リスクテイキング
高校から白宮に入ってきた外部生の菊池良太が、近隣の小学校で何か調べていた。
ウカガイ様の暴露によって、その事実はクラスの誰もが知ることになった。
しかし、その情報がウカガイ様によってもたらされたがために、クラスの誰もがそのことを知っていてはいけない状況になった。
ウカガイ様の声は聞こえない、聞いてはいけない。
もちろん、良太を問い詰めようと思えば、いくらでも方便が立ちそうに思える。
たとえば小学校に入っていく姿を見たとか、小学校に兄弟が通っている――などだ。
けれど、そうした嘘を重ねてまで良太を問い詰めたい人間は限られる。つまりは、菊池良太という人間に何らかの関心を寄せる人間だ。
教室には、良太が調査した小学校と関係する人物はたった三人しかいない。
久我硝子、萩原沙織、中村由佳の三人だ。
うち、中村由佳はひとまず味方に数えていいだろう。演技巧みに騙している可能性は否定しきれないが、彼女にそうする理由がない。
誰が引き金を引いたにせよ、事態は動き出しているのだ。ある程度のリスクは飲んで、やれることをやるしかない。
表面的には授業に集中するふりをしつつ、良太は隣席の様子を窺う。
二限目の途中、未だkoshokosho_3の返答はない。
保健室にウカガイ様が現れることはあるか尋ねる単純な質問だ。良太が教室に戻ってきている今、答える価値はなくなっている。
それと気付ける人間は教室にいたことになるからだ。
言い換えれば、koshokosho_3の正体が久我硝子ではないと偽装したければ、早い段階で回答しておくべきだったのだ。通知に気づくのが遅れたにせよ、回答に迷ったにせよ、理由はなんであれ、良太は久我硝子の次の行動を確認すればいい。
予鈴が鳴り、授業が終わった。
良太はすぐに振り向き、洋介に声をかける。
「ヨウくんはお昼どうする? 学食行かない?」
やや性急すぎたかもしれない。不自然になっていなければいいのだが。
洋介は意外そうに瞬きしながら言った。
「いいけど、もう大丈夫なん? メシ食えそう?」
「うん。何か軽いものなら――月曜日は弁当ないし」
決めごとではなく、なんとなくそうなっている。けれど、今日に限ってはちょうどよかった。
良太と洋介は二人そろって席を立ち、萩原沙織と中村由佳が隣の席に集まろうとしているのをさりげなく横目で確認、教室を後にする――と同時に、良太はスマートフォンを出し、中村由佳にメッセージを送った。
良太:ちょっと頼みたいことがあるんだけど、お願いできる?
返信は一分ほどの間を置いて届いた。
由佳:どうしたの? 忘れ物?
良太:久我さんと萩原さんには秘密にして欲しいんだけど
昼休みの間だけでいいんだ。
二人がスマートフォンを使ったか教えて。
一つ目の、リスクを背負った仕掛けだ。パッと思いつくだけでも複数の危険を想定できる。たとえば、良太からのメッセージであることを明かしたうえで、三人の目がこのやりとりを見ているとか、ごまかすのに失敗するとか、不信感をもたれることだってありうる。
だが、リスクを負うだけの価値がある頼み事でもあった。
スマートフォンの使用なぞ日常的すぎて注意しなくては誰の記憶にも残らない。
かといって、koshokosho_3が久我硝子である場合、良太が教室にいてはメッセージを打つことなどできないはずだ。
代案として洋介を教室に残すことも考えたが、彼もまた外部生でありどちらの側かといえば洋介の側であり、また急に演技をできるタイプにも思えなかった。良太が二人を監視しながら席を外すには、中村由佳に協力が必要不可欠だったのである。
返信は時間がかかった。
学食にたどり着き、食券の列に並び、トレイにミニカレーライスの皿を乗せた頃、やっとだ。
由佳:わかった。
簡素な一文には中村由佳の葛藤と疑問が垣間見えた気がした。うまくごまかすのに苦労したのかもしれないし、すでにバレているのかもしれない。何もなければ、ただ訝しまれるだけに終わる。どちらにせよ、調査の一端が露見した現状、今以上に事態が悪化することはない。
「――んで? 小学校ってなんなん?」
素っ気ないけれど、今度は答えたもらうと言わんばかりの重さをもたせ、洋介が言った。良太がミニカレーを選んだためカツカレーにしたらしい。
「教室、しばらくザワついてたぞ?」
ウカガイ様の話したことだから聞かなかったことに――それが白宮学園の習わしだが、入学から一か月がたった程度の外部生には浸透しきっていない。口ぶりからしても、今の段階でウカガイ様因習の恐ろしさを体験しているのは、外部生では良太だけだろう。
「やっぱりさ」
良太は甘めのカレーに眉を寄せつつ答えた。
「やられっぱなしは嫌だから、ちょっと調べようと思って」
「調べようって……アレのだろ? バレたらまずくね?」
「僕は図書室に調べに行っただけだよ。ただそこが小学校だったってだけ」
迷いがあった。洋介を本格的に巻き込んでいいものかどうか。東京に出てきて初めてできた友だちだし、すでに何度も助けてもらっている。だからかもしれない。
「あの子の正体が分かるかもと思ったんだけど、ダメだったよ」
少しだけ事実を捻じ曲げて伝えた。本当に調べに行ったのはkoshokosho_3の正体だが、ウカガイ様が元は誰だったのかを調べに行ったことにした。
それならば、ウカガイ様が言及するのも頷けるだろうと思ったからだ。
作戦はうまくいったのか、洋介は呆れたように口の端を下げた。
「んなの……誰か分かったって変わらなくね? 無視だよ無視。それっきゃないって」
「まあ、無視以外にもやり方あるっていうか、相手が自分のことを知ってるって分かれば向こうもやりづらくならない?」
たとえば、ただ名前を呼ばれるというだけのことが強力な呪いになるように。
カツ、カツ、と洋介はカレー皿をスプーンで突きながら言った。
「なんっ……ていうか、良太って意外と怖いとこあんのな」
えっ、と良太は思わず顔を上げる。
「いやだってさ、普通は無視するっしょ。その方が楽だし。でもケンカ買う方でいくんだって」
「……まあ、ほら」
良太は自分からその言葉を口にするのに若干の抵抗を覚えつつ、言った。
「僕はド田舎から来てるしさ」
ブハッ、と吹き出すように笑いだした洋介に照れた振りをして見せつつ、良太は内心に思う。
――それに僕、血筋だけは東京だから。
火事と喧嘩は江戸の華、だったか。微細な性格が遺伝するからには、大雑把な攻撃性などの気質はより顕著に伝わっていてもなんら不思議ではない。嬉しくもないけれど。
koshokosho_3:知らない。
その返信は、ミニカレーライスを食べ終わったころに届いた。




