』


もう収拾がつかないこの状況を切り裂くように、破裂音のようなものがその場に響いた。


彗が周囲を警戒すると自分の正面の草木の隙間から、銃を持った警察官が現れるのが見えた。


警察官が持つ銃は、銃口から煙を出しており、その銃口は真っ直ぐこちらに向いている。


『なっ……警官に発砲されたのか!?これまでは一度もそんなことは……』


発砲はされたが、彗にも玲香にも弾は当たらなかった。


しかしその警察官は「次は外さない」と言わんばかりにしっかりと狙いを定めている。


「な、なんか様子がおかしいよ?あの人……」


彗が言う通り、その警察官は目の焦点が合っていないようにも見えた。


『ああ、それに民間人である玲香さんが前にいるのに発砲するのも変だ……』


「怪盗は、悪……殺さなければいけない……!」


警察官は焦点が合わない目で怪盗少女の方を見ながら、口の端から涎を垂らし、震える手で銃を持っている。


「わ、わたし、この人に殺されるほどのことしたのかな……?」


『バカ、軽口叩いてる場合か!早く逃げろ!』


彗は「そうだね」と言って玲香から離れようとした。

自分が離れさえすれば、少なくとも親友が狙われることはないだろう。


パァン!!


再び発砲音が響き、彗のすぐ隣に生えている木に弾丸が突き刺さった。


「動くなぁ!!そこから逃げたら……その女も、殺す!!早く……刀と、鏡を置いて……手を上げろ!!」


「ッ……!!」


彗は動くわけにはいかなくなった。

ここで親友を置いて逃げれば、彼女の命が危ない。


「…………」


怪盗少女と警察官は睨み合い、しばしの時が流れた──



☽ あとがき ☾


玲香が「Witch Phantom様」の追跡ができたのはなぜでしょうか?

もちろん匂いではありません。

宵が言う通り、人間の嗅覚ではそんなことは不可能です。


玲香が怪盗を追えた理由、それは怪盗によく似た親友がいるからです。

玲香が高校一年生のとき、彼女の友人は「飽きた」と言って勝手に教室を出ていき屋上で昼寝したり、学校の外に出て行ってしたりしまうような問題児でした。


彼女は休み時間になるとそんな「友人」を追いかけ、教室に戻し続けたのです。そして最後の方は「親友」がどこに逃げたかが経験的にわかるようになりました。


だから親友によく似た体を持つ「Witch Phantom様」がこの道ならどっちに曲がるか、この場所ならどこに隠れそうか。


──彼女は、何故か分かってしまうのです。


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