揺さぶり
koshokosho_3の回答内容自体はどうでもよかった。特に、ウカガイ様が保健室に現れるかどうかという質問に関しては、回答しやすければ何でもよかった。
一読で理解でき、一言で答えられ、だからこそ答えられる人間を限定できるのだ。
そして、koshokosho_3は、昼休みに、簡潔な答えを用いた。
裏付けは中村由佳がしてくれるものと信じ、良太はさらに質問を重ねる。
良太:祭祀って何ですか?
挑発はしない。ただ淡々と投げ続ける。『うっかり答えられそうな質問を』。
返信は一分ほどの間を置いてあった。
koshokosho_3:何のことか分からない。
ひどく淡白な回答だ。もし仮に久我硝子が教室で答えているのなら、できるだけ簡素な文面を選ばざるをえないのだろう。中村由佳と萩原沙織の視線を避けなければならないのだから。
良太:知らないんですか?
三年に一度、六月ごろにやってますよね?
だからこそ、確信をもって尋ねる。たしかめるまでもなく記憶の範疇で答えられる質問を――余計な一言が加わりそうな質問を繰り返す。
良太が誘いだそうとしているのは、ウカガイ様が暴露した情報だ。
小学校に調べに行ったらしいという情報と、そこで手に入るであろう情報と、koshokosho_3が正体を隠ぺいするために何を知っていてはいけないのか――。
通常なら考えることもなく知っていることを話せばいいだけだ。
しかし、正体を伏せようとすれば途端に苦しくなってくる。
この遊びを始める前にどこまで詰めているのかが勝負所になるが――。
「……ダメ、かな?」
良太はボソリと呟く。貴重な昼休みがゆっくりと溶けていく。返信はない。
カツカレーを食べ終え、洋介が満足げな息をついた。
「――で、さ。正体が分かったとして、それでどうするん?」
「どうって?」
「だってさ、相手が誰か分かったってほら、何ができるってわけでもなくね?」
「まあ、それはそうなんだけどね。でも、名前を呼ぶのは反則でしょ?」
話を合わせるために答えたまでだが、良太は我ながらいいアイディアかもしれないと思った。小学校で小さなウカガイ様に生を覚えられた時の衝撃は凄まじかった。それがどういう経緯か白宮のウカガイ様に伝わっていることも。
――ウカガイ様は互いに繋がりあってる?
疑問を挟む必要すらない。ウカガイ様は神様役を担っているが、名前もおそらく家もある人間だ。学校にいる間のほとんどを神として、人ならざる者として過ごすが、ひとたび空雛を握りこめば人に戻らざるをえない。
彼ら彼女らの元になったであろう教義――密教系の宗派に伝わる神通力など、現実にはありえないのだ。それこそスマートフォンで連絡を取り合うだけで情報を共有できてしまう。
――いや、それだと情報が流出する、かな?
良太は自分がウカガイ様というルールを規定するなら、と考えた。
ウカガイ様と生徒たちは、いわば共犯関係にある。
どこまでの自由が与えられているのか想像するのは難しいが、先日の小学校の一件から教員より上位の権限を持っているのは間違いない。少なくとも、教員の仕事を妨害し、客の個人情報を閲覧する程度の自由を与えられているのだ。
逆に言えば、ウカガイ様同士の関係を管理下におかない限り、生徒たちの重要な個人情報が筒抜けになってしまう。その場合、特に問題になるのは――
「生徒と繋がってるとき、か」
「んあ?」
良太の呟きに、洋介が胡乱げな目つきになった。
「生徒と、何?」
「ああ、えっと、こっちの話。ヨウくんのおかげかも。ありがとう」
「はあ? ……まあ、なんでもいいけどさ。同じ外部生同士、もっと頼ってくれても――」
と胸を張る洋介だったが、スマホに目を向ける良太を見て肩を落とした。
「……またスマホかよ。一緒にメシ食いに来てるんだから……まあいいけどさ」
「ごめんね。これだけ送っておきたくて」
そう詫びつつ、良太は二通のメッセージを打った。
一通はkoshokosho_3に。
良太:あなたはウカガイ様と繋がってますね?
もう一通は怜音に。
良太:ウカガイ様同士で繋がってるかも。
送信し、会話に戻ってすぐ、一方から返信があった。
koshokosho_3:君は誤解している。
また夜に。
向こうから約束を取り付けにきたのは初めてだ。何を想像したのかは分からないが、揺さぶりにはなってくれたらしい。
良太は結果に満足し、敢えて返信せず洋介とともに席を立った。
中村由佳に頼んでおいた監視報告は午後の授業の合間に届いた。
由佳:久我さんは使ってたよ。
簡素だが、ほとんど答え合わせに等しい一文だった。久我硝子の横顔を見てやりたいという衝動を抑え込み、授業の合間に返信を送る。
良太:ありがとう。
今度お礼させてね。
どんなお礼を? 分からない。ウカガイ様とkoshokosho_3の謎を暴き、白宮での学園生活に平穏を取り戻してから考ても、遅くはないだろう。
その日、最後の予鈴が鳴り渡り、洋介が良太の肩を叩いた。
「んじゃ良太、俺部活だから」
「うん。今日は本当にありがとう。助かったよ」
「いいって。けど今日はちゃんと寝とけよ? 二日つづけて保健室に連れてくとか部室だったら絶対ネタにされっからさ。――あのセンセイ、マジで報告とかするかもだし」
「うん。分かった。それじゃ、また明日ね」
良太は苦笑いで手を振り、隣席に顔を向けた。
久我硝子、萩原沙織、中村由佳の三人が、ほとんど同時に振り向いた。
涼しげで試すような、くっきりして訝しむ、怯える小動物に似た、三者三様の眼差し。
良太はそれぞれと視線を交差させ、最後に硝子に戻して言った。
「じゃあ、久我さん――と、萩原さん、中村さんも、また明日」
「……うん。また明日ね」
答えたのは久我硝子だ。萩原沙織は小さく頷いただけで、中村由佳は最後にか細い声を重ねてきたがほとんど聞こえなかった。




