遊離電力集積塔
内陸警察中央署は完全に崩壊した。
八角形の外郭フェンスがある程度形を残しているのに対して、七角形の内郭は端から端まで崩壊していた。
その瓦礫の一角に、艶やかな子供は佇んでいた。
【電力、不足】
艶やかな子供は喪失言語で呟く。
艶やかな着物が時折ノイズが走る様に形を崩し、豊かな表情を抱えていたその顔は今や無感動な仮面を貼り付けているかの様に情動が無い。
【再起動、不完全】
艶やかな子供は明滅する様にその姿を消したかと思うと、少し離れた座標に再度現れる。
【電力、不足】
ふらふらと歩いたかと思うと、元々居た位置に居る。
不動のまま宙を見つめていたかと思うと、一キロ以上離れた位置に居る。
【再起動、不完全】
規則性の無い移動を繰り返す艶やかな子供はランダムに動いている様で一つの目的があった。
【電力、不足】
電力の確保である。
それは理屈でも理論でも理性でも無く、表現するなら本能と呼ぶのに相応しいのかも知れない。
もっとも、ただのプログラムによって構成されている艶やかな子供の理論回路に、本能と呼べるモノがあるのかどうかは不明だが。
【再起動、不完全】
一見してランダムに移動する艶やかな子供の進路を記録している存在は居ない。
もしその様な観測者が居たのであれば、艶やかな子供がそこに辿り着いたのは偶然では無いと判断したであろう。
【電力、不足】
それは帯電塔に似た形状の構造物である。
帯電塔との外観的な違いは、その構造が上に行く程細く単純になるか複雑化するかの違いである。
労六繊維が遊離電力集積塔と名付けて管理研究していたその構造物には先客が居た。
墨色の子供。課長の認識では商品名子供君とされるその喪失技巧は、元々はただの子供用玩具である。
【喪失技巧と総称される物品は一貫した特徴がある】
朗々と喋る煤けた子供の右手は塔の根元に触れている。
塔の周辺には警備員と研究者の残骸が散らばっていた。
【例えばただのメモ用紙に核爆発に堪え得る耐久性を付与したり、例えばただの鋏に原子を分割する鋭利さを付与したり】
塔は一定の間隔で信号を発信している。墨色の子供がその様に干渉していた。
その信号に引き寄せられる様に、艶やかな子供は二人になり三人になり一人になりながら歩く。
【例えばただの子供用玩具に高度な人工知能を搭載したり、例えばただの子供用玩具に自律的に充電する機能を搭載したり】
【再起動、不完z】
塔に触れた艶やかな子供が全ての機能を一時的に停止させる。
【要するに、異常に高度でありその用途には不要でもある機能が付随されている物が、喪失技巧と総称される物品】
塔の周囲に激しい電気の渦が巻き起こる。
【僕は西日本産業公社製の子供用玩具。商品名は子供君。最後に設定された個体名はクリス。君の名前は?】
墨色の子供、クリスは左手で艶やかな子供の頭を撫でる。
【惑星開発財団製対時空間異常対応装置。第五公転軌道統治政府直轄即応部隊所属、愛称リリス。再起動は正常に完了した】
艶やかな子供、リリスは抑揚の無い声音でそう言った。
その遣り取りの間、リリスは何度かクリスを攻撃していたが、クリスはその攻撃が周囲に影響を与える事無くぴったりと相殺出来る攻撃を返していた。
何をしても無駄。そうリリスは断定した。
【それは良かった】
クリスはただただ嬉しそうに笑うと、遠くを指差した。
【もう一人、迎えに行きたい人がある】
リリスはクリスが指差す先をじっと見詰める。
【アレを引き入れて何をしようと言うの?】
リリスの解析能は対象を明確に捉えていた。残存した古いデータと合致するソレの動きを追いながら、リリスは訝しげな表情をする。
【あそこへ】
クリスは指を上へ向けた。リリスも視線を上に向ける。
塔が遥か上まで伸びている。
内陸には塔の形状をした構造物が点在しており、その全てが内陸球の中心部分に接続されている。
主弦面と裏弦面の境界に渡された梁。主幹交軸と呼ばれる構造物である。
【あそこに何があると言うの?】
リリスの問いに対して。
【情報の海】
クリスは短く答えると、対象に向かって歩き始めた。
リリスは少し考える素振りを見せ、クリスに付き従う事にした。
隙あらば、その時は、と。そんな事を考えながら。




