63話
「お会いになりたくないんですか?」
「いえ……そうじゃないけど…」
多分昨夜の件で、アルクは話をしたいのだ。
今日中に来るだろうと予想していたが、できればもう少し準備を整えてからしたかった。
レイールがどんな行動を起すかわからないのに、アルクに会って大丈夫なのだろうか。
断るのは簡単だが、余計に疑惑を持たれても困るのも事実だ。
だが会って誤魔化せるかどうかもわからなかった。
こんな時……カルが側にいてくれれば上手く機転を利かせてくれるのだが、今は頼むことはできない。
となれば、ムルガの協力が必要になってくる。
恐らく事情を説明するれば手伝ってくれるかもしれないが…。
ルキアはしばし考え込むと、ムルガに向かって強い眼差しを向けた。
「ムルガ……あなたに一つ約束して欲しいことがあるの」
真剣味を帯びた声音に、ムルガの表情も引き締まる。
「どんな約束かによります。私は陛下に仕える身、裏切るような約束事はできかねます」
「わかっています。けれどこれは陛下…アルクにもとても関係のあること、といったら信用してくれますか?」
「……約束するかは別として、ここで話されたことはいっさい口外しないことだけは、お約束します」
「わかったわ。私は……春眠病にかかっていることは知っているわね。ここへ来てから、病状が落ち着いていたのだけれど……最近、また発作が出始めているの。今まで落ち着いていた分、その反動で酷くなる可能性が高いわ。もしかしたら……奇異な行動をとるかもしれないけれど、このことをアルクには黙っておいてもらいたいの。そして……ムルガには私が落ち着くまで、有無を言わさずに部屋に閉じ込めてほしいの」
「閉じ込めるですって!」
驚愕するムルガに、ルキアは唇を歪める。
「ええ、そうよ。……幼かった頃、私は覚えていないのだけれど、もの凄く凶暴だった時期があったの。今までの私とはまるで別人のようだったらしいわ。それで母さまは私をしばらく離宮へと隔離して、軟禁していたらしいわ。いつ治ったのかわからないけれど、それまでは物を投げたり、口汚く罵ったりしていたそうよ。正気に戻ってからも、しばらく軟禁状態が続いたの」
「……それが今回起きると言うんですか?」
「確信はないわ。だけどいままで何も起きなかった分、反動が大きく出る可能性が高いの。自分で何とかできればいいのだけど……恐らく難しいと思うわ。そんな姿をアルクに見られるのは辛いけど……それよりも危害を加えたりするかと思うと……私」
「…わかりました。約束しましょう。ですがそうなる前に、必ず私に言って下さい。できるだけ対処いたします」
「ありがとう、ムルガ。もしその時になったら、アガパンサス商会を呼んでちょうだい。そうすれば適切な処置をしてくれるから」
「アガパンサス商会……ですか?」
「ええ。母の実家がそこなの。昔から春眠病の治療薬を作るために、各地の薬草を取り寄せていたから。私の症状を言ってくれれば、適切な薬を処方してくれるわ」
「わかりました……」
頷いたものの、ムルガはまだ納得できない表情をしていた。
「……もし式当日になっても軟禁状態の場合、どう陛下にお伝えすればいいんです? 式を中止することは両国の関係に亀裂を生じる可能性があります。病が悪化した場合、陛下に伝えて、式を延期した方がよろしいかと」
「それは……」
途端に背筋からざわざわと悪寒が走り、胸の刻印が締め付けるように痛み出した。
レイールはムルガとの話を聞いていた!
そして延期することを望んでいない、そう悟ったルキアは胸の痛みを押さえながら、なんとか笑顔を取り繕った。
「式を中止することはないわ。それだけは安心してちょうだい。……病状の悪化はある程度なら、薬で抑えられるから。だから式までムルガには、私の病の手助けをしてほしいの」
「そこまで強くおっしゃるのならば……。ただし、私の手に負えないようでしたら、陛下にお伝えします。それだけは譲れませんので、よろしいですね」
ムルガの強い視線に、ルキアは頷いた。
「いいわ。もし私に異変が起きて、アルクに言おうかどうか迷ったとき、私に質問して欲しいの」
「質問ですって?」
困惑するムルガをよそに、ルキアは側にあった紙にさらさらっと何かを書いていく。
それを二つに折って、ムルガに差し出した。