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20.聖女の選択

 王宮への滞在期間が終わり、私はあの聖女のために存在する場所へと戻ることになった。聖女帰還はあの場所で行われるからだ。その前に宰相と会うことにする。

「誰も貴女の心を捉えられなかったようで、非常に残念です。貴女の受けた仕打ちを考えると仕方ありませんけどね。それでは約束通り、住む家と職を用意いたしましょう」

 王より少し若い宰相は、本当に残念だと思っているようだった。異世界から来た聖女がこの国に残るということは、この世界が元の世界より優れているという証明でもある。それは国民の自尊心や愛国心を満たし、国を運営している宰相としても誇らしいことだろう。


「私は元の世界へ帰還したことにして、この世界に留まったことは秘密にしておいてください」

「わかっております。公式記録には今代の聖女様は元の世界へと帰還されたと記載されることになります。帰還の儀が済みましたら、貴女は私の遠い親戚の未亡人ですからね。身分証を発行するように手続きしておきます」

 これで退路は断った。私はたった一人でこの見知らぬ世界を生きていかなくてはならない。魔王を討伐した聖女としてではなく、一人の女として生きていくのだ。

「希望を聞いていただき、ありがとうございます」

「いいえ、聖女様の希望は何よりも優先されますので。困ったことがあればいつでも私を頼ってくださいね。私たちは親戚になるのですから」

 聞いても覚えられないくらい遠い親戚の設定だった。それでも、この世界の唯一の繋がりだ。

 親戚のおじさんとなった宰相は、労わるように私の手を軽く握った。私も握り返す。その手は父と同じように温かかった。 



 私の護衛は騎士団を追放となったオディロンが務めることになった。相変わらずカナコはモイーズとエヴラールの担当だ。カナコはオディロンを見ると顔を真っ青にして怯えてしまう。笑顔で処刑すると言ったオディロンを恐れるのは仕方がないと思う。正直言って私だって怖い。


「そんなに不安な顔をなさらないでください。貴女のことは絶対に護ってみせますから。こう見えても私は強いですからね」

 オディロンの強さに疑問など抱いていない。私を護るためなら笑顔で誰かを殺しそうで怖いだけだ。

「だから、俺がミキ様を護るって言っているのに」

 モイーズがうんざりしたようにカナコを見てから、私に笑いかけてきた。

「私は陛下直々からミキ様の護衛を命じられましたからね、罪人に譲る気はありません」

 そう言うと、オディロンは私を軽々と馬に乗せた。


 エヴラールは何も言わずにカナコを自分の馬に乗せている。カナコが私を嫌った原因が自分にもあり、彼女が私を殺そうとした原因の一端でもあると思っているらしい。


「カナコが最初に召喚されていたら、この世界を救った聖女と聖騎士の恋物語として語り継がれたかもしれませんね」

 馬に同乗しているカナコとエヴラールは、そう見えてもおかしくはない。

「カナコでは魔王討伐に耐えられなかったと思います。だから、私は貴女が聖女様で本当に良かったと思いますよ」

 魔王討伐の隊長だったオディロンの言葉には実感がこもっている。あの場面でカナコのわがままを聞く余裕などなかった。聖女の力と士気の低下。それらを天秤にかけて、士気の低下の方が上回るようならば、彼は躊躇うことなくカナコを切り捨てただろう。


「私だって逃げたかった! でも、耐えるしかなかったじゃない」

 こんな世界なんて壊れてしまえばいいと何度も思った。でも、目の前に死にそうな人がいて、私しか治せない状態なのに、投げ出してしまえるほど私は強くない。だから、頑張り続けるしかなかった。私のせいで死んだ人の人生なんて背負うことなんてできないから。

「ミキ様には本当に辛い思いをさせました。ミキ様は聖女の訓練を受けておらず、力の使い方も不慣れなまま魔王討伐に臨みましたからね。通常より随分と疲れたはずです。今までの聖女様は傷には接触せず、深い傷の治療にはかなり時間をかけたらしいのです。貴女は血だらけの傷に直接触れ、あれほどの短時間で一気に治癒してくださった。我々はとても助かりましたが、貴女は本当に辛かったと思います」

 どうも私の治療法は間違っていたみたいだ。そう言えば、カナコがエヴラールを治した時は手をかざしただけだった。血を止めたいと必死だったし、本当にすぐ血が止まったので、現代知識が活かせたのだと思っていたのに。


「傷を強く押したりして、痛い思いをさせられたと、聖騎士の皆さんは怒っていたのではないですか?」

 誰か教えてくれたら良かったのに。私だって、必要もないのに怪我人に痛い思いをさせたくなかった。

「とんでもない。あれほど短時間で傷が癒えたのです。貴女に感謝こそすれ怒るはずなどありません。我々は貴女の勇気と懸命さに敬服の思いを抱かずにはいられなかった。殆ど不眠不休の状態で癒し続けてくださったのですから」

 オディロンがそう言ってくれたので、もうそれでいいことにしておこう。あの時のことを思い出すと辛いから。



 王宮を出発して二日目。私たちはやっと聖女のための居住地に着いた。高い塀に囲まれた敷地は、まるで檻のように見える。実際、私は三か月の間一歩も外へ出ていなかった。そして、聖女であったカナコさえ、閉じ込められていたのだ。

 いい思い出などないが、それでも三か月も過ごした場所だ。少し懐かしいと思ってしまう。


「モイーズとエヴラール、それに、カナコはミキ様の裁定が済むまで牢に入れておきます」

 オディロンはそう言うと、三人を庭の隅に連れていく。私もついて行くことにした。


 一つだったはずの牢は二つに増えている。カナコは一人で、モイーズとエヴラールは同じ牢に入れられた。

 カナコは牢に入れられる前に私の方を見たが、何も言わなかった。エヴラールの焼印を見て以来、彼女は私を恐れているようだ。

 私も彼女に声をかけなかった。私を殺そうとしたカナコには、少しくらい牢生活を味わってもらってもいいと思った。殺されそうになっても、全てを許せるほど私は聖人ではない。私だって牢生活を余儀なくされていたのだから。



「ミキ、無事でしたか!」

 聖女の部屋に行くと、侍女長とウラリーが待っていた。久し振りにカナコ以外の女性に会った気がする。

「はい。何とか無事に戻って来ることができました」


「ミキ、本当に良かったわ。ミキに酷いことをした聖騎士やカナコと一緒だったから、とても心配していたのよ。ミキが本当の聖女様だったのよね。私は前からそう思っていたのよ。だって、あのカナコとかいう女、とっても嫌な奴だったもの。わがままで、ミキを虐めていたから」

 突然、ふわっと体を包み込む温かさを感じた。ウラリーが私を抱きしめてくれたのだ。彼女は母が死んだ時と同じくらいの年齢で、その温かさも同じようだった。

「ウラリーさん、ありがとう」

 この世界にも私を心配してくれる人たちがいると思うと、本当に嬉しかった。私の決断が揺るがないように、私は彼女の暖かさを感じようと腕に力を込めた。



 翌日は神官長に会うことになった。オディロンが同席してくれることになったので、少しは心強い。彼が怖いことには変わりないけれど、あの過酷な魔王討伐を共に果たした同志のような間柄になったような気がする。

「魔王を滅ぼしたこと、本当に感謝いたします。そして、私の不手際のせいで貴女には本当に辛い思いをさせました。申し訳ありません。私は神官長を解任されますが、この力のために神殿を離れられません。これからは、過去の文献を精査し、貴女とカナコのような悲劇を繰り返さないようにしたいと思います。許して欲しいとは申しません。私にはこの生き方しか許されないのです」

 力のある神官だから、神官長はこの地に縛られて生きていくしかないのだろう。次の聖女召喚のための魔力を蓄えるために、彼の力が必要なのだ。


「はい。この世界に聖女が必要というのは身をもって経験いたしました。せめて、次の聖女が私のような思いをしないように、万全の状態で迎えてあげてください」

 残酷なシステムだと思うが、それでも、懸命に生きているこの世界の人々に滅びろとはとても言えなかった。

「ありがとうございます。ところで、貴女は身分証明書を望んでいるとのことですが、帰還の儀は必要ないのですか?」

 身分証明書の内容は魔法で刻んでいるので、偽造はできないことになっている。でも、王宮と神官長がグルになれば不可能なことはない。


「いいえ、帰還の儀は行ってください。カナコを帰してあげて欲しいのです」

 私が聖女として覚醒した時から、そう決めていた。

 魔王討伐を果たした聖女の私と、聖女を殺そうとしたカナコ。この世界では私の方がまだしも生きやすいだろうから。



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