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双月と龍神

 体の節々が痛い。激痛というより鈍痛の類。倦怠感もある。なるほど、JCSで評価すれば、Ⅰ-2. 見当識障害がある(場所や時間、日付が分からない)に該当していそうだ。早速、大して自慢にもならない雑学レベルの豆知識で誰に聞かせるでもなく自己分析を始め、一人悦に入る。


 目を開くと、そこには満天の星空が広がっていた。こんなきれいな星空を眺めることができるなんて、ゼミ合宿以来のことで数十年ぶりだ。飛び切り心地よい記憶が蘇り、なんだかとても懐かしい感じがする。


 しかし奇妙ではある。体調が悪いまま星空を見上げる格好になっている。野外で仰向けに寝ている様を客観的に解析してみるに、そうなった原因に思い当たる節はない。生来の下戸(げこ)だから、まさか泥酔してそのまま地面に寝転がっていたわけでもあるまい。また、腕っぷしが強い方でもないから、好んで誰かと格闘でもしてノックアウトされ、地面にころがされていたわけでもあるまい。


 思案を巡らせていたが、その内、視野の端に双月が映っていることに気付いた。大きさがやや異なるピンクと青白い双月だ。赤い月は、大気の影響や皆既月食で実際に見られるが、たった今、目の当たりにしているピンクはそれよりアニメチックではある。一方で小さい方は、天王星や海王星のように青白く輝いている。こちらは、大気に含まれるメタンによって赤色光が吸収されたと考えれば、物理的には現実的な色に思えなくもない。


 いずれにせよ、1. ピンク色の月がある、2. 双月が存在している、という2点から、今目の当たりにしている光景は現実世界のそれではないことが確定した。であれば、この不可思議な光景を説明する理由を探さねばなんとも落ち着かない。さあ、仮説出しに勤しむこととしようか。


 この光景が目に映っている原因・理由として、1. 夢を見ている、2. ゲームなどの仮想現実を見せられている、3. 異世界にいる、辺りが妥当だろうか? 次ステップとして、それぞれの仮説を検証してみよう。


 1. 夢を見ている、は残念ながら真っ先に否定されるだろう。なぜなら、自分が見る夢の約90%は覚醒夢(明晰夢)だからだ。つまり、自分がいま夢を見ているかどうか、夢の中で自覚できるのだ。これはとあるトラウマが理由で悪夢に悩まされ続けた結果、身に着いた自己保身のスキルでもある。


 夢の中で不条理な目にあったり、常識外の光景を目にしたりした際、一旦落ち着いてこれは夢ではないかと自問自答してみる。そこで覚醒できなければ、夢の中で、目を覚ますルーチンとなる動作、①首を左右に激しく振る、②手足に力を入れて力む、③起き上がる・ジャンプする・走るといった激しい運動を始める、を続ければ、その内、覚醒夢(明晰夢)と自覚できたり、実際に目を覚ましたりできるのだ。


 結論から言えば、覚醒に至るルーチンを再三実行してみたものの、覚醒夢(明晰夢)という自覚も得られなければ、目を覚ますこともできなかった。であれば、次なる検証に移らねばなるまい。しかし、2.の仮想現実を見せられているも、残念ながら否定せざるを得なかった。


 そもそも、プロジェクションマッピング等で仮想現実を見せてくれるような施設を利用した記憶はないし、ゴーグルのようなガジェットを購入・利用した記憶もない。それに、画面上にはコンソールらしきものも登場しないし、両手から、キーボードやジョイスティック等の入力機器に触れている感覚もない。


 3. 異世界にいる、については検討する余地もない。そんなこと、荒唐無稽もいい所だ。ライトノベルやアニメじゃあるまいし。第一、トラックには轢かれた記憶も無いし、ここまでの所、女神にも会ってもいないしね。確かに、異世界転生は、現実逃避の手段として理想的かもしれない。現世の辛いことから緊急避難的に逃れられて、心の平安を取り戻せるのはとても素晴らしいことに違いない。


 ここまで思考を巡らせてみて、はたと気付いた。そうか、現実逃避か! 上記、1. 2. 3. の仮説検証も完全に無駄ではなかった。自分なりにもっともらしい仮説を組み立ててみる。つまりこういうことだ。


 現在、自分は覚醒夢(明晰夢)のようなものを見ている状態にある。それは、詳細な状況と技術は分からないけれども、完全没入型のインターフェース等を用いていることが前提となって、五感全てでリアルさを感じることができる世界として構築されているのだろう。そして、その舞台設定は双月が空に浮かぶような異世界になっている、というものだ。


 そして、どのように行動して、どのような人たちと出会うか、そしてどのような出来事に遭遇するかはすべて自分の想像力次第という訳だ。これは現実逃避しながら娯楽としてエンタメを消費するのにうってつけの状況だ。物語を想像(創造)するのは昔からぼっち傾向が人一倍強かった自分の得意分野でもある。


 この認識に至ったところで、当初のショック状態から気持ちも随分建て直せてきた気がする。さあ、いろんなしがらみを忘れ、思いっきり想像の世界にどっぷりつかって、このエンタメを娯楽として楽しむ他ないだろう。どうせ今の自分にとっては、現実世界なぞ何の未練もないのだから。


 では再び、自分が置かれた外部環境の分析に戻るとしようか。空には星空が広がっているから、現時刻は夜ということになる。星座の形も見たことが無いものだし、季節が分からないから、記憶の片隅にある星図から現在時刻を推測することもできない。一旦夜が明けるのを待ってから周囲を探索するのが良いだろう。


 それでも上体を起こし、周囲を見回してみる。地面はごつごつしていているものの、底冷えがする感じでは決してない。星明りで照らされたそれは、規則的な凸凹を見せている。まるで爬虫類の鱗を思わせる。火山岩の表面やマグマの流動面に平行に発達する、規則正しいその割れ目は、板が何枚も重なったようで、まるで板状節理のようだ。


 おそらく、火山活動が近い所で発生しているのだろう。夜間なのにそれほど寒い感じはしないのはそのせいだと一人合点する。遥か遠方に向かって目を凝らして眺めてみるも、双月による月明かりだけでは心もとなかった。地平線は判然とせず、360度全てにわたって、針葉樹林が広がっていることを想起させるような樹木の鋭いギザギザのシルエットに覆われていた。


 さて、空と大地は一応確認した。普通に呼吸できているから、大気組成は元の世界と同じか、異世界でも普通に呼吸できるように設定変更がなされているに違いない。では、自分自身のコンディションをみてみよう。身に着けている衣服は、上下黒の固めの生地服で金ボタン、いわゆる学生服というやつだ。意外なことにメガネはかけていなかった。それでいて、視力が悪くて遠くが見えづらいということもない。ということは……


 念のため、あちこちの関節を動かして運動性能を見てみる。立ち上がって体を捻ったり飛んだりしてみる。違和感しかない。体が軽すぎるし、関節の可動域が半端なく広い! 昔ケガして若干の後遺症がある部位だって何ら不都合なく動かすことができる!


 そこまでの過程で恐ろしいことに気がついてしまった。学生服の襟に着いている校章の手触りでピンときてしまった。なんと身体が中学生に戻ってしまっている……


 ◆


 さて、意識はそのままで、身体だけ中学生に戻ってしまっていることが判明した。このことが非常に重要な問題を孕んでいるだろうということはすぐに理解できた。つまり、自分の身の上に、どのような形態の異世界転生(広義)か発生したかということだ。


 まず、一番広い概念として、現世の意識・経験・知識をそのまま保持して、異世界に飛ばされることを「広義の異世界転生」と定義づけよう。そしてそれは、どのような身体的あるいは人格的特徴をもって異世界に存在するのかで細分化される。


 現世の意識・経験・知識を持ったまま、異世界で赤ん坊として誕生してきたら、それは「狭義の異世界転生」だ。古代インドの宗教哲学に端を発し、仏教やヒンドゥー教等の根幹をなす思想のひとつである「輪廻転生りんねてんしょう」から来る概念だ。


 一方で、赤ん坊としてではなく、異世界にてある程度の社会生活を行ってきた人格にそのまま現世の意識・経験・知識が転写または乗り移ってしまう状態は、「異世界憑依」といえる。それまでの人格が形作ってきた人間関係や社会的地位などとどのように折り合いをつけていくか、また、元の人格と一時的に入れ替わるのか、それとも永久に塗り替えられてしまうのかで、その後の行動指針が左右されることも多い。


 現世にいたそのままの人格と身体で異世界に発現してしまうのは「異世界転移」と呼ぶことができる。空間座標だけ異世界に移動してしまうとイメージすればわかりやすい。異世界と現実世界を行ったり来たり、双方向で移動しやすいのはこのパターンが多い。


 さらに、異世界転移する直接的な理由やきっかけの違いで、「異世界転移」は「異世界召喚」と区別される場合がある。「異世界転移」は、事故や偶然、異世界と現実世界を統べる神的な存在やシステムによって転移させられるとされることが多く、「異世界召喚」は、異世界に存在する誰かが意図的に現実世界から呼び出す結果もたらされる異世界転移だと整理するのがスッキリする。


 なぜなら、「異世界召喚」のケースでは、現実世界に戻るには、魔王を打ち倒す等の召喚目的の達成が条件となっていたり、そもそも現実世界に戻れなかったりするという設定が多いからだ。


 ここまでの考察をいったん整理してみよう。異世界に他人の身体で存在してしまうことは「広義の異世界転生」とすると、赤ん坊の立場で転生すれば「狭義の異世界転生」で、ある程度の社会的地位と人間関係を保持している人格に移れば、「異世界憑依」となる。


 そして、自分自身の身体で異世界に存在すれば、それは「広義の異世界転移」であり、偶発的または事故的に転移すれば「狭義の異世界転移」に分類され、異世界側の誰かが意図的に呼び出した結果の転移なら、特に「異世界召喚」ということになる。


 1.異世界転生(広義)

  1-1. 異世界転生(狭義)

  1-2. 異世界憑依

 2.異世界転移(広義)

  2-1. 異世界転移(狭義)

  2-2. 異世界召喚


 別に、異世界転生のついての論文を書いて世に問う目的ではなく、自分が置かれた状況を整理し、今後の行動指針策定のよすがにするためだけの100%自己都合による分類にすぎないから、これに文句を言われても困ると予め断っておく。


 そのうえで、自分が置かれた状況の複雑さに困惑を隠しきれない。中学生の身体とはいえ、自分自身の身体だから、今の状況は、少なくとも「2.異世界転移(広義)」に分類されるだろうか?


 しかし、意識が宿った身体が過去の自分の身体だから、ここにタイムリープの概念が介在してくる。ああ、また来た! お次は「タイムリープ」だけに留まらず、「タイムスリップ」「タイムトラベル」「タイムワープ」「タイムループ」の類型化か。いや、「パラレルワールド」の線も捨てがたい。


 いやはや、ここまでくれば最早職業病といってもよいだろう。細かく分析すればよいというものでもない。大局を見失わないようにしなければならない。ここでは、「時間軸的には、意識だけ過去の自分の身体に飛ばされた“タイムリープ”的な状態で、空間座標的には、異世界に飛ばされた(狭義の)異世界転移」の状態であると一先ず理解しておこう。


 つまり、現世に戻りたければ、①時間遡行から戻る、②異世界から現実世界へ戻る、という二重の苦行を行わなければならないということだ。まあ、戻りたいなら、または戻らねばならない切実な理由があればだけれどもね。


 よし、現状分析はこのぐらいにして、次は行動指針策定に移ろうか。プロットとしては、異世界召喚辺りであれば、召喚目的達成のために、例えば魔王を倒すのならば、修行でも旅でも具体的な行動はいくつか思いつくけれど、タイムリープ付の異世界転移では、どう攻略すべきか思案投げ首の状態だ。


 まずいな、このままでは何の結論も得られそうにない。思考のベクトルを変えてみよう。これまで嗜んできたエンタメ作品から何かヒントを得ることはできないだろうか? 人並みには異世界アニメを履修してきただけの自負はある。


 俺TUEEE系、デスゲーム・VRMMO系、悪役令嬢系、スローライフ系、生産系、冒険者系、ざまあ系、石鹸枠など、一通り視聴してきたつもりだ。


 これが、チート級の隠された能力に覚醒して、追放された勇者パーティーを見返すプロットに沿った状況ではなさそうなことに安堵はしている。だって、復讐とか仕返しとか、全く持って時間の無駄だからね。


 もし、仮に自分にチート級の能力が備わっていたとしても、それを決して表沙汰にはしないだろう。だって、それって非常にまずいイベントフラグを立てて、火中の栗を拾うことと同義じゃないか。エンタメの中の娯楽としてユーザに消費される行動様式とそれに付随する活動結果は、実際にその行動を強いられる当事者にとっては苦行以外の何物でもないのだから。


 ということは、逆説的に、自分がこれまで嗜んできたエンタメ要素から考えだしたプロットや行動様式を、回避していけば、とりあえず自己保身につながるのではないか。よし、いくつかお気にの作品を整理しておくか。


 小説で言えば、「四国志」「金英伝」「本好きの天下統一」、ゲームで言えば、「COV6」「KOUFU」「ホワルパ3」辺りか。なるほど、改めて考察すると、今やっと再認識できた。これらお気にの作品の共通点は、「自分の好きを極めろ、さすれば道は開かれん」だと。なんてこった、あまり示唆は得られなかったか、、、


「その作品とやらの内容をもう少し詳しく聞かせろ」


 突然、頭の中に、それこそ恐ろしく厳格でかつ、それでいて神々しい声が鳴り響いた。


 ◆


 な、なんだ今の声は!? 辺りを見回したが、声の正体は一向に掴めない。


「こっちだ、(なんじ)の意識をこっちに向けてみろ」


 どれだけ耳をそば立てても、実際には何も聞こえやしないし、いくら辺りを探っても何も見えない。


「仕方がない奴だ。汝、そのまま正面を向いたままで目を逸らすなよ。意識を集中させて、正面だけを見ろ、よそ見をするではないぞ」

 仕方なく、その声なき声に従い、恐る恐る正面を窺う。やがて、ぼんやりと暗闇から、厳つい爬虫類系の大きな頭が浮かび上がってくるのが分かった。


 蛇に睨まれた蛙とはこれをいうのだろう。身じろぎひとつできずに、恐怖で全身が硬直した。しかし、背筋がゾクリというより、全存在がこちらを貫き、ちょっとでも気を許せばそのまま昇天させられるような絶対的な力による支配と服従という感覚が全身を駆け巡った。


 それは、西洋流のドラゴンとも、東洋流の龍とも見て取れる、巨大な生物の頭だった。しかし、その眼光は鋭く、かといって威圧だけではなく、何か透明感というか、全てを超越した落ち着きも見せていた。


 ここまで来て、いくらか落ち着きを取り戻すことができた。さあ、次の行動は決して間違わないようにしよう。この巨大な存在は、今自分に話しかけている。つまり、言葉が通じてコミュニケーションができるという訳だ。であれば、会話を通じて意思疎通することで、捕食されてしまうという最悪の事態を回避できる可能性があるのではないか。


「悪いが汝はあまり美味しくはないようだ。であるから安心せい」

 なんと、こちらの心が読めるのか。やっぱり異世界は一味違う。テレパシーが存在するのか。しかもおいしそうに見えないから捕食しないだと。これはますます会話によって事態を収拾しなければならない。


 できるだけ丁寧な口調で、失礼が無いように心がけて、言葉を一つ一つ選んで第一声を発する。

「大変失礼致しました。私には、決して龍神様に危害を加える意図はございません。近辺をお騒がせして大変申し訳ありません。言い訳になりますが、実は、なぜ私がここにいるのか記憶が一切ないのです。自分の名前すら憶えていません。ですから、どうやってここに来たのか、なぜここにいるのか、自分自身が何者であるのかも定かではありません。」


「であろうな」


「しかしながら、誓って申しますが、あなた様に危害を加えようとか、利用しようとか悪意は全く持って持ち合わせておりません。ですから、お見過ごし頂ければ幸いでございます。」


「いや、汝を見過ごすことはできぬな」


「それだけはご容赦ください。では何をすれば許されますでしょうか?」

 とりあえず、現況説明はできた。次は交渉によって何らかの譲歩を引き出し、有利な条件を見つけるしかない。


「……ん、ではまず、その口を塞いでもらおうか。声が聞き取りにくくてかなわぬ」


 声が聞き取りにくいから逆に口を閉じろだと? 何かの聞き間違い、勘違いでもしたのだろうか? その後、二言三言、言葉を交わしてようやく意味を理解することができた。結論から言うと、リアルに声帯を震わせて、口から音声を発しても、言語として理解できず、却って意思疎通に邪魔なノイズになるとのこと。意識を集中して思念を言語化すれば、それを読み取ることができるという。


 そういえば、こちらが口を開かず脳内で巡らせた思考に向うが最初から反応していたのだから、気づくのが遅かったのはこちらの不手際といわざるを得ない。さらに興味深いことに、自分の口から発した音声言語と、脳内意識から読み取った言語データに齟齬があるのだという。


 つまり、脳内で「リンゴ」という言語イメージを持ちつつ、声帯を震わせて口から出た音声データが「アップル」だということらしい。そりゃあ、受け取り手からすれば、会話のすべてが常に「アップル(リンゴ)」のような二重写しで言葉を投げつけられもすれば、煩わしいにもほどがあるというのも納得である。


 一難去ってまた一難である。であるならば、これは非常にまずいことになる。なにせ、自動的にテレパシーが使える超能力者になってしまったということは、表面的には大変喜ばしいことのようにも思えるが、一方で隠し事ができないということにもなる。つまり、「内心の自由」が完全に損なわれるということだ。


 しばらくこのことについて思い悩んでいると、龍神様(仮称)からすぐに回答が来た。簡単に整理すると、①言葉にして相手に伝えたいと意識した概念やイメージのみが伝わるようになっている、②但し、訓練すれば、相手側のより曖昧な意図やイメージを言語化して受け取ることができようになってしまう、③反対に、当方の意図を探られないように心の防壁を強化することもまた訓練を重ねることで可能になる、④相手側に心が読まれたかどうかは、ある程度自分で感知することができ、その感知度も訓練によって強化できる、ということらしい。


 そしてさらにややこしいことに、上記①~④について、この世界の人々には自覚が無いらしいということ。その理由としては、この世界では話し言葉は統一されていて、「リンゴ」⇔「アップル」という意味と音声データの乖離は認識されないからだ。


 ここからは、自分の現実世界の言語体系による比喩表現に過ぎないのだが、もちろん、一種類の柑橘系果物に対して、ある地方では「ミカン」と呼び、別の地方では同じものを「オレンジ」と呼んだりするそうだ。しかしながら、発話者の意識下で「ミカン」と想起されたものを発話上も「ミカン」と音声データ化されるので、通常、同じ種類の果物を「オレンジ」と呼び習わしている話者も、「ああ、あなたはそれを『ミカン』として理解しているのね」と自然に受け取れるのだそうだ。


 そういうわけだから、この想起イメージ上の言語データと、音声データの乖離について、あまり大っぴらに話すものではないし、自分の立場を守るために秘密にしておいた方がよいというありがたいアドバイスまで頂戴した。


 さらに龍神様(仮称)の尊称については、こちらの意図・背景や用語法が十分に理解できるため、その尊称の継続使用が許された。本音を言えば真名(まな)が知りたかったが、それは立場の違い上、不遜極まりないから思い留まることにした。


 そうこうしているうちに、このテレパシー通信(仮称)にも大分慣れてきた。コツとしては、ズバリ「黙読」ということになる。脳内に極めて明確な言語イメージを保持するというテクニックということで、「黙読」によって脳内に活字が浮き上がってくるイメージを持ち続けることで、龍神様との会話をスムーズにすることが次第にできるようになった。


 言い換えれば、弁論大会におけるスピーチを事前に暗記して、脳内で再生しながら発表したり、ディベートで反駁を考えながら話したり、プレゼンでパワポ上の図表に対する説明ストーリーを組み立てつつ話すといった言語経験を常に実践することに他ならない。


 黙読型での会話は、若干話すスピードが通常運転時より落ちるものの、実用に支障はない感じで、龍神様による一問一答には卒なく対処していけるように、徐々に慣れていった。龍神様は至って異世界(つまり自分から見たら現実世界)にご執心で、龍神様への回答を重ねるうちに、なぜ自分がここにいるのかの理由もだんだんと明らかになっていった。簡単に言えば、「龍神様がそれを望み給うたから(Deus(デウス) vult(ウルト))」ということに尽きる。


 龍神様ご自身はあまり記憶が定かではないらしいのだが、かれこれ、6000万年ほど生きていらっしゃるらしい。ただこれも推測で、その頃には同種の個体もちらほら散見されていたけれど、それ以降は同種の存在にはとんとお目にかかった試しが無いそうだ。


 長く生きれば生きる程、徐々に不明なことが少なくなり、好奇心を擽られることも減少する一途だったそうだ。世の中に対する興味関心が薄れるにつれ、生存欲求もだんだんと弱まり、何をするにしても欝々とする日々をお過ごしになられていたようだ。


 そこで、冬眠のような休眠期間をほんの暫く(といっても、その期間が何百年だったり、数千年だったりする)とることで、退屈をかこつ時間を削減できたし、その分生命エネルギーを蓄積することもでき、より長寿を達成できる要因にもなったのだそうだ。


 休眠期間をとったらとった分だけ、異なる生態系が反映していることを目にすることができたし、ヒト族の文明が反映していく様を観察していい暇つぶしになったそうだ。ここでいうヒト族というのは、二足歩行で文明を築いた種のことを指し、それは猿から進化したヒト族に限らないのだそうだ。


 つまり、あのファンタジーお決まりの猿から進化した人間以外のヒト族による文明があるときは単体で、ある時には複数並立していたそうだ。犬や狼、蜥蜴の頭をした二足歩行をする種族が存在し、かつ今でも存在しているというのだ。ああ、この異世界には獣人族が現存するのか、是非一目でもいいから会ってみたいものである。


 やがて、手すさびに楽しんでいた二足歩行するヒト族(全般)にヒアリングして、好奇心を満たすという趣味がだんだんとエスカレートしていく。その内に、この惑星上の生命の進化を待つことができなくなり、並行世界というか、別次元に存在する知的生命体を順に呼び寄せるようになったそうだ。


 そう、ここまで言えば、勘のいい諸兄諸姉ならお気づきのことだろう。かくして、自分も龍神様の暇つぶしのために、別次元から召喚されたお伽衆の一人だったというわけだ。もちろん、別次元から意識のある知的生命体を呼び寄せることにはかなりのエネルギーを消費するらしいが、それにしてもはた迷惑この上ない。


「何か今、不埒なことを考えていたような気配がしたぞ」


「いいえなにも、きっと気のせいでしょう。」

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