おまけ④-2 強盗Witch Phantom
「あ、僕はなんとか採用されたみたいです」
「おお、良かった良かった」
輪生は採用の連絡メールを見て胸を撫で下ろし、宵はそれを聞いて安心した。
「彗はどうだった?」
宵が尋ねると彗は画面を見たまま固まっており、しばらくしてから口を開いた。
「なんか……不採用な上に『なお、中村水様には今後当ホテルのご利用もお断りさせていただきます』って書いてある……」
「はぁ!?」
宵は彗のスマートフォンを取り上げ、内容を確認した。
確かに、彗を雇わない上に今後のホテルの利用さえも断ると書かれている。
「お前、いったい何をしたんだ!?」
宵は彗の肩を掴んで揺さぶった。
彼にはわからなかった。
どうすればアルバイトの面接に行っただけで、不採用な上に出禁にまでなることができるのか。
「知らないよ!私は椅子に座って『志望動機』を話しただけだもん!!」
「……仕方ない。このホテルのバイトは輪生にだけ行ってもらって、彗は他のを探そう。見つかるか分からんが……」
「分かりました。頑張って働いてきますね」
輪生はそう言って頷いたあと、心配そうな顔で彗の方に向き直り、言った。
「あの……彗先輩。えっと……無理しなくてもいいですからね?彗先輩がお腹いっぱい食べれるように、僕が頑張って働くので……」
輪生は半年前に自分を家族として受け入れてくれて、そしていまも精神的支柱として自分を支えてくれている彗のために働けることを喜ばしく思った。
しかし輪生のその優しさは、彗の誇りを大きく傷つけた。
「ッ…………!!」
彗は自分の顔が赤くなり、耳の先まで沸騰するように熱くなるのを感じた。
先日自分は輪生に「足を引っ張らないでね?」と、余裕をかまして先輩風を吹かせたのに、自分はまさかの不採用な上に出禁になった。
そしてそもそも月詠家の財政難は自分の食欲のせい。
彗は恥ずかしさと情けなさで、今にも爆発しそうだった。
できることなら、今すぐに消えてしまいたい。
「あああああああああああ!!!!」
彗が突然大声で叫ぶと、部屋の隅に置いてあるリュックの中に入った満月鏡が月光色に輝き、彗は一瞬にして姿を消した。
「え!?彗先輩!?突然消えちゃった!?」
そして突然ガラガラと部屋の窓が一人でに開き、黒い足跡がペタペタと窓から空に向かって空中に残るという怪現象が起こった。
「え!?いきなり窓が!うわぁ!!なんだこの黒い足跡みたいなマーク!!」
「あ、輪生。明日からのアルバイトで必要なものはあるか?ホテルなら靴とか服装とか指定されたりとか……」
「え!?宵さん!?彗先輩が消えたのと、この窓の怪奇現象はいいんですか!?なんでそんなに落ち着いていられるんですか!?」
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彗が怪奇現象と共に姿を消した数十分後、宵、彗、輪生が入っているグループチャットに彗からのメッセージが入り、三人はスマートフォン上でグループトークを始めた。
彗「私、100万円稼いでくるから」
宵「それはもういいから、夕飯までに帰ってこいよ」
彗「やだ。絶対に大金を稼いで帰る」
宵「大丈夫だから。明日から俺と違うバイトを探そう」
彗「私の本当の力を見せてやる」
宵「人には向き不向きがある。お前に向いてる仕事もすぐ見つかるさ」
輪生「そんなことより、彗先輩が突然消滅したのと窓がいきなりひとりでに開いたのはいいんですか?なんで二人ともそんなに落ち着いてるんですか?」
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彗は上空200メートルで、自分の魔力で作り出した足跡の上で蹲っていた。
「うぐううう………!!ぐうううう……!!!」
恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
年下彼氏の輪生に上から目線でイキった上に、自分だけバイトの面接に落ちて、宵にも輪生にも同情された。
「わたし魔女なのにぃ……!!半年ちょっと前にこの国を救った魔女なのにぃ……!!」
バイトすら碌に出来ないなんて。
もうお金を稼がないと帰れない。
あと感情に任せた勢いで100万円とかグループLIMEに書いちゃったから、100万円稼がなきゃいけなくなった。
そして何の当てもないまま飛び出してきた。
持っているのは三種の神器が入ったリュックと、ポケットのスマホだけ。
こんな状態でどこに行けば金を稼げるというのか。
「あっ……」
彗が眼下に見つけたのは、銀行。
「あそこに行けば……」
三日月ノ玉を使って窓口で「金を出せ」と言えば、一瞬でいくらでも稼げる。しかも満月鏡を使えば、誰にも姿を見せないまま──
「──いやダメダメダメ!!『強盗Witch Phantom』になっちゃう!」
怪盗Witch Phantomとして罪を重ねた自覚はあるが、あくまでそれは春華たちから神器を奪い返すための非常手段だったのだ。
怪盗として盗んだ神器以外の盗品は全て返却したし、金銭的な利益は一度も得ていない。
自分の食費のために魔法を使って強盗を働くなど、絶対にあってはならない。
「でも合法的な手段だと稼ぐのも難しいんだよねー……あっ!」
彗の脳内に「非合法」という文字が浮かび、それと共に彼女は何かを思いついた。
「あそこなら私でも働けるかも!!」
彗は思い立ち、西へ向かって空を駆け始めた。
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ここは豪月組事務所。
かつては月竜会の事務所として使われていたこの場所だが、今は『豪月組』と看板が掲げられている。
「いやー、『豪月米』は大成功でしたね竜司さん!」
豪月組の組員の剛田が、嬉しそうに竜司に話しかける。
「ああ。まさかこんな風に上手くいくとはなァ。運が良かったわ」
笑みを浮かべる竜司の肩を骨川が叩き、「いやいや」と笑った。
「竜司さんの経営手腕あってこそやで!ほんま!」
剛田と骨川──竜司の舎弟である彼らは、普段は竜司のことを「組長」と呼んでいる。
しかし舎弟であると共に長い付き合いの幼馴染でもある彼らは、他に人がいないときは友人のように接しているのだ。
「まぁ、確かに今回は上手く行きすぎかもなァ?『豪月米』は当面の大きい収入源になりそうやわ」
豪月米──これは彼らが最近始めた仕事のことで、後継者や管理者がいない農地などを安く買い取り、そして不況の煽りで発生している失業者などを雇用して米作りをやらせる。
そして完成した米は「豪月米」とブランド化して販売する。
今は8月でまだ収穫こそされていない豪月米だが、すでに買い手は見つけてある。
関西地方の耕作放棄地問題と失業者問題を同時に解決し、かつ食料自給率まで向上させるという、良い事づくしの仕事であった。
「まあ土地を買うときにちょっと『日輪組』と揉めたが……交渉役の虎助が上手いこと話をつけた。あとは収穫して売るだけや」
「ヤクザの親分やなくて、敏腕経営者もいけますよ竜司さんなら!」
「よっ!大統領!総理大臣!親方!」
楽しそうに笑う竜司と、それを囲む二人の子分。
幼馴染同士の彼らの、楽しい日常がそこにあった。
しかしその日常は、突如終わりを迎えた。
「親方!空から女の子が!!」
骨川が窓の外を見て、空を指差した。
「あァ?何言うてんねや骨川。そんなわけ……」
そう言って竜司が窓の外を見ると、月光色に光り輝く一筋の彗星が空を駆けている。
……こちらに向かって。
「なっ!?」
竜司はそのあり得ない昼間の彗星を見て、それがすぐに何なのかが──正確には、「誰なのか」が分かった。
あれは昨年、月虎会と、そして月輪教と戦ったときに共闘した怪盗兄妹の妹の方──
「──Witch Phantom様やああああああん!!!どうしたんやろ!!!」
骨川は興奮し、まっすぐこちらに突っ込んでくる彗を受け止めるように両手を広げた。
(……ん?)
月光色の彗星──月詠彗はここに用があるのだろうが、まるで減速する様子がない。
そしてよく見ると、本人の顔も焦っているように見える。
今の彗は頭がこちらを向き、足が空の方を向いている。
例の「黒い足跡」を使って空を駆けて来たのだろうが、あの足跡は足の裏にしか出せない。
つまり彗が頭から落下している今、足の裏にいくら「黒い足跡」を出そうとも、もはや方向転換や減速は出来ないのだ。
竜司はそのことを理解し、声を上げた。
「アカン!!ここに落ちてくるぞ!!骨川、逃げ──」
ガシャアアアアアアアアアンッッッッッ!!!!!
「スネキチイイイイイィィィィィィ!!!!!!」
豪月組事務所の窓を突き破った彗は、大量のガラスの破片と共に骨川に突っ込んだ。
彗、骨川、大量のガラス片の集合体となった彼らはゴロゴロと事務所の中を転がり、棚や家具をいくつも破壊してから壁に叩きつけられ、ようやく止まった。
「うわー、ようやく止まれたぁ……あ、竜司さん久しぶり!落ち始めたら止まれなくてさ。クッション置いておいてくれたんだね、ありがとね!」
彗は笑顔で──そして新月刀の身体能力強化のおかげで傷一つない体で立ち上がり、竜司に手を振った。
「久しぶりやのォ、彗チャン。ところで……その『クッション』をよォ見てみィ」
「……あれ!?もしかして骨川さん!?」
彗が『もしかして』と言ったのは、それが骨川に見えなかったから。
そして骨川に見えなかったのは、体のあらゆる部分が変な方向に曲がり、かつ彼の全身にガラス片が突き刺さって原型を失い始めていたから。
「アッ……カハッ……」
骨川は何とか右手の指を動かし、自身の体から吹き出している血を指先に付け、床に何かを書き始めた。
ゆっくりと動いた骨川の指先は「本望」と力強い文字を書き上げ、動きを止めた。
「見てみィ。もう自分の死期を悟ってダイイングメッセージを書いてるわ。憧れのWitch Phantom様に叩き潰されて『本望』らしいで」
「ぎゃー!!ちょっと、待って!!お願い!!骨川さん死なないで!!」
彗が慌てて新月刀に魔力を込めると、新月刀は月光色の魔力光を放ち、その光は骨川の体を包み始めた。
すると骨川の体の傷は消え、折れた全身の骨は元の形へと戻り始めた。
「アッ……アッ……アタタカイ……ヒカリ……」
骨川は再び指先に血を付けて、「嬉しい」と床に書いた。




