おまけ④-1 魔女の食費
「…………」
宵はアパートの中でパソコンに向かい、一人難しい顔をしていた。
パソコンに表示されているのは一つのエクセルファイル。
そこには「食費」や「小遣い」、「学費」などに分けられて月詠家のさまざまな支出が几帳面にまとめられている。
しかしここ数ヶ月は明らかに赤字が続いているのが目立っていた。
「ただいまー」
「ただいま帰りました」
彗と輪生が高校から帰ってきた。
現在彼らはそれぞれ高校三年生と二年生で、彗はこの前インターハイを優勝し、今日は望ヶ丘高校で最後の稽古をしてきたところだった。
望ヶ丘高校剣道部で伝説として名を残した「中村水」は本日をもって、後輩たちに惜しまれながら、そして明日からは稽古で恐ろしい目に遭わされなくて済むと安心されながら、部活動を引退したのだ。
「ただいまーお兄ちゃん。あれ、何してるの」
「あ、ああ。気にしなくていいぞ。晩御飯にしようか」
「あ、僕手伝いますよ」
三人はいつも通りそれぞれが食事の準備にあたり、宵が焼いておいた餃子を皿に盛り、大皿を囲んで「いただきます」と手を合わせた。
「餃子は30個焼いたからな。一人10個までだぞ」
「うん。あ、私ご飯おかわり」
彗は餃子と白米をしばらく食べ進めたあと、立ち上がり炊飯器まで行って白米を茶碗によそい二杯目を食べ始めた。
「……どうしたんですか?宵さん」
宵の顔色が優れないことを輪生は察し、心配そうな顔で宵に声をかけた。
「いや、うん、大丈夫だから。二人は気にしなくても……」
「いや、大丈夫じゃなさそうだから輪生が聞いてるんでしょ?あ、私ご飯おかわりするね」
彗は二杯目の白米をすぐに食べ終わり、三杯目の白米を取りに炊飯器へと向かった。
「そうですよ。宵さん。何でも言ってください。協力できることなら何でもしますから」
輪生は月詠兄妹に受け入れてもらったあと、最初は少し遠慮がちだった。
しかし今は自分もこの二人の家族なのだと自覚し、宵の困りごとも本気で解決しようと親身になっていた。
「そうだよお兄ちゃん。一人で抱え込まないでちゃんと話しなよ。あ、私ご飯おかわりするね」
「うーん……だが、まだ高校生の二人にこんなことを言っても……」
「何言ってんの!」
彗は白米を口の中にかきこみ、飲み込んだ後に声をあげた。
「私たちはこれまでどんな困難でも解決してきたじゃん!これまで乗り越えてきたことに比べれば、私たちにできないことなんてないよ!」
彗はチラリと目を動かし、部屋の隅に置いてある神器たちを見た。
輪生がいる前で堂々とその話はできないが、彗は宵と共に怪盗となり、春華、夏波、冬子から月詠家の神器を全て奪い返した。
あの困難を考えれば自分たちにできないことなど無い。
彗はそう考え、宵に詰め寄ったあとに「あ、私ご飯おかわりするね」と言って二つ目の炊飯器の蓋を開けて五杯目の白米を茶碗によそった。
「そうですよ!宵さんと彗先輩、そして僕が頑張れば何とかなりますよ!」
「そうだよ!お兄ちゃん!ほら、何に困ってるの!?言ってみてよ!あ、私ご飯おかわ──」
「食い過ぎなんだよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
宵はバン!と机を叩き、彗の方を睨みつけた。
「何杯食うんだよ!!!いい加減にしろよ!!!お前のせいで二つ目の炊飯器を買う羽目にもなったし、毎日の食費……というかほとんどお前の米代で、もう金が無いんだよ!!!!」
「…………え?そんな食べてる?わたし」
彗はキョトンとした顔で宵を見つめたあと、輪生の方をチラリと見た。
彗と目があった輪生は「僕はたくさん食べる女性が好きですよ」と微笑んだ。
「いや限度があるだろ!!!餃子10個で米10杯食うんじゃない!!!なんで餃子1つで米1杯いけるんだよ!おかしいだろ!!!」
宵はそれをきっかけとして吹っ切れたのか、ノートパソコンを手に取った。
「見ろ!!!」
宵が彗に見せた画面には先ほどのエクセルファイルが開いており、そこにはここ数ヶ月は彗の食費のせいで赤字続きであることが示されている。
「このままだと破産するんだよ!俺たちは!医院とか、神器とか関係なく、彗の食費で月詠家が滅亡する!!」
輪生が「神器?」と聞き返し、宵は「しまった」という顔を浮かべてから「とにかく……」と続けた。
「部活も終わったし、ここから受験勉強に本腰を入れてもらいたいところではあるが……彗はこの夏休みに短期のバイトか何かで少し稼いでくれ。もしくは食う量を人並みに……具体的には今の10分の1にしてくれ」
「え、そんなの餓死しちゃう」
彗はそう言ってから少し悩んだあと、顔をあげた。
「……いいよ。働くよ。去年の夏休みもヴェルサイユ・ロゼで短期のバイトやったもんね」
「……ああ、車を買うためにな」
怪盗として活動するために必須だった車を買うために働いた去年の夏を、二人は少し懐かしく思った。
「僕も働いた方がいいですか?」
「いや輪生は食う量も普通だし、家のことをよく手伝ってくれている。だから別にいいぞ」
輪生は、そう答えた宵の顔が引き攣っているのを見逃さなかった。
今は1円でもいいから家計に余裕がほしい。
宵がそう思っていることを敏感に察知した輪生は、良いアイディアを思いついた。
「僕、彗先輩と一緒のところで働きます!」
恋人と一緒に一夏のアルバイト。
輪生にとってそれはとても魅力的なフレーズだった。
「いいのか?輪生……」
「はい!僕も何かしたいので!」
輪生は宵が遠慮しつつもありがたそうな顔をしているのを見て、自分も嬉しくなった。
「ええー……輪生もやるの?別にいいけどさ、私の足を引っ張らないでね」
「はい、もちろんです!」
食事の後片付けを終えたあと、二人はネットでアルバイト先を探し始めた。
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「あ、彗先輩こことか良くないですか?リゾートホテルのバイトで、泊まり込みで一週間らしいですよ」
しばらくスマートフォンを操作していた輪生は、同じくスマートフォンでアルバイトを探していた彗に声をかけた。
「ん?見せて見せて」
彗が輪生と彼のスマートフォンの間に頭を入れて画面を覗き込むと、輪生は恋人がすぐ近くに来てくれたことにドキドキしながら、そのまま画面を見せた。
彗が覗き込んだ画面には、この街にある高級ホテルの短期アルバイトの募集が載っていた。
給料も悪くなく、一週間の短期コースでしっかり働けば10万円を稼ぐことができる。
「いいじゃん。一週間働いて10万円……二人で20万円なら文句ないよね?お兄ちゃん」
「ああ。それだけあればどれだけ助かることか……」
宵の表情が緩んだ。
自分のアルバイトの給料だけで生活している今の状況で、20万円という金額はあまりにも大きい。
「おっけー、じゃあ決まりね。さっそく応募しよーっと」
彗は自分のスマートフォンに向き直り、そのホテルの名前で検索をかけ、アルバイトの応募フォームへ入力を始めた。
「ん、明日面接だって。さっそく行ってくるね」
彗と輪生が入力を終えて少しすると、それぞれにメールが届き面接の連絡が来た。
「彗、志望動機とかは大丈夫か?」
「うん。ヴェルサイユ・ロゼのときと同じ感じで話せばいいんでしょ?まだ覚えてるし、余裕余裕」
「…………」
宵は少し心配になったが、それ以上は言わなかった。
妹は高校三年生になったし、勉強もよく頑張っている。
それならば普通に面接するぐらいは大丈夫だろう、と妹を信じることにした。
──────────────────
面接当日。
「それでは面接を始めます。中村水さんですね?」
「はい。私の高校にヴェルサイユ・ロゼが公演に来てくれたときに女優の彩光寺麗子さんの演技に感銘を受けました。そのあとSNSで広告を見たときには『ぜひ働きたいな』と思い、応募しました!」
「は?」
「はい。私の高校にヴェルサイユ・ロゼが公演に来てくれたときに女優の彩光寺麗子さんの演技に感銘を受けました。そのあとSNSで広告を見たときには『ぜひ働きたいな』と思い、応募しました!」
「当ホテルと何の関係が……?」
「はい。私の高校にヴェルサイユ・ロゼが公演に来てくれたときに女優の彩光寺麗子さんの演技に感銘を受けました。そのあとSNSで広告を見たときには『ぜひ働きたいな』と思い、応募しました!」
「あっ…………はい。面接は以上です。お疲れ様でした」
「はい。私の高校にヴェルサイユ・ロゼが公演に来てくれたときに女優の彩光寺麗子さんの演技に感銘を受けました。そのあとSNSで広告を見たときには『ぜひ働きたいな』と思い、応募しました!」
「いや、あの……帰ってくれる?」
「はい。私の高校にヴェルサイユ・ロゼが公演に来てくれたときに女優の彩光寺麗子さんの演技に感銘を受けました。そのあとSNSで広告を見たときには『ぜひ働きたいな』と思い、応募しました!」
「ちょっと、誰か来て!変な子が来ちゃった!怖い怖い!」
「はい。私の高校にヴェルサイユ・ロゼが公演に来てくれたときに──」
「あ!警備の人!この子変なんです!連れて行ってください!」
「──女優の彩光寺麗子さんの演技に感銘を受けました。そのあとSNSで広告を見たときには──」
「ダメだ!体幹が強すぎて全然椅子から引き剥がせない!!」
「──『ぜひ働きたいな』と思い、応募しました!」
「分かったからもう帰ってえええええええええええええ!!!!」




