御用商人の面目 ―― 翼竜便実証実験第一号
───【本話のウォークスルー対象】───
■ Section 01
トレディン視点:上屋敷・顔料販売発覚
■ Section 02
ナナシノ視点:竜騎兵団基地・モモと逓信院
■ Section 03
ナナシノ視点:翼竜背上・トレディン氏「翼竜怖い」
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─── ■ Section 01 ──────────
◆ トレディン視点:上屋敷・顔料販売発覚
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「ルナリアちゃん、トレディンお兄ちゃんが、今日もおやつを持ってきましたよ~。さあ、神速の御業で、この売上台帳と在庫管理台帳の突合を片付けてしまいましょうね」
「……ん――」
「なあに、簡単なことですよ。売れたら在庫を無いないして、売上戻しがあったら、元の数に戻っちゃうだけですからね。あっ、売上値引きの時は、個数はそのままですからね~。ほら、簡単でしょう?」
最近はマーニの件もあって忙しかったが、ひとまず一段落し、上屋敷にも日常が戻りつつあった。それもこれも、ナナシノ様の頓智と、ルナリアちゃんの神速計算のおかげだ。今日の上屋敷訪問は、ルナリアちゃんへの計算依頼が本業で、ナナシノ様への御用聞きが副業という、通常運転に戻せそうで一安心である。
ルナリアちゃんが目にもとまらぬ速さで検算を終わらせていく様は、傍目に眺めているだけでも気持ちがいい。ほんと、ルナリアちゃん、さまさまだな、と感謝を込めながら、検算の済んだ帳簿から最終確認として目を通していく。
――ん?
こんな大量の顔料、いつの間に捌けたんだ!? 長いこと倉庫に眠っていたから、今回ようやく全量が捌けて良かった……んっ、全量!? あれだけあったのに? しかも一切値引きなし、正札のまま全量引き取り? まさか、ルナリアちゃんの計算ミス? いや、そんなことは今の今まで一度もなかった。
俺は何度も目を擦り、顔料の売上金額と倉庫からの払出数量を確認した。間違いない。全量、定価のまま売れている。売り先は……け、剣蘭商会……これは一大事だ! あの取引を断ったのは、間違いなく正しい判断だったはずなのに。
「ルナリアちゃん、ごめん、これ借りるね!」
頭の中で、最悪の筋書きが走馬灯のように駆け巡る。外交問題、賠償、商会の看板、そして俺の首。俺は台帳を握りしめ、飛ぶようにその場を後にした。取り残されたルナリアちゃんが、お預けを食った顔で、おやつの皿を見つめている。
コンコン。
「どうぞ。」
「大変です、ナナシノ様。助けてください!」
「どうしたんです、藪からステックに。」
「顔料が全部売れてしまいました!」
「それはおめでとうございます。商売繁盛で何よりですね。」
「だ、だから大問題なんです! あれは売っちゃいけなかったんです。よりによって、王国の商会なんかに……。これは国際問題になります。カルトング商会にとって危急存亡の秋です! どうしたらいいですか、ナナシノ様~」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください、トレディンさん。いったん深呼吸をしましょう。はい、吸って―、吐いて―、吸って―、吐いて―。」
深呼吸のおかげで、いくらか落ち着きを取り戻した俺は、同じ数字を見ているはずなのに少しも顔色を変えないナナシノ様を前に、自分の慌てぶりが急に恥ずかしくなった。順を追って、事情を説明する。
「……なるほど。端的に整理します。三年ほど倉庫に眠っていた顔料が、一度で全量、定価のまま完売していた。売り先は王国の商会で、しかも、トレディンさんが一度はお断りした相手だった。ここまで、間違いありませんか?」
「はい、その通りです。三年がかりで溜まっていた在庫が根こそぎ、それもたった一度の取引で、です」
「普通なら、商売人としては歓迎すべき大口取引であるはずが、売ってはいけない相手に売ってしまったと。」
「はい、その通りです。しかも、販売相手が王国の商会だったので……」
「販売した商品に瑕疵があるというか、取り扱いが難しい商品だから、万が一のことを考えると、後から大問題になる可能性があると。しかも、相手が相手だから、外交問題にまで発展する危惧があって、カルトング商会では引き受けられないほどのリスクだと。」
「はい、その通りです。どうしたらいいですか? ナナシノ様~」
「では、まず事実確認です。そんな大口の取引が、責任者であるトレディンさんに一切話が通らず成立するものですか? 帳簿の誤りの可能性は?」
「それはないと思います。倉庫係に現品と在庫管理台帳の突合を、昨日までかけて確認させました。今日はルナリアちゃんに、在庫管理台帳と売上台帳の突合をお願いしていて、それで発覚したんです」
「なるほど。記録は正しく、取引は実際にあった。では、誰が承認したのでしょう?」
「そ、それなんですが……思い出しました。剣蘭商会の、あの色っぽい女主人、ええと、名前は……そう、グラディス様。そのとき、上客専用にしている商談用の応接室がある別館には、別件で二番目の兄貴がいたんです。私たち三兄弟は揃って共同代表で、兄貴も私と同じ権限で差配できます。しかも兄貴は、横とか外との付き合いを殊の外大事にする質なので……アンドレソン兄貴が、グラディス様に売ったのだと思います」
「分かりました。単独の決裁で通ってしまう点は、後ほど商会の内部統制を見直す議題にしましょう。犯人探しは、火を消してから。まず止血が最優先です。原因究明はその後です。」
「は、はい!」
「それから、同じ顔料を他の取引先にも売った履歴はありませんか? 影響範囲を、先に確定させておきたいのです。」
「ここ三年は在庫が動いていませんから、ないはずですが……念のため、確認します」
「ええ。その洗い出しは、ルナリアにお願いしましょう。おやつは、増量で。」
「では、止血のために、商品のことを教えてください。どんなもので、なぜお断りしたのですか?」
「えっと、引き合いがあったのは、『血晶朱』『緑洲孔雀緑』『太陽黄砂』『白銀粉霜』の4つです」
「ああ、それは確かに危険物ですね。でも、違法物でも禁止物でもなく、日常的に取引できていた品物ではないのですか? 売買に当局への事前申請が必要とか、禁制品というわけでもなくて。」
「確かに、どれも鉱毒があります。でも専門家の間なら周知の事実で、禁制品でもないので、普段なら問題なく取引できる品です。ただ、剣蘭商会様がこの顔料を初めて扱うというのと、芸術好きのお姫様に献上なさるという話を、商談中に聞きまして。絵描きの中には筆先を舐める人もいますし、粉を吸い込めば体を壊します。これは危ないと思い、思い切ってお断りしたんです」
「なるほど、大体の事情は分かりました。違法でも禁制でもなく、事前申請も要らない。だからこそ、売り手には使い手の安全に対する責任が残るわけですね。それで、トレディンさんのお気持ちとしては、短期的な損得勘定で大儲けできたからそれでよし、とは考えず、お客様の安全を優先して、お取引をキャンセルして商品を回収したい。つまり、ボランタリー・リコールまたはプロアクティブ・リコールを行いたいと、そこまでお考えになっている。そう理解してよろしいですか?」
「はい、その通りです。さすがです、ナナシノ様。私が言う前に察してくれるだなんて」
「では、善は急げです。トレディンさんがすぐにできることは、3つです。
一つ目は、運送ギルドに問い合わせて、出荷品が今どこまで運ばれているかの確認。トレーサビリティの確保です。
二つ目は、剣蘭商会宛てに、至急お手紙を。取り扱い上の安全確認が必要なため、商品の使用を控え、保管してほしいと伝えたうえで、全量を引き取りたいこと、運送料はこちら負担であることを書き、ペナルティその他は、後日誠意をもって協議させていただく旨も一言添えるのも忘れずに。最初の一報は、早ければ早いほどいいでしょう。
三つ目は、王国への旅程の準備です。それと並行して、お二人のお兄さん――経営層への一次報告を。隠さず、盛らず、事実だけを時系列で。」
「えっ、最初の二つは分かりましたけど、王国まで行くんですか?」
「大口契約で、しかも最終顧客は王族ですよね。カルトング商会の代表が行くべきでしょう。相手が王族である以上、書状だけで済ませるわけにはいきません。商品の安全な取り扱いを説明し、現物の所在を確認したうえで、回収が必要なら責任をもって実行する。先方の不安や損害にも、直接向き合う必要があります。そうでなければ、誠意が伝わらないどころか、隠蔽を疑われかねません。ちなみに、その献上がいつ頃か、聞いていますか?」
「いいえ、すみません。それは聞いていません。献上の話を耳にした瞬間に、すぐ取引を打ち切ったので」
「分かりました。それでは最悪のケースとして、既に献上がなされているという前提で動きましょう。」
「ひえっ。じゃあ、やっぱり……ええと、その、大変言いにくいんですけど……」
「どうかされましたか、トレディンさん。」
「できれば、ナナシノ様も一緒に来てくれませんか、王国まで。もちろん、出張費はカルトング商会持ちで。お土産代も出させていただきます! いえ、出張手当、いいえ、なんならカルトング商会の非常勤顧問として、報酬は年俸制で……」
「……顧客対応マニュアルは作って差し上げますから、その物騒な申し出は全て、キャンセルでお願いします。」
あまりに大騒ぎしたせいか、俺の大声が響き渡り、上屋敷の方々が、ナナシノ様の執務室に集まってきた。ニコラウス様、シズお嬢様、イーダさん、そしてルナリアちゃん。
「ナナシノ、急ぎなら逓信院に翼竜便を頼むという方法があります」
「……(じーっ)」
「ナナシノ、王国に行くならお弁当作ってあげるよ」
「……ん――ならしの、おみやげ」
それが、ナナシノ様の王国行きに向けて、外堀が埋まった瞬間だった。
─── ■ Section 02 ──────────
◆ ナナシノ視点:竜騎兵団基地・モモと逓信院
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竜騎兵団基地の広大な離発着場――その一角にある待合ロビーで、自分は思いがけない人物と遭遇した。
「あら、ゴンベエじゃない。こんなところで会うなんて奇遇ね」
いや、ほんとにそう思う。まさか、こんなところで、ピンク髪少女に会うとは予想外だ。それにしても、周囲に共通の知人がいないとはいえ、竜騎兵たちの目もある場所で、平然とゴンベエ呼びとは。お嬢様の基準はよく分からない。
翼竜の甲高い鳴き声と、獣舎の干し草の匂いが、風に乗って届く。
「本当に奇遇ですね、モモお嬢様。今回はどんなご用件でこちらへ?」
言ってから、ふと気づいた。ピンク髪少女の装いは、制服は制服でも、学院でよく見かけるそれではない。これは軍装だろう。となれば、用向きは軍務に違いない。部外者の自分が、軽々しく尋ねることではなかった。
「あっ、失礼しました。出過ぎた真似を。」
「いいのよ。それより、ゴンベエこそ、どうしてこんなところにいるの?」
「それは、えーと、賢者様のお供で、龍神様の住まう神山へ、月例の伺候に向かうところです。今回も翼竜便を使うことになりまして。」
表向きは賢者様の伺候だが、龍神様がお待ちかねなのは、御伽衆である自分の話のほうだ。月に一度の、ありがたくも気の重い務めである。賢者様が神山で有難いお告げを頂戴していることは周知の事実なので、ここで隠し立てする必要はない。それに、こう見えてピンク髪少女は御三卿の三姫の一人、この国の権力中枢を担う一角だ。賢者様の動向について少し話したところで、問題はないだろう。
そこへ、杖の石突が石畳を打つ音が近づいてきた。受付での搭乗手続きを終えて、賢者様が戻ってこられたのだ。
「あら、ご無沙汰しております、大賢者。レンヴァッテン公爵家のモモにございます。ご健勝のようで何よりですわ」
ピンク髪少女は、さっと背筋を伸ばして居住まいを正した。さっきまでの勝ち気な口調が嘘のように、声が柔らかくなった。賢者様の前では、いつもこうなのだろう。緊張しながらも、どこか嬉しそうに見える。
「うむ。レンヴァッテン公爵家のモモ嬢じゃな。しばらく見ぬうちに、すっかり立派なお嬢様になられた。次期当主に内定したそうじゃな。ますます研鑽を積まれるがよい。それと、シズの復学の折には、そなたも一役買ってくれたと聞いておる。礼を言うぞ」
「礼だなんて。シズは、あたくしの幼馴染ですもの。当然ですわ」
「ありがたいことじゃ。これからも、あの子をよろしく頼む」
賢者様は穏やかに頷き、こちらに向き直った。
「ナナシノ、出発の前に、ここの竜舎長と済ませておきたい話ができた。奴とは儂一人で会ってくる。話が済み次第、出立するゆえ、それまでどこか落ち着ける場所で待っておれ。モモ嬢が構わぬなら、待つあいだ、こやつの話し相手になってやってくれんか」
「承知いたしました、旦那様。」
「ありがとうございます、おじ様。ちょうど、ゴンベエとは積もる話があったのです」
――ん、賢者様の前でその名を?
思わず肩が跳ねたが、賢者様は眉ひとつ動かさず、「うむ」と頷いただけで、杖をついて竜舎の執務棟のほうへ歩いていかれた。
「ほら、行きましょ。あっちに関係者控室があるわ。席を用意させるから」
軍務で来ているお嬢様なら、控室の使用くらいは融通が利くのだろう。後について歩き出すと、廊下に人気がなくなったところで、ピンク髪少女がちらりと振り返った。
「……なによ、その顔。ゴンベエがあんたの本当の名前だって、大賢者はご存じだって言ってたじゃない。モモ、ちゃんと覚えているわよ」
なるほど、合点がいった。賢者様が事情を知っているから、この場では安心してゴンベエ呼びができる。ピンク髪少女なりの使い分けというわけか。やっぱり、ゴンベエ呼びは特別にしておきたい、で間違っていないようだ。
―――
控室の窓の外では、翼竜が前肢で地面を蹴り、勢いよく飛び立っていく。椅子に向かい合って座るなり、ピンク髪少女は落ち着きなく髪をいじり始めた。
あれれ? ピンク髪少女が急に歯切れ悪くなった。
「ところで積もる話とは何でしょうか?」
「ええと、それね……えっと、あの、そう、帝国の貴族の娘。彼女は今どうしているのかしら?」
「ああ、ロセッタ様のことですね。厳密には共和国の元貴族らしいですよ。本人から聞きましたから間違いありません。」
「そ、そんなことより、そのロセッタ。ロセッタは今どうしているのかしら? 今も、そのー、上屋敷に出入りしていたりするのかしら……?」
「ああ、そんなことですか。自分の研究にどうしても必要な一次資料を探しに、なんでも海の民の島に向かったようですよ。でも、どうしてロセッタ様の動向なんか気にするんです? わざわざ、こんなところで席を用意してまで。まさか、積もる話がロセッタ様の話だったなんて。そんなに仲良しでしたっけ?」
「ち、違うわ。別に気になってなんか……。ううん、違わないけど、違うのよ。……そう、もっと大事な話があるんだったわ! それより、ゴンベエ、ここがどこだか分かっているのかしら?」
「ええ、存じておりますとも。竜騎兵団基地で、竜舎があるところです。これから私たちが搭乗する翼竜便の発着場でもありますね。」
「そう、それよ。ゴンベエももう知っていると思うけど、こう見えてもモモは軍務についているのよ」
「ええ、存じ上げておりますとも。確か、魔法師団長付き副官、兼後方支援連隊長付き副官でしたよね。」
「それだけじゃないわよ。『魔導中継哨整備特命担当官』もよ。今日はその特命案件の相談で、ここにきているの!」
「ほう、それは大役ですね。それで、その特命案件とは? あっ、またまた失礼しました。どうも、好奇心が先に立ってしまう質でして。忘れてください。おいそれと、外部の第三者に漏らせる職務ではありませんからね。」
「そう、それよ。それをゴンベエに相談したいの。魔導中継哨がやっと正式運用に漕ぎつけたのよね。そこで、あんたが以前言っていた、『ぢゅあるゆーす』だっけ? それから、通信網に『じょーちょーせい』を持たせるための仕組み。それを、逓信院の担当官と、ここの竜騎兵団の指揮官に説明しなきゃいけないのよ。モモがうまく説明できるように、あんたの知恵を貸しなさいよ!」
「ああ、『デュアル・ユース』と『冗長性』の件ですね。」
「そう、それよ! どっちも、ファルケネラーレ侯爵家の所管だから、そこと極めて親密なレンヴァッテン公爵家の出番というわけ。逓信卿と空軍団長の両方を出している家だからこそ、モモが矢面に立たなきゃいけないのよ」
「そうでしたね。忘れるもんですか。通信兵科の創設の際、ニーブルン家も駆り出されたおかげで、ニコラウス様から振られる私の仕事も倍に増えましたからね。」
「だからね、いつもの、小難しい提案をぱぱっと聞かせて頂戴! そうね、新しい案を導入するにあたっての功罪をいくつかと、導入する際の留意点をいくつかと、段階的導入の手順あたりね。これでも、ゴンベエが言いそうなことは大体もう予想がつくようになったんだから。そういう材料を並べると説得力が増すことも、十分に勉強させてもらったんだからね!」
「はあ、それはそれはようございました。それじゃ、今からざっと口頭で整理して差し上げますね。文書にするのは、神山から帰ってからになります。神山への往復の間に清書しておきます。では、ここでは要点だけを……。」
要点だけ、と言いながら、頭の中では、既に箇条書きが並んでいる。これが職業病というやつだろう。
1.通信網(魔導中継哨)の冗長化
① 魔導中継哨の幹線を複線化する。長距離・高出力の一方向通信を担う系統と、短距離・低出力の双方向通信を担う系統を併設し、片方に障害が発生しても通信を維持できるようにする。
② 魔力テレパシー以外の通信手段を併用する。腕木通信、狼煙、駅伝制などを組み合わせれば、魔導中継哨そのものが停止した場合にも、代替経路を確保できる。駅伝制の中継地点は、従来の幹線道路に沿って配置するが、魔導中継哨は街道と無関係だから、道路寸断時の予備となる。
「次に、デュアル・ユースです。こちらは通信と輸送を分け、それぞれのサービスにどんな利用形態があるか整理します。」
こちらは、どんな活用方法があるか、発想を広げたいということらしい。
2.通信・輸送網のデュアル・ユース
① 軍用秘密通信便:作戦司令、秘密任務命令、部隊間の定期連絡。
② 民間通信便:一般人、商人、官公庁が利用。通常の通信文書や書簡を運ぶ。
③ 軍用輸送便:兵装、少人数の秘密部隊、将校、特殊小型貨物の輸送。
④ 民間輸送便:荷主から預かった貨物の輸送。
⑤ 民間旅客便:少人数の民間人の輸送。
「通信サービスには、一斉周知を行うブロードキャスト型、短文を個別に送る電報型、暗号通信型、符丁を使うモールス信号型などを組み合わせます。輸送サービスなら、チャーター便、臨時便、定期便といった運航形態を組み合わせるわけです。」
一気にまくし立てるように解説を終えて顔を上げると、ピンク髪少女は口をぽっかりと開けたまま、完全にフリーズしていた。
「……(ぽかん)」
うん、久しぶりにピンク髪少女の見事な「ぽかん顔」を拝むことができた。これはこれで、なかなか見ごたえがある。癖になりそうだ……。
─── ■ Section 03 ──────────
◆ ナナシノ視点:翼竜背上・トレディン氏「翼竜怖い」
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「わー、ぎゃー、高いよー! 速いよー! 怖いよー!」
……どこぞの大富豪の御曹司のような情けない悲鳴である。
もちろん、実際にトレディン氏の声が聞こえてくるわけではない。遠目に、後部座席に必死にしがみつき、顔面蒼白で何やら口を動かしている様子が見えるだけで、声はあくまで想像による脳内再生である。とはいえ、唇の動きと状況からすれば、だいたい当たっているだろう。
同情してやりたい気持ちもあるが、そうも言っていられない。竜騎兵団基地からの出発が一時間半も遅れているのだ。竜舎で翼竜を初めて間近に見た途端、白目を剥いて失神すること一時間。いざ搭乗となれば、今度は嫌だ嫌だと駄々をこねること三十分。
これ以上遅れれば、到着予定の国境警備基地で我々を待つ守備隊や、最南端の魔導中継哨に詰める中継術士たちにも迷惑がかかる。
まあ、トレディン氏の気持ちも分からなくはない。何しろ、周囲を見渡せば翼竜、翼竜、また翼竜。自分たちの乗る二機を、護衛の竜騎兵たちが前後左右から取り囲み、編隊を組んでの滑空である。普通の商人がいきなりこの光景に放り込まれたら、平静でいられなくても仕方がない。
そもそもの発端は、先日、竜騎兵団基地でピンク髪少女にばったり遭遇したことだった。彼女と、通信網――魔導中継哨の冗長化と、通信・輸送サービスのデュアル・ユースについて話すうち、翼竜便についても試行運航を行い、実際のデータを集めたい、という話になったのだ。
翼竜は、これまで軍用として運用されてきた。民間人を乗せるとなれば、搭乗手順や安全管理、運航上の注意点など、実地で確認すべきことがいろいろある。実態に基づいて情報を集め、将来の運航計画に反映させたいというわけだ。
そこで、王国へ急ぐ商用があり、ニーブルン家の伝手で国境付近まで翼竜で行く手筈を整えている。賢者様が竜舎長と話し込んでいるのも、その手配のためだろう、と漏らしたところ、ピンク髪少女がこの話に飛びついた。
「だったら、その商人との王国行き、実証実験の第一号に認定するわ。民間人輸送の情報集めに協力してちょうだい」
だそうだ。
あれよあれよという間に話は大きくなり、翼竜便、実証実験の第一号となる王国行きのチャーター便が、こうして仕込まれた。しかも、要人輸送を想定した空の護衛の在り方や、中継哨同士をつないだ運航状況の確認、翼竜便と魔導通信の併用運用の試行まで加わった、かなり大掛かりな実証実験になっている。
当初は、ニーブルン辺境伯家とファルケネラーレ侯爵家の親しい関係に頼って、ひっそりこっそりチャーターするつもりだった。それが、魔導中継哨整備特命担当官のお墨付きで、正式に護衛小隊までつくことになった。道中の安全が高まるのだから、歓迎しない手はない。
編成は、次のとおりだ。本隊一機、護衛四機、合計六機。
本隊(チャーター翼竜):二機
1号機:騎手 + ナナシノ
2号機:騎手 + トレディン氏
護衛(竜騎兵小隊):四機
ポイント(前衛・索敵):一機(先行して魔導中継哨と空路の安全を確認)
エレメント(直衛・左右/後方):二機(本隊を挟んで密着警戒)
小隊長機(指揮):一機(全体指揮と予備警戒)
小隊長機のみ単座、他は複座で記録員が同乗する。よって護衛の竜騎兵は計七名。
うん。これだけ物々しい編成になれば、トレディン氏でなくとも驚くだろう。
翼竜が怖いだけではない。屈強な軍人たちに取り囲まれ、軍さながらの編隊飛行に参加させられているのだ。氏が腰を抜かして失神し、搭乗をあれほど嫌がったのも、翼竜だけでなく、居並ぶ強面の空軍兵士にも怯えたせいだろう。普通の民間人が、軍人を間近に見て心穏やかでいられるはずがない。
ちなみに、陸路で王国へ向かう場合はどうなるか。
保護区(神域)は一般人立ち入り禁止なので、大きく迂回し、中央山嶺を越え、砂漠の民が行き交う大砂漠を横断しなければならない。王都まで、陸路なら約一か月というところだろう。それが、翼竜なら一日で中央山嶺の南麓の国境まで着いてしまう。
しかも山嶺には山賊や追い剥ぎが出るという噂だから、空を飛んで行けるのは実にありがたい。移動時間の短縮と、往復の旅程の安全確保は、旅人にとって何よりの福音である。
そうこうするうち、中央山嶺の上空に差しかかった。高度が上がったせいか、防寒具を着込んでいても寒さが身に染みる。さらに、山岳地帯特有の気流の乱れに巻き込まれたのか、翼竜が急降下・急上昇・急旋回を繰り返す。そのたびに、トレディン氏の絶叫が響き渡る(あくまで映像から導かれる脳内再生)。やがて、叫び疲れたのか、急な動きにも反応しなくなった頃、ようやく空の旅の終着地が見えてきた。共和国最南端の魔導中継哨を併設した、国境警備基地である。
翼竜が高度を下げるにつれ、体感温度がぐんぐん上がっていく。今度は乾燥した空気がぴりぴりと肌に刺さるようだ。
(そうだった。中央山嶺の南側は砂漠気候だったな。)
知識として知っていることと、実際に体感することは、ずいぶん違うものだ。
気流の乱れもあって、予定より合計二時間遅れで、我々はようやく現地に到着した。護衛の竜騎兵とはここで別れ、我々は隊商宿へ向かった。彼らに疲労の色はまったくなく、よく訓練された精鋭ぞろいのようだ。なかでも、小隊長の精悍な顔つきが印象に残った。後で聞いた話では、ファルケネラーレ侯爵家の本家に連なる御曹司で、ピンク髪少女――いや、モモ・レンヴァッテン公爵令嬢との婚姻話があったらしい。
ところが、公爵令嬢が次期当主を宣言したため、軍務を離れて他家へ婿入りするわけにはいかず、話はご破算になったという。もし、お嬢様の次期当主宣言に、自分が関与していたと知られたら、恨まれて何かされるかもしれない。……別れ際、小隊長がこちらをちらりと見た気がするが、気のせいだろう。いや、考え過ぎか。
隊商宿で部屋を借りて、小休止すること小一時間。ようやくトレディン氏が復活した。顔色も戻り、口調にもいつもの調子が戻っている。
「ナナシノ様、空の旅では醜態をお見せして、大変申し訳ありませんでした。どうか、ここで見たことは誰にも言わないでくださいね」
「ええ、もちろんです。」
「さて、ここからは砂漠越えです。砂漠の民のキャラバンに加えてもらい、王国へ向かいます。賢者様に御用立ていただいた身分証明書のおかげで、この宿で手続きをするだけで国境を越えられます。賢者様、さまさまですね。普通なら、関所の国境警備隊にいくらか鼻薬を嗅がせても、二、三日は足止めを食らうのが常ですから」
「やっぱり、こっちでも、国境を越えるのは難儀なんですね。」
「ええ、こっちは、そっちほど国境警備が緩くありませんからね。ナナシノ様にも、こっちの本当の国境越えの難しさをいつか体験していただきたいものです」
「ええ、時が来れば必ず。それにしても、翼竜便のまま王都まで行けたら、旅もずいぶんと便利になるんでしょうね。」
「……えっ? 何を言っているんです?」
トレディン氏が、信じられないものを見るような目を向けてきた。
「翼竜に乗ったまま国境を越えるなんて、領空侵犯ですよ! 一般論として十分に宣戦布告の理由になります。下手をすれば、その場で撃ち落とされても文句は言えません! この場合は、戦闘再開の立派な口実になります。王国とは休戦条約すら締結されていません。今は小康状態を保っているだけの交戦相手なんですから!」
なるほど。そこは、確かに考慮しなければならない。
「だからこそ、賢者様の身分証明書がありがたいんです。このまま王都へ入れるんですよ。それなのに、翼竜に乗ったまま王国領に入って、いきなり攻撃を受けて命を落とすなんて、まっぴらごめんです」
トレディン氏は、そこで大きく息を吸った。
「ナナシノ様は常々、常識がない方だと思っていましたが、これほどとは……。やっぱり、私がついていないとだめなんですね。頓智で、いつも商売の問題をスパッと片付けていただいているから、ナナシノ様の本性を忘れかけていましたよ」
「それはどうもすみません。こっちの常識については、ほんと、頼りにしています。それで、次は砂漠横断ですか。旅情が刺激されて、今からワクワクします。」
「ええ、地上のことならお任せください。キャラバンと一緒に、緑洲都市をたどっていきます。都市ごとに個性的な天幕街がありますから、棚に並んでいる品を眺めているだけでも楽しいですよ。それから、水鏡亭には必ず寄ります。あそこの名物料理は絶品ですからね」
さっきまで空の上で死にそうな顔をしていた人と、到底同一人物とは思えない。
まさに、水を得た魚――いや、地面を得た犬、といったところか。
地に足をつけたトレディン氏が元気を取り戻して、何よりだ。




