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内気少女といにしえの恋  作者: メイズ
城跡に立つ高校
22/76

錦鯉研究会

 期末試験が終わった。

 

 翌週には素点確認も始まり、そのまた翌週には各自にテスト結果も配られた。

 

 ニマニマ眺めている人もいれば、すぐしまいこんで現実逃避している人もいる。

 

 まだ授業はあるが生徒はもう気が抜けている。そろそろ夏休み前の高揚感が漂い始めていた。

 

 ミアは夏休み中は週2はモデルとして美術室に通うことになっている。更にミチルの誘いで錦鯉研究会にも入った。

 

 こちらは正式な部としてまだ認められていなかったが、ミアが入部して4人になったので、あと一人獲得できれば晴れて『錦鯉研究部』となる。

 

 錦鯉研究会は部室が無いので生物室の片隅を借りている。

 

 部長は3年の名波さく

 

 鯉をことのほか崇めているというこの部長は、受験生ということでほぼ引退しているので実質はミチルが部長を務めている。

 

 もう一人は1年3組の池中真中まなか。彼女は湖沼の生物の織りなす生態系を愛するビオトープオタクだ。

 彼女によると、よく観察すれば、学校の中庭の人工池は鯉のほかにもたくさんの生物が生息し、良好な生態系をかも しているという。

 

 錦鯉が特に好きだというわけではないそうだ。いつも黒髪を後で一つに結んでいる。いかにも科学者の白衣が似合いそうな、ミチルよりも小柄な女子だ。

 

 優しげな瞳と、左の目の下の泣きボクロのせいで、一見非常に真面目でおとなしそうな生徒に見える。

 

 

 

 

 半日日課になったこの日、リアスからミチルに連絡が来た。

 


《中村が錦鯉研究会を見学したいって言ってる》

 

 もちろんミチルは大歓迎だ。ミチルが掲示板に張った錦鯉研究会勧誘のポスターは未だ実質、真中まなか 1人しか呼び寄せてはいなかった。


 

《本当? うれしいな。放課後8組に迎えに行くって伝えて》

 

 逃したくないミチルは必ず見学して貰えるように抜かりはない。

 

 

 

 帰りのSHRが終わると、ミチルはすぐに4Fの8組へと向かった。

 

 1、2組は3Fにあるので、4Fへの階段を登ることはほとんど無い。登って一番奥が8組だ。

 

 初めて訪れた8組。

 

 中は相当賑やかだ。ミチルのいるクラスとは雰囲気が違っている。

 

 開いている扉から教室の中を覗いた。5、6人で盛り上がり、わいきゃいしているグループが目立っている。その中にあの呼び出しの女子の姿が見えた。

 

 ーーー僕に気がついたら何か言ってくるのかな?

 

 

 ミチルは、中村と話しているリアスがこっちを向いて自分に気づいてくれるのを期待して少し待ったけれど、だめだった。 

 

「おーい、ザッカリー!」

 

 ミチルは仕方なく教室の外から声をかけた。

 

 数人がミチルを振り返った。あの呼び出し女子も。

 

 

「おう、待ってたぜ! ミッくん。行こうぜ、中村」

 

 リアスが笑顔でミチルに向かって右手を上げた。

 

 

 呼び出し女子、砂区愛のグループがチラチラこちらを見た。 


「あれ、‥‥あれが魔性の‥‥‥‥」

 

「‥‥聞いた‥‥まじ‥‥見えないけど‥‥‥」

 

「あの子‥‥座家く‥‥‥でき‥‥」

 

 どうやら自分の噂をしているようだった。ちょっとばかり居たたまれない気持ちだ。

 

 

「ミッくん、お迎えサンキュー! さあ、行こうぜ!」

 

 リアスはいつもと変わらず爽やかな笑顔で中村と廊下に出て来た。

 

 1人何を思ったのかニヤリと嗤うと、ミチルの肩へ長い腕を回し肩を組んで引き寄せた。そして開いた扉から教室を振り返った。

 

 リアスが、かすかに鼻で嗤ったのがミチルにわかった。

 

 

 横にいた中村が、わざとらしい大きな声を出した。

 

「なんだよ、ザッカリー、土方くんは俺のために俺を迎えに来たんだぞっ!」

 

 中村は拗ねたように言うと、ミチルをリアスと挟む形に肩に腕を回し、ミチルにくっついた。

 

 教室にいた生徒たちはきゃーきゃー騒ぎ出した。

 

 

「やるぅ! ひゅ~!」

 

「噂は本当だったの? ショックぅ! 座家くんを返してぇー!」

 

「これってどうなってんのー! マジ?」

 

「遂に、中村も虜にされたのかっ! すげっ魔性天使!」

 

「ひゃっは~、中村、邪魔すんなよ~! 三角関係かよ? www」

 

「ザッカリー、中村。学校では控えろよ~? 笑笑」

 

 

 

 リアスと中村は、目の前にも階段があるにも関わらず、向こう側の階段まで廊下を真っ直ぐその体勢のまま進んでゆく。

 

 ミチルが片眉を上げた。

 

「僕を使って遊んでるんでしょ? まったくさー、二人とも‥‥‥」 

 

「だってさー、ミッくんも面白いだろ? あいつらの反応。フッフ」

 

 リアスが片目をすがめた。

 

 階段手前まで来ると、リアスと中村はミチルにかけた腕をほどいた。

 

 

「あはは! あいつらからかうの楽しー! あ、ごめんね~、土方くん。いきなり馴れ馴れしくしてさ」

 

 中村はクラスの反応に大変満足したようだ。

 

「今度は俺も含めた新たな噂が拡がるかな‥‥‥どうなんのか楽しみだなー」

 

 モブ感が漂う自分を自認する中村は彼女がいたことは無く、これで色恋沙汰に我も参加出来ると思うと嬉しく感じるのだった。

 

 

「‥‥‥じゃ、オレ行くわ。また明日な! ミッくん、中村」

 

 リアスは1人で階段を一段飛ばしでさっさと降りて行った。

 

 

「ふぁ? なんだよ、あいつ、これやるためだけに教室に残ってやがったのか。てっきりザッカリーも錦鯉研究会を見学すんのかと思ってたのに」

 

「はは、ザッカリーったら‥‥‥じゃあえっと、中村くん。案内するね。僕たち、研究会だし 部室が無いんだ。だから管理棟2Fの生物室を借りてるんだ」

 

 生物室などの特別教室は、ほとんどが管理棟に入っている。

 

 二階にある渡り廊下を通って生物室に向かった。

 

「今、仲間は4人いるんだ。でも部長の名波先輩は受験生だからもうほとんど来ないんだけど、後は1年3組の池中真中さんと1年1組の真夏多ミアさんと僕。でも、ミアちゃんは美術部でやることがあって今はあまりこられないんだ。だから中村くんがもし入ってくれたらすごく嬉しいんだけど、ちゃんと見てからだね」

 

 ミチルは歩きながら中村に説明した。中村が入ってくれたのなら、錦鯉研究会は晴れて『部』に昇格出来る。

 


「へ~、真夏多さんが入ってるなんて知らなかったな。でもそれなら実質、池中さんって人と土方くんの二人でやってるんだ?」

 

「うん、でも池中さんは錦鯉じゃなくて、池の生物の生態系に興味があって、そっちを調べてるんだ。僕が入ったきっかけはね、中庭の鯉を眺めていたら名波先輩が声をかけてきて。でね、僕に鯉についてる名前を一匹一匹教えて来たんだ。あれが椿ちゃんとか、これは桜子ちゃんだとか‥‥‥。僕はさすがに全部は覚えられないし、判別も出来なかったけど」

 

「‥‥‥ふ~んよくわからない先輩だね。俺、会わなくてよかったよ。この先会う予定も無さそうなのは助かるw」

 

「うん、ちょっと変わった人だけど、悪い人じゃないよ。それに僕たちの必須活動は、中庭の鯉に餌をあげたり世話をする生き物係なんだ。その他は自由だよ。それに、日本史の地衣ちい先生が顧問をしてくれてて、日本史を教えてもらえるよ」

 

「なぜに日本史?‥‥‥‥‥なるほど。察し。きっと顧問をしてくれる先生が他にいなかったんだな‥‥‥。中庭の錦鯉の管理任されるなんて面倒だろうし。じゃ、錦鯉研究会って言っても別に錦鯉の研究してるんじゃないんだ?」

 

「そうなんだよね。実はさ、鯉の世話さえしていれば活動は実質自由なんだよ。‥‥あ、ここだよ。池中さん来てる‥‥‥かな?」

 

 

 なぜかミチルは何かためらいを見せながら生物室の引戸を開けた。

 

「あ、いた! 池中さん。見学者なんだけど‥‥‥」

 

「‥‥‥! ほんとっ?」

 

 

 ミチルに向けた彼女の顔が、ぱっと明るくなる。

 

 続いて、ミチルに並んで立っている男子に視線をロックオンした。

 

 

「やっふー! やったねっ! ずっと待ってたのよ、君のこと!」

 

 ばっと立ち上がって真中はバンザイしながら身軽に跳び跳ねた。

 

「私、池中真中マナカ、1年3組よ。よろしくね。さあ、行くよ! レッツゴー!」

 

「行くって?」

 

 中村はきょとんとして真中とミチルを交互に見た。

 

「あ、ごめん中村くん‥‥‥」

 

 ミチルがなぜか謝った。

 

「いいから、いいから! 君、中村くんていうの? さあさ、こっちこっち!」 

 

 真中は戸惑う中村を気にすることもなく彼の腕を両手で引っ張って生物室から連れ出し、階段を下って行った。

  

 

 

 ーーーこれから、中村くんは池中さんに中庭に連れ出され、どっぷりビオトープの素晴らしさについてたっぷり語られることだろう‥‥‥

 

 これで何人の見学者が犠牲になって散っていったことか‥‥‥

 

 当分戻って来ないな‥‥‥

 名波先輩といい、池中さんといい、明らかに理系の人っぽいよね。

 

 

 ミチルはひとり残された生物室で、"黄金の鯉" のことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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