第十話《化物、過去の惨劇》
そこには血が滴る光景。
そこには死が広がる光景。
その場所には……痛みと傷みが渦巻く光景があった。
とてもとても残酷で。
とてもとても悲惨で。
……とても……とても地獄絵図のような最後がそこにはあった。夕日の明かりだけがその最悪を照らし出す。
全ての人間が人間ではなくなっている。
首がとんで絶命している者。
腹を裂かれ内臓を垂れ流している者。
目を潰され、顎がなくなっている者。
そして数々の死体が地面に転がっているその場所に『それ』は立っていた。
『それ』はとても寂しそうな表情で、とても悲しそうな表情で、すでに命を失った人間を眺めていた。
その姿は黒い『Tシャツ』を着ており、肌からはワンピースが見え隠れしている。『それ』は長い黒髪が印象的な少女だった。
血に塗られた顔は全てを否定した顔であった。
『それ』とは少女であり、人間である。
いや、言い方が違うかも知れない。
人間を棄てた人間。
人間を否定した人間。
それとも人間になろうとした『何か?』なのではないだろうか?
どちらにせよ、少女の頭の中はすでに狂っていた。
数ある死体の中でかろうじて生きている者が一人いた。
性別はもう分からない。顔がその原型を失うほど破壊されていたから。身体も血にまみれ、かろうじて生きている状態であった。そう、生きようとしているのだ。必死に呼吸をし、生命を保とうとしている。意識が薄れるほど恐いものはない。なぜなら死しか待っていないから。
その瀕死の者にゆっくりと近づく少女。
笑ってもいない。
泣いてもいない。
怒ってもいない。
表情はただ冷徹でありそして冷たい顔。
命を失いそうなその者に少女は語りかける。
『……私は……人間になりたかっただけ。ただ、それだけなの』
その少女の言葉を聞いたその者は残りの力を振り絞り静かに口を開いた。
「お前は……ゲホゲホ……ただの……」
咳き込み口から血を吐き出す。
もう……長くはない。
「ただの化物だ!」
最後の力を振り絞って出した言葉は憎悪の言葉だった。
そう、最後だったのだ。
それを聞いた少女は先程の無表情な顔から一変し怒りの顔になり、その者の頭を踏み潰した。
靴をはいていないその足は最後にその者に残酷な死を与えた。
『私は化物なんかじゃない!私は化物なんかじゃない!私は化物なんかじゃない!私は……』
その場にペタンと座り込み必死に否定する。
『私は……化物なんかじゃ……ないよ』
今度は目からポロポロと涙を流した。
少女は人々に化物扱いされたのだろう。
ただ人間として生きたかっただけなのに。
心はすでに壊れていたのかも知れない。
『もう……忘れたいよ。全てを忘れたいよ。なんで私は生まれてきたの。なんで私は……ヒトヲコロシタンダロウ』
精神が砕け散った瞬間だった。
哀しみが砕け散った瞬間だった。
全てが砕け散った瞬間だった。
『ソウダ……ワスレヨウ。ゼンブワスレレバイインダ。フフフ、ゼンブナニモカモ』
頭を抱え少女の身体は震えている。
その震える少女の横にいつの間にか白いワンピースの少女が立っていた。
「辛かったね。悲しかったね。苦しかったね。もう、いっぱい泣いていいんだよ。お姉ちゃん」
白の少女はそっと震えている肩に手をおいた。
『し……ら……ゆ……き。私……なんて……ことを』
白いワンピースの少女の名は『白雪』。
そして、この少女は……そう、『箱娘』。
「泣こうよお姉ちゃん」
『私……私……取り返しのつかない事を』
「そうだね。一生かかっても償えない罪です。でも、私はそれでもお姉ちゃんを愛します」
白雪はそっと箱娘を抱きしめた。
『ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい』
「私はもうお姉ちゃんを一人にしない。絶対にしない。だから……お姉ちゃん、死んだりしないで。私を一人にしないで」
『白雪……ううう、ごめんなさい白雪。ごめんなさい。私は本当に……本当に……バカだ!……うわああああああああああん!!』
雨が降ってきた。
夕日の明かりが消えていく。
二人の服は雨で濡れて、まるで全てを洗い流すかのように彼女達を包み込む。
この場所はどこかの山の集落。
箱娘の泣き声と雨音だけが周りに響き渡る。
その時間はとても長く、永遠のように感じた。
白雪がいなかったら、箱娘は永遠に心が崩壊していただろう。白雪がいなかったら、箱娘は自分の命をこの場で絶っていただろう。
一緒にその罪を背負っていこう。
一緒にその悲しみを背負っていこう。
一緒に私達で前へ進もう。
そう言っているかのように白雪は何も言わず箱娘と一緒に泣き出した。
―――
――
―
やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんだ。
どんな罪を犯そうが私の大事なお姉ちゃんなんだ。
あなたがいなくなったら私はきっと……おかしくなっちゃうよ。
―――そう、私が忘れさせてあげる。
―――そう、私が受け止めてあげる。
―――だって、それはきっと。
―――私達が姉妹だから。
この惨劇を忘れましょう。この『惨劇だけ』忘れましょう。それがお姉ちゃんの罪だから。
さあ、お姉ちゃん。記憶を消しましょう。
私の白い傘の能力で。
だってこれは……その為だけに存在するんだから。一回しか使えないから、お姉ちゃんに使います。私は大丈夫です。お姉ちゃんの罪を背負って生きていきますから。
さあ、笑いましょう。
楽しい一日がいずれ来ますように。
私も話をする時、楽しい喋り方に変えますから。語尾に何かつけたら楽しく話し合えたり出来るかな?『デスワー。』とか面白いよね。うん、そうしよう!
「夕日が沈む。また……箱に戻るんだねデスワー。私は大丈夫デスワー。明日の朝にはきっと……きっとこの惨劇を忘れて私と遊んでますデスワー。おやすみなさいお姉ちゃん、おやすみなさい箱娘」
この会話を最後に箱娘が人の姿になる事はなかった。
そして白雪も姿を見せる事はなかった。
そう、これは50年以上も前の話。
―――笑いましょう、お姉ちゃん。
―――泣きましょう、お姉ちゃん。
―――怒りましょう、お姉ちゃん。
◆一緒に楽しい時間を過ごしましょう。
◆一緒に喧嘩して過ごしましょう。
◆一緒に背負って過ごしましょう。
……もう、苦しむのは……やめましょう。
―――私のおまじないは絶対です。
―――私の言葉は絶対です。
【ねえ、そうでしょ。お姉ちゃん】
【全てはきっと、うまくいきますから】




