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眠れる王女と、眠れぬ王子  作者: 八知 美鶴
63/102

63話

「お会いになりたくないんですか?」

「いえ……そうじゃないけど…」

 多分昨夜の件で、アルクは話をしたいのだ。

 今日中に来るだろうと予想していたが、できればもう少し準備を整えてからしたかった。

 レイールがどんな行動を起すかわからないのに、アルクに会って大丈夫なのだろうか。

 断るのは簡単だが、余計に疑惑を持たれても困るのも事実だ。

 だが会って誤魔化せるかどうかもわからなかった。

 こんな時……カルが側にいてくれれば上手く機転を利かせてくれるのだが、今は頼むことはできない。

 となれば、ムルガの協力が必要になってくる。

 恐らく事情を説明するれば手伝ってくれるかもしれないが…。

 ルキアはしばし考え込むと、ムルガに向かって強い眼差しを向けた。

「ムルガ……あなたに一つ約束して欲しいことがあるの」

 真剣味を帯びた声音に、ムルガの表情も引き締まる。

「どんな約束かによります。私は陛下に仕える身、裏切るような約束事はできかねます」

「わかっています。けれどこれは陛下…アルクにもとても関係のあること、といったら信用してくれますか?」

「……約束するかは別として、ここで話されたことはいっさい口外しないことだけは、お約束します」

「わかったわ。私は……春眠病にかかっていることは知っているわね。ここへ来てから、病状が落ち着いていたのだけれど……最近、また発作が出始めているの。今まで落ち着いていた分、その反動で酷くなる可能性が高いわ。もしかしたら……奇異な行動をとるかもしれないけれど、このことをアルクには黙っておいてもらいたいの。そして……ムルガには私が落ち着くまで、有無を言わさずに部屋に閉じ込めてほしいの」

「閉じ込めるですって!」

 驚愕するムルガに、ルキアは唇を歪める。

「ええ、そうよ。……幼かった頃、私は覚えていないのだけれど、もの凄く凶暴だった時期があったの。今までの私とはまるで別人のようだったらしいわ。それで母さまは私をしばらく離宮へと隔離して、軟禁していたらしいわ。いつ治ったのかわからないけれど、それまでは物を投げたり、口汚く罵ったりしていたそうよ。正気に戻ってからも、しばらく軟禁状態が続いたの」

「……それが今回起きると言うんですか?」

「確信はないわ。だけどいままで何も起きなかった分、反動が大きく出る可能性が高いの。自分で何とかできればいいのだけど……恐らく難しいと思うわ。そんな姿をアルクに見られるのは辛いけど……それよりも危害を加えたりするかと思うと……私」

「…わかりました。約束しましょう。ですがそうなる前に、必ず私に言って下さい。できるだけ対処いたします」

「ありがとう、ムルガ。もしその時になったら、アガパンサス商会を呼んでちょうだい。そうすれば適切な処置をしてくれるから」

「アガパンサス商会……ですか?」

「ええ。母の実家がそこなの。昔から春眠病の治療薬を作るために、各地の薬草を取り寄せていたから。私の症状を言ってくれれば、適切な薬を処方してくれるわ」

「わかりました……」

 頷いたものの、ムルガはまだ納得できない表情をしていた。

「……もし式当日になっても軟禁状態の場合、どう陛下にお伝えすればいいんです? 式を中止することは両国の関係に亀裂を生じる可能性があります。病が悪化した場合、陛下に伝えて、式を延期した方がよろしいかと」

「それは……」

 途端に背筋からざわざわと悪寒が走り、胸の刻印が締め付けるように痛み出した。

 レイールはムルガとの話を聞いていた!

 そして延期することを望んでいない、そう悟ったルキアは胸の痛みを押さえながら、なんとか笑顔を取り繕った。

「式を中止することはないわ。それだけは安心してちょうだい。……病状の悪化はある程度なら、薬で抑えられるから。だから式までムルガには、私の病の手助けをしてほしいの」

「そこまで強くおっしゃるのならば……。ただし、私の手に負えないようでしたら、陛下にお伝えします。それだけは譲れませんので、よろしいですね」

 ムルガの強い視線に、ルキアは頷いた。

「いいわ。もし私に異変が起きて、アルクに言おうかどうか迷ったとき、私に質問して欲しいの」

「質問ですって?」

 困惑するムルガをよそに、ルキアは側にあった紙にさらさらっと何かを書いていく。

 それを二つに折って、ムルガに差し出した。

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