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【連載版】王太子でも聖女でも悪女でもなく、一番の策士が『剣術バカ(嘘)』の私の婚約者の件  作者: 千秋 颯@3/6「選ばれなかった令嬢~」アンソロ発売!
第三章 さよならに嘘の嘘を添えて

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第62話 何をしても無駄

 朝日が差し込む研究室の中、テレーズは大きく伸びをする。

 それから欠伸をして、目尻に溜まった涙を指で掬い取った。


「全く、必要ないって言ったのに」


 彼女の視線の先では二人分の飲み物を用意するシャルルの姿がある。


「そうはいかないでしょ。オレが話した事、もう忘れたんですか」

「まさか。けど、元教え子に負担を掛けるのは本望じゃないの」

「別に負担だなんて思っていませんよ。ただ、先生の研究がどれだけ貴重なものであるのかを理解しているからこそ、最悪の展開を避ける為にも最善を尽くしたいだけです。先生じゃ、万が一の時に簡単に吹き飛ばされて終わりでしょう」

「だぁれがチビだって?」


 シャルルはくつくつと笑いながら、カップの一つをテレーズへ差し出す。

 それから手元に残ったもう一つのカップに口をつける。


 テレーズが研究室に戻った直後。

 シャルルは研究棟に迫る危機や自身の父についてなど、知りうる情報を全てテレーズへ共有した。

 その上で、必要ないというテレーズの言葉を振り切り、夜通しこの研究室に残っていたのだ。


「夜の研究室の監視が昼よりも厳しいのは知っているでしょう?」

「浮遊型の小型魔導具ですよね。映像を記録する、最新型の」

「そう。魔力の最大貯蓄領と連続稼働時間の兼ね合いで夜間のみの仕様にはなるけれど、当時の光景をそのまま魔導具内に記録、必要に応じて幻影を出現させられる」

「歴代初めての映像記録媒体……。おまけに不自然な動きに反応する追尾型で、故障しても映像記録の復元が可能。製作コストが非常に重く、現時点での量産は非現実的だが、一台あるだけでも充分過ぎる牽制になるし、仮に研究を奪われても映像記録から犯人の特定は容易である、と」

「そ」


 夜間は防犯用の魔導具が研究棟周辺に配置されており、おまけに学園側に許可を貰い、夜間も引き続き監視を行ってもらったニコレットが用意した人材や、王宮関係者を示す紋を刻んだ制服に身を包んだ監視の応援の存在もあった。

 加えて、純粋な視界の悪さ。


 見慣れない場所への侵入を決行するには充分過ぎる程の不都合があった。

 だからこそテレーズは夜間に事態が動く事はないだろうと踏んでいたし、ニコレットやシャルル自身も同様の考えから日中をより警戒していた。


「まあそうは言っても、可能性がゼロになる訳じゃないですからね」

「それは君が夜通し体を張る理由にはならないんだけどねぇ」


 シャルルは万が一を警戒し、テレーズの研究室で一夜を過ごしていた。

 剣術大会の期間に入ってからというもの、夜はこの部屋で過ごしていたのでここ数日間はまともな休息をあまり取っていない事になる。


「まあ、君が私の研究をそんな風に大切にしてくれているのは嬉しいけどね」


 テレーズはそう言いながら、紅茶に息を吹きかける。

 それから、湯気を立てるそれを一口飲んで、溜息を吐いた。


「シャルル君が常に気に掛けてくれてた。外には君が根回ししてくれた監視の目も沢山ある。おまけに今日は、この研究の責任者である私もいる。それでも尚、君が懸念している事が起こるのだとすれば……それはもう、君や私達の手には負えない、どうしたって起こり得た事だったと言えるんじゃないかなぁ」


 一足先にカップの中を飲み干したシャルルはそれを片付ける為にテレーズへ背を向ける。

 そんな彼の大きな後ろ姿を眺めながらテレーズは苦笑した。


「要は、やれる事をやり尽くしてるんだから、あとはもう肩の力を抜いて結末を見守れば良いんじゃないかなぁって事」

「全く、ここまで来ても尚マイペースが健在とは」

「あははっ」


 テレーズは紅茶を飲み干し、空になったカップを机に置く。

 コトリ、と控えめな音がした。


「ここまで来たら、どれだけ不安に思ってもあとは成るように成るし、結果もある程度っはもう決まっているようなものだと思うよ。もしあらゆる手を尽くしてくれた君にとっても想定外の事が起きるとするならば、もうそれはどうしようもない。今更付け焼刃で新たな策を講じようとも、きっと」


 赤縁眼鏡の奥で、テレーズが静かに目を細める。


「――何をしても無駄、って事だよ」


 小さな呟きに「また極端な事を」と返したシャルルは、彼女の発言を軽く聞き流すのだった。



***



 今日も私は剣術大会に参加するヴィーの姿を見ることは叶わないだろう。

 昨日のようにやっかみを買う事を避けるべく、あまり注目されないようにと私は早い時間に学園へと到着した。


 しかし馬車の扉が開けられたその時、私は降りるよりも先に目の前に手が差し出された。


「……ヴィー」

「よっ! おはよ」


 相手の顔を見れば視線が交わる。

 ヴィーは屈託ない笑みで挨拶をした。


「おはよう。……早いのね」

「おう、今日は決勝戦だからさ、何か楽しみで」

「貴方らしいわね」


 私は彼の手を取り、エスコートを受けながら地面に足を下ろす。


「体調は平気か?」

「そうね……やっぱり、あまり良くないみたい」

「そっか。無理すんなよ」

「ええ。大会になっても良くならなかったら、そのまま医務室で休ませてもらうわ」


 私とヴィーはまだ人通りが少ない学園を手を繋ぎながら歩く。

 こっそりと横目でヴィーを見やる。


 私が大会に参加できない事など、彼にとっては想定内だろう。

 けれど、私としてはやはり少しだけ惜しい気持ちになった。


「ねぇ、ヴィー」

「ん?」

「来年はきちんと応援させてね」


 ヴィーが目を丸め、何度か瞬かせる。

 それから無邪気さを孕んだ満面の笑みで頷いた。


「おう! 来年も勝つからさ、そん時は二年分応援してくれよ」

「ええ、そうするわ。……ヴィー」


 彼の嬉しそうな笑顔につられるように、自然と笑みが零れる。

 私は再び彼の名を呼んでから、ポケットから一枚のハンカチを出すのだった。

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