人間として
その後、周辺では徹底した山狩りが行われた。
裕翔が「狼と人間が混じった怪物を見た」と親に話すと、彼の親を含めた周りの大人たちは、その地域に古くから伝わる「獣もどき」と呼ぶ怪物だと考えた。
鳥峰家が暮らすその山には、昔から狼や鷹など、動物と人間が混じったような怪物──獣もどきが出る、という伝承があるのだ。
猟銃を持った大人たちが、何日もかけて山を捜索している間、陽奈は哀しい目でその様子を見ていた。
(私は……助けようとしただけなのに……)
悪意なんてなかった。
自分は、大好きな友達を助けるために走っただけだ。
それなのに、何故この大人たちは殺気立って「獣もどき」を──自分を探しているのだろうか。
「これが人間だ。陽奈」
大山が、娘の肩に手を置いた。
「自分たちと違うものを受け入れられず、力づくで排除しようとする。我々が力を正しく使おうとしても、心が汚い人間達はそれを受け入れられんのだ」
「…………」
「そして、奴らは『魔王』という存在に守られている。魔王よりも弱い我々は……こうして隠れて生きていくしかないのだ……」
父親の悔しそうな声を聞きながら、陽奈は猟銃を持って大声で人狼を探している人間たちを、乾いた目で見つめていた。
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(それでも、私は『人間として』生きようとした……)
あの事件が起きたあとも、陽奈は大山の言う通り魔族として生きようとは思わなかった。
あの事件の反省は、自分が簡単に異能を使おうとしたことと、医療的知識がなかったせいだと陽奈は考えた。
だから、必死に勉強してこの大学の看護学科へと入学した。
あの件を反省し、再び「人間として」生きようとした。
魔族として、魔王に怯え、そして人間を恨みながら生きるのは嫌だったからだ。
(でも……)
待っていたのは、人間の汚い心。
伊地目看護師やあの医者を見たとき、陽奈は昔の事件を思い出した。
自分が共に生きたいと思った──憧れた人間は、やはり汚い生き物だった。
それを思い出してしまった今日、陽奈は全てがどうでも良くなってしまった。
「やっぱり……『強さ』が全てなんだね、お父さん」
陽奈は、夜空に呟いた。
「魔王が強いから、私たちは虐げられていた。学生より強いから、看護師とあの医者は威張っていてた」
陽奈は人間も魔族も含めた、自分たちの習性に気が付いた。
「結局、ぜんぶ強者が得をする世界なんだ。それなら私は──」
陽奈は夜空を見上げ、牙の隙間からグルル……と息吹を漏らした。
「──この力を使って、強者になる」
パリィン!
何かが割れるような音がした。
「……?」
陽奈が屋上から見下ろすと、病院の窓が一枚割れている。
「え?泥棒?こんなときに……?」
陽奈は少し考えてから、「いや」と言葉を続ける。
「泥棒じゃなくて、『怪盗』かな……?」
この地域で異能を使って騒ぎを起こせば、『怪盗』が現れる。
裏切りの魔族、怪盗Witch Phantomを殺せ──
父はそう言って、自分にこの狼霊骨を渡した。
「いいよ。どんな魔族かは知らないけど、私が教えてあげる」
この世は力が全て──強い者が全てを得る世界であると。
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アオオオオオオオオーーーーーーン………
「なんだ?」
犬か何かの遠吠えのようなものを聞いた宵がそう言って周囲をキョロキョロと伺うと、同じく彗と玲香も周囲を見渡した。
しかしダイニングで夕飯を食べていた三人の周囲で、特に変化はなかった。
「今の声……あおーんって、狼?あれ?狼ってまだいるんだっけ?」
「いや、絶滅しているはずだ。それにいたとしてもこんな街中には出ないと思うが……」
彗と宵がそんな会話をしていると、玲香が窓の外を指差して「見て!」と言った。
「すごい数の鳥の大群と……え?なにあれ!?」
玲香が指差した先には、鳥の大群の他に犬や猫、鼠の大群がどこかへ向かっているような様子だった。
「え、みんなでどこかに出かけるのかな?」
「遠吠えが聞こえた方に進んで行くみたいだが……」
兄妹がそんな会話をしていると、玲香が呟くように言った。
「なんか……Witch Phantom様に洗脳された人たちに似てる気がする」
そう言ってた玲香は、彗の方をちらりと見た。
「え、私何もしてないよ?それに三日月ノ玉は言葉が通じなかったら効かない」
「そうだよね。じゃあ違うか……」
玲香がそう言って首を傾げたとき、宵が「待てよ……」とぼそりと呟いた。
「それなら、これは他の人間が使った『魔法』ということになる」
「ッ……!」
彗の顔が途端に険しくなった。
自分以外に魔法を使う者──「魔族」が出たということだ。
「私、ちょっと行ってくる」
ウエストポーチを腰に巻き、その中に満月鏡と三日月ノ玉をしまう。
そして自分の腰とウエストポーチの隙間に、新月刀を差し込む。
満月鏡で自分の姿を変え、カクテルドレスとマスカレードマスク、マントを身に纏う。
「Witch Phantom様!」と飛びついてきた玲香の頭を掴み、「今それどころじゃないから」と床に叩きつける。
宵から小型カメラとイヤホンマイクを受け取り、身に付ける。
「準備OK、行ってくる!」
「ああ、気を付けてな」
彗は姿を透明にして、家の玄関から飛び出して行った。
「一連の流れのなかで、当然のように行われる理不尽な暴力……これもまた悪くないですぅ……Witch Phantom様ぁ……」
玲香は床に叩きつけられた痛みを顔で味わいながら、そう呟いた。




