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ミスリード

 東京に移り住んでから、これほど夜が待ち遠しかった日はなかったかもしれない。我ながらそこまでするのかと呆れつつ、良太はノートとスマートフォンを机に並べて待っていた。パッとLEDが明滅し、振動とともにスマートフォンが着信を告げた。


 koshokosho_3:こんばんは。

        ずいぶんたくさん聞きたいことがあるみたいだけど

        それに見合うだけの秘密があるのか?


     良太:こんばんは。

        ありますよ。

        なんでも答えてもらえそうな秘密。

 

 久我硝子は正体がまだバレていないと思っているのだろうか。それとも承知の上で食い下がろうとしているのだろうか。ウカガイ様のルールと罰則が噂通りなら、このやりとりが露見するだけで停学や退学――おそらく実際には転校――のリスクがある。それにも関わらず、怯える良太に声をかけたのは、なぜだろう。


 koshokosho_3:聞こうじゃないか。

        誰の、どんな秘密なんだ?


 答えはkoshokosho_3が求めるもののなかにある。

 弱っている良太を自分に依存させるため。適度に情報を与え、ウカガイ様を利用して良太以外には知りえない情報を引き出すため。そうして手に入れた秘密を使い、自分の意のままに動く手下を増やしていくためだ。


 なぜ、そんなことをするのか。

 ウカガイ様同士が、生徒の知りえないところでつながっているように、koshokosho_3もまた他の生徒に知られないところつながりを持ちたかった。


 ウカガイ様の話をしてはいけないという、白宮の生徒たちに深く根付いた風習を利用し、秘密の村を作りたかった。楽しみのためのなのか、支配欲なのか、理由はどうあれ目的は分かる。やってきたことも。


     良太:久我硝子の秘密。

        小学生のころクラスメイトと一緒になって

        一人の生徒をイジメていた。


 それが良太の出した答えだった。小学校の卒業アルバムで見つけた、二人分も欠けた六年二組の似顔絵。ウカガイ様と、もう一人――ウカガイ様と同じように存在を無視された生徒がいたに違いない。


 主導したのは久我硝子だ。写真に現れるたびに別の生徒とグループを作っている生徒。孤立している生徒を見つけては目に見えない形で手を差し伸べ、自らの村に引き入れる。水面下でクラスを掌握できたら、次は支配だ。村長たる自身の意にそぐわない者を見つけ、排斥する。それをなすためにウカガイ様を利用した。


     良太:久我さんは白宮のウカガイ様と同窓生だった。

        まだ人だったころのウカガイ様とつながっていた。

        あなたのアイコンが、その証拠です。


 普通なら盗撮だとみなすウカガイ様の鈴――先の割れた卵のような形をした、空雛の写真。

 

     良太:その写真は白宮のウカガイ様が撮ったんだ。

        あなたが撮らせた。

        ウカガイ様になったばかりの友だちを騙して撮らせたんです。


 文字を打ち込み、送りつけるたびに、良太の鼓動は早くなっていった。入学してから丸一か月も脅され続けたのだという思いが緊張と興奮を呼び、koshokosho_3の返信を待たずに言葉を叩きつけさせていた。


 こんなに悩んでいたのかと、こんなに怒っていたのかと、良太自身も驚いていた。

 一方で、怜音とのやりとりが彼の思考を加速させていくように、ノートにまとめておいた自らの推論を語っていく合間に、文字に転写された良太の思考が違和感をおぼえていた。

 

 ――何かおかしい。


 物的な証拠はない。状況証拠だけで組み立てられた脆い推論ではあるが、納得し、直接ぶつける気になる程度には、もっともらしさがある。けれど、何かが違う。

 

 ――いや、大丈夫。間違いない!

  

 良太は揺らぎかけた自分を奮い立たせ、仕留めるつもりで答えを求めた。


     良太:秘密は教えました。

        次はあなたの番です。

        答えてください。

        久我さん、なぜあなたは、ウカガイ様に僕を狙わせたんですか?


 送りつけた途端、すっかり頭に上っていた血の気が、すぅっと引いた気がした。体温が急激に下がり、スマートフォンを持つ手が震えだす。


 ――そうか。


 と、良太は震えるボールペンをノートに突き立て、ぐりぐりと丸を描いた。その中心に、『なんで僕を?』と書かれている。幾重にも幾重にも丸を塗り重ね、やがて()の一文字以外が黒く塗りつぶされたころ、koshokosho_3からの遅すぎる返信があった。


 koshokosho_3:昼にも言ったよね。

        君は誤解してる。

        私はイジメなんかしてないよ。

        小学校のクラスでイジメがあったのは認めるけど。

 ――()()

 つまり、久我硝子は。


 やっと認めさせたというのに、感慨はなかった。怜音の推測は当たり、良太が立てた筋道は誤っていた。集めてきた情報を最も自然な形に配置したつもりだが、何よりも大事な情報を見落としてしまったからだ。


 ウカガイ様は、良太が入学する前の面談で、初めて遭遇したのだ。

 ルールに従えば、入学前に菊池良太という人間を見つけるのは難しくない。校内を歩き回って資料を覗き見れば済む。得た情報を久我硝子に伝えるのも容易い。メッセージアプリや電話――いっそ人の姿で会ってしまっても構わないだろう。


 けれど、久我硝子が入学前の菊池良太に目をつける理由がない。

 外部生と内部生が混在する一-Cのなかで、最も田舎から来た生徒を狙った? 騙しやすいと思って? なくはない。現に当初の良太は追いつめられ、差し伸べられた久我硝子の手に飛びついた。ウカガイ様の恐ろしさとルールを学ばされた。


「――でも、不確実すぎる……」

  

 同じことを良太がやるのなら、片っ端からつついて、反応が良かった人間を選ぶ。

 久我硝子はそうしなかった。ウカガイ様はそうしなかった。

 ただの偶然か、それとも目的があって良太を選んだのか、あのとき、ウカガイ様はなんと口にしていただろうか。


 koshokosho_3:それから

        繋がってるわけないでしょ。

        スマホも持たされてないんじゃない?


 koshokosho_3の口調が変わった。正体を隠すのはやめたということだろうか。

 良太はバラバラに砕けた思考をり合わせ、やっとの思いで尋ねた。


     良太:まず確認させてください。

        あなたは、久我硝子さんで間違いありませんか?


 返信はしばらくの間を置いて届いた。


 koshokosho_3:もう分かったって。

        私は久我硝子です。

        これでいい?

        スクショ撮った?

        もう安心できそう?


 言われるままに、良太はスマートフォンのサイドスイッチを押した。パチリと電子的なシャッター音が鳴り、たったいま交わしたやりとりが映像として記録される。


 koshokosho_3:それじゃあ、あらためて。

        私はね。

        

――ウカガイ様を調伏ちょうぶくしようとしてるの。


 koshokosho_3あらため、久我硝子はたしかにそう送ってきた。

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