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隔離階層  作者: 魚の涙
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情報の浜辺

 朝霧とウシが居た。

 ニクカイとカチョウは居ない。

 穏やかな青い海。赤い夕焼け。浜辺にはさざ波が寄せては返す。

 その光景を知っている者には特筆すべき事は無い平凡な砂浜の風景。

 この時代の人間である朝霧には非凡な、或いは幻想的な風景。

「こんな綺麗な光景は見たことが無い」

 朝霧は感嘆の声を漏らす。

「風景はイメージです。実在はしてない」

 ウシがにべも無く言い切った。

「…情緒ってモノは無いのか?」

「少なくとも興味は無いね」

 最高な風景と最低な連れ。朝霧は水平線の向こうに沈む太陽を見ながら、この光景を見られるのなら死ぬのも悪い事では無かったとすら思っていた。

「しかし、地平線の両端が下がっていると違和感があるな。いや、今知ったがこれは水平線と言うのか」

 朝霧の視線の先、水平線の両端は非常に緩やかではあるが左右に下がっている。

 朝霧の常識とは正反対の常識的な風景。

 変な感じだ、と朝霧は誰にとも無く呟く。

「旧人類達の黎明期はこの風景の様な世界が普通だったらしい」

 ウシは砂浜に伏せって眠そうに欠伸をした。

「この領域は身体を捨てた旧人類達が管理していた領域の隣なんだ。本来の僕はここの管理人さ」

 あっちがその領域、と言って向けられたウシの視線を追って、朝霧は海に背を向けて後ろを見る。砂浜の先には深い緑の生い茂る山々が連なっていた。

「結局、旧人類達はもういないんだけどね。皆死んだ」

 ぐおぅ。とウシは雄叫びをあげる。雄叫びはクマのそれであったが、そんな些細な違いを気にする者はここには居ない。

「起源やその由来ははっきりしてないんだけど、旧人類から離脱した旧人類が作ったらしいと言う情報だけは残っている。肉体を捨てて永遠に生きる道を選んだらしい」

 思いっきり失敗してるのが滑稽だよね、とウシは笑う。

「あそこには何があるのだろうか」

 朝霧は生い茂る緑を眺めながら呟いた。緑の隙間に、構造物が垣間見える。

「君の子供にはあそこに行って貰う」

 朝霧は驚いた顔でウシを見る。

「子供?」

「もうここには居ないよ。子供と言っても情報を複製して改変を加えた様なモノだから君が生んだ訳じゃないけど」

 徐々に、ウシの姿が薄くなって行く。

「ああ、あまりここに居るとボクがもたない。戻ろうか」

 瞬転。朝霧の両脇にはウシとニクカイが居た。

「おや、戻って来ましたか」

 ニクカイがぶよぶよと揺れながら喋る。

「ウシが私の子供どうのとか言い出すんだけど」

 朝霧の言葉にニクカイは身体を捩じり捩じり。

「朝霧さんと私、いつ交尾しましたか?」

 無言の拳がニクカイを打つ。怒気を湛えた朝霧の視界でニクカイは一度粉々に飛び散り、次の瞬間には元の姿に戻っていた。

「冗談です」

「何故か分からないけど、冗談には聞こえなかった」

 それはそれとして、と楽しそうに震えるニクカイに朝霧は話を逸らすなと詰め寄る。

「私がここを去る時間が訪れた様です」

 次の瞬間、ニクカイはそこに居なかった。

「どこに逃げた?」

 自分の耳を掴む朝霧に、ウシは目で笑う。

「隔離構成層の外側。労六繊維本社が破壊された様だね。ニクカイはアレでも複社長連のトップなんだよ」

「で、貴様がそのオリジナルの社長と」

 朝霧の一言にウシは驚愕の表情を作る。デフォルメされていない熊の顔でそれをやられても朝霧には違いは分からなかったが。

「驚いたな。その情報には接触出来ない筈なんだが」

 朝霧は自身の苛立ちに従い、ウシの耳を引き千切った。引き千切られた耳は砂状になって消滅し、ウシの耳は新しく生え変わる。

「労六繊維オリジナルの社長が人間的にどう腐っていたかは殻土ではよく知られてるんだよ」

 ばれてるなら話は早いと言って、ウシは二本足で立ち上がる。

「変っ!身っ!」

 とうっ。と掛け声を掛けて飛び上がったウシは背広姿の堀の深い顔をした人間の男になっている。

「ま、元の姿に戻った所でこっちも知らないんだろうけどね」

 ウシはそう言うと元のクマの姿に戻った。

「ボクが何を考えていたのかはあんまり気にしなくていいよ。すぐに眷属揃ってここから居なくなるから。複社長連もそうだし、内陸警察の課長って知ってる?そこに最初から浮いてる奴の本体なんだけど、それもボクの眷属」

 眷属と言うなら君も含めた全ての人類はボクから派生した種族なんだけどねと言ってウシはその場をごろごろ転がる。

「自分は神だとか言いたいのか?」

 敵意と一緒に言葉を吐き出す朝霧に、ウシは笑い声を返す。

「何がおかしい?」

 ひとしきり笑ったウシは不意に真面目な顔で朝霧を見つめる。デフォルメされていないクマの顔であったが、その気配だけは朝霧に通じるものがあった。

 朝霧は押し黙り、無言でウシを睨む。

「神、ね」

 ウシと朝霧の間に緑に覆われた山々を覗き見る穴が空いた。

 ウシが緑に覆われた山々に視線を向ける。朝霧もそこを見る。

「あそこに居た旧人類にその積もりがあったかどうかは知らないけど、ボク等にとっての創造神みたいなモノだね、あそこに居た旧人類は」

 そう言ってまたウシは笑い始める。

 朝霧は無言でウシを睨む。

 またひとしきり笑い転げてから、ウシは禍々しい雰囲気を纏わせて朝霧に告げる。

「君にはその神みたいな存在になって貰うんだけどね」

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