第八章 ハズレ息子の価値
怪物になったベルゼインは、めちゃくちゃ強かった。
いや、語彙が死ぬくらい強かった。
王城の大広間が、一撃で半分吹き飛ぶ。
柱が折れる。
床が割れる。
貴族たちが悲鳴を上げて逃げ回る。
でも、俺の目には見えていた。
怪物の体を覆う、黒い光。
『評価:★1』
『偽りの価値によって膨れ上がった存在』
『弱点:胸部中央。核となる偽造聖遺物』
見える。
だったら、終わらせられる。
「兄上!」
俺が叫ぶ。
ディルクが頷く。
「右だな」
「分かるのか?」
「お前の顔を見れば分かる」
兄が笑う。
少しだけ。
昔より、ずっとまともな笑い方で。
ディルクが怪物の右へ走る。
父は左。
俺は正面。
怪物の腕が振り下ろされる。
速い。
でも、前より怖くない。
俺には、信じられるものがある。
兄の剣が、怪物の腕を弾く。
父の一撃が、足を止める。
その隙に、俺は懐へ飛び込む。
胸の中央。
黒い光の中に、ひとつだけ。
青白い石。
ベルゼインが作った、偽物の聖遺物。
「終わりだ!」
俺は短剣を突き立てる。
『真実開示』
青い光が爆発する。
怪物の体を覆っていた黒い鎧が、ばきばきと音を立てて崩れていく。
「ば、馬鹿な……!」
ベルゼインの声。
初めて。
初めて、あの男が焦っている。
「私は正しかった! 価値は、私が決めるべきだった! 人は、誰かが支配しなければ――!」
「違う」
俺は睨む。
「お前が決めるな」
光が強くなる。
「人の価値は、人が自分で決めるんだ」
ぱきん。
高い音。
怪物の胸の石が、真っ二つに割れた。
その瞬間。
ベルゼインの体が、崩れる。
黒い煙になって。
偽物の聖遺物も、王城中のものが一斉に砕け散った。
剣。
杖。
首飾り。
全部。
ばらばらに砕けて、ただのガラクタになる。
静寂。
それから。
どおおおおっ、と。
歓声が上がった。
「勝った!」
「終わったぞ!」
「レオンだ!」
大広間が揺れる。
俺は、その場にへたり込む。
疲れた。
たぶん人生で一番。
足も痛い。肩も痛い。あと、明日絶対筋肉痛だ。
「レオン」
顔を上げる。
父が立っていた。
グラナード・アルヴェイン。
強くて、怖くて、ずっと遠かった父。
その人が、俺の前で膝をつく。
「……すまなかった」
また、その言葉。
でも今度は。
前より、ずっと重い。
「私は、お前を見ていなかった」
父の拳が震えている。
「強さだけが価値だと思っていた。結果を出せる人間だけが必要だと思っていた」
俺は黙って聞く。
「だが、お前は違った」
父は、ゆっくり顔を上げる。
「お前は、この家で一番強かった」
……ずるい。
そんな顔、初めて見る。
俺は、ため息をつく。
「今さらですよ」
「分かっている」
「でも」
父を見る。
兄を見る。
泣きそうな顔をしている妹、セシリアを見る。
「……これから考えます」
父が、小さく頷いた。
その隣で、ディルクが笑う。
「お前、最後まで偉そうだな」
「兄上ほどじゃない」
「違いない」
兄は、少しだけ照れくさそうに頭をかく。
「助けてくれて、ありがとな」
「貸し一つな」
「高くつきそうだ」
やっと。
本当にやっと。
俺たちは、兄弟になれた気がした。
そのあと。
王が現れた。
いや、いたんだ。逃げてなかったんだ。
ちょっとびっくりした。
王は立派な服を着ていて、ひげがすごかった。
あと、めちゃくちゃ疲れた顔をしていた。
まあ、そりゃそうだ。
「レオン・アルヴェイン」
王が俺を見る。
「そなたは王国を救った」
周りの貴族たちが、一斉に頷く。
昨日まで俺を笑っていたくせに、現金な連中だ。
「褒美を与えよう。金、地位、望むものを言え」
ざわめき。
父も兄も、驚いた顔をする。
王は続ける。
「アルヴェイン家の家督も、そなたが継げばよい」
静かになる。
全員、俺を見ている。
昔の俺なら。
きっと、飛びついていた。
認められたかった。
必要だって言われたかった。
でも。
今は違う。
俺は笑う。
「いりません」
周りが固まる。
王まで固まる。
「……何?」
「家督も、地位も、いりません」
俺は肩をすくめる。
「だって、それは誰かが決めた価値でしょう」
エリシアが、隣で小さく笑った。
俺は続ける。
「俺は、自分の価値で生きます」
大広間が静まり返る。
でも、不思議と怖くない。
「本当に価値のあるものを、ちゃんと選べる場所を作りたいんです」
市場の人たちの顔が浮かぶ。
ガロン。
パン屋の親父。
誰にも認められなかった、本物たち。
「だから俺は、王様にも貴族にもならない」
王が、ぽかんとしている。
でも、そのあと。
急に笑い出した。
「はっはっは! 変わった男だ!」
失礼だな。
数日後。
俺は市場に戻っていた。
いつもの石畳。
いつもの騒がしい声。
焼きたてのパンの匂い。
何だかんだ、この場所が一番落ち着く。
ガロンの店の隣。
空いていた小さな建物を借りた。
看板を掲げる。
『真実のレビュー亭』
木の看板を見上げて、俺はちょっと笑う。
ださい。
でも、嫌いじゃない。
「いらっしゃいませ!」
開店初日。
店の前には、びっくりするくらい人が並んでいた。
平民。
騎士。
貴族までいる。
「この剣、本物か見てくれ!」
「うちの店のパン、どうすればもっと売れる!?」
「婚約者をレビューしてほしいんだが」
最後のは知らん。
俺は一人ずつ、ちゃんと見る。
剣を見る。
店を見る。
人を見る。
そして、本当の価値を伝える。
誰かが決めた点数じゃない。
その人自身の価値を。
気づけば、隣にエリシアが立っていた。
「忙しいですね」
「お前も手伝え」
「手伝ってます」
帳簿を抱えながら、彼女は呆れた顔をする。
でも、少しだけ笑っている。
「……なあ」
俺が声をかける。
「何ですか」
「これからも、一緒にいてくれ」
言った瞬間。
自分で、自分の顔が熱くなるのが分かった。
うわ。今のなし。
取り消したい。
でも、エリシアは少しだけ目を丸くして。
それから、ふわっと笑った。
「はい」
その笑顔が、たぶん。
今まで見た中で、一番綺麗だった。
店の外に出る。
夕方。
空は、やたら青い。
昔の俺なら、きっと思ってた。
自分には価値がないって。
誰かに認められないと、生きてる意味がないって。
でも、今は違う。
俺は空を見上げて、笑う。
「……やっと、始まりだ」
今回でこの話は一旦終わりです。
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