第44話 剣術大会開幕
講義が終わり、私は深々と溜息を吐いた。
「何とか切り抜けられて良かったわね」
隣に座っていたジュリエンヌ様の言葉に私は頷きを返す。
ジュリエンヌ様やヴィーが間に入ってくれた事で、最悪の事態を避けることが出来た。
「ありがとうございました、ジュリエンヌ様」
「いいえ。彼が厄介で執着的な人物だという事はわたくしも理解している。……貴女と会わせる事があまり望ましくない事だってね。ヴィクトルが上手く彼を連れて行ってくれたのも大きかったわ」
グザヴィエ殿下をはじめとし、私がラガルド殿下と遭遇しないようにと周りの人達は気を遣ってくれている。
しかし正直、ラガルド殿下がこの学園にいる以上、いつまでもこうして避け続けることも出来ないだろう。
ただせめて、仮面舞踏会の余韻が完全に消え、また新たな不安要素である剣術大会が終わる頃……ヴィー達が少しは息を吐けるようになった頃までは余計な問題を起こしたくはない。
(……現状、ラガルド殿下関連では完全に無力だけれど。何か手伝えることはないのかしら)
己の無力感に落ち込みつつ私は深く息を吐くのだった。
***
大きな行事が控えている時期というのは時間があっという間に過ぎるものだ。
あっという間に一ヶ月が経った魔法学園は剣術大会当日を迎えていた。
この日は生徒の親族や騎士団関係者など、多くの外部の者が学園の敷地へ足を踏み入れる。
(流石に、学園内であの舞踏会の時のような事が起きるとは考えたくないけれど)
ジュリエンヌ様と並んで闘技場の席についている私は内心で溜息を吐いた。
王立魔法学園の敷地は広大だ。
校舎や寮通いの生徒の為の宿舎、小さな森や研究者が集まる研究棟。
そして――闘技場。
本来想定された用途は、決闘の場やその観戦の場としての空間。
少し昔に決闘の文化が流行った際、それを神聖視して大勢の見届け人の中で勝敗を決する事が良しとされ、学園でも闘技場が建てられたのだとか。
今は剣術大会の会場の他、魔法の実践の講義などでも使う場所となっている。
そんな闘技場の観客席には生徒や外部客が交ざり、数え切れない程の人々が集まっている。
このような場所で爆破のような騒ぎを起こせば、今度こそラガルド殿下が確固たる証拠と共に捕らえられる事は容易に想像できるだろう。
とはいえ、大勢の目があった仮面舞踏会で既に、彼の手段を選ばない狂気じみた行動力は経験している。
最も警戒すべきは行事の賑やかさに乗じてのグザヴィエ殿下の暗殺だが、様々な方向から警戒しておくに越した事はない。
グザヴィエ殿下とアンセルム様は長距離、長時間の移動を必要とする運営の仕事に関しては他の生徒会のメンバーに任せ、二人は観客席の中でも来賓席の傍、行き来する人数が圧倒的に減る席についている。
パッと見は確認できないが、周囲には複数の護衛も付けているとか。
さて、一方のヴィーはというと、当初の予定通りに大会に出席するらしい。
……ラガルド殿下との遭遇後、ヴィーは彼の注意をなるべく婚約者である私ではなく自分自身に向けるよう気遣ってくれていたようで、結果、生徒会室を訪れる時以外で彼と話せる機会は更に減っていた。
「男子生徒の姿はまだないわね」
「自分の番が近づくまでは体を動かしていて良いというルールですからね。それに会場へ着いても客席へは来ないですから」
「そうね。自分の試合の直前にならないと入場しないし……もう少しかかりそうかしら?」
ジュリエンヌ様は扇で顔の近くを扇ぎながら笑みを深める。
「今回は殿下も参加しないし、私もヴィクトルを応援するわ。応援なんてものが必要なのかどうかは怪しいけれど」
「はは……」
私達は去年、ヴィーが一切苦戦せず優勝を飾った事件を知っている。
ジュリエンヌ様の言葉に私は苦く笑うことしかできないのであった。
***
「まさか、こうも試合が当たらないとはな」
闘技場内の控室で、欠伸を噛み締めているヴィクトルにラガルドが声を掛ける。
剣術大会はトーナメント方式だ。
いくつかのブロックに分かれ、勝利を収めた者だけが、同じく勝利を飾った相手との新たな戦いに挑戦できるというもの。
その順番や対戦相手はくじ引きで決まるのだが、ヴィクトルとラガルドが当たるのは準決勝。
二人が勝ち残り続けなければ剣を交える機会すらないという訳だ。
「ですねぇ。俺も殿下と剣を交えてみたかったんですけど」
「……その発言、まさか僕が負ける前提の言葉ではないだろうな」
「…………ハハハ、まっさかぁ」
「よしわかった。貴様は試合で痛い目を見させる」
ラガルドがこめかみに血管を浮かばせながら笑みを見せる。
そんな折、剣術大会の運営係がヴィクトルと他の生徒の名を呼ぶ。
「おっと、もうそんな時間か。じゃあ、殿下。またあとで!」
ヴィクトルはラガルドに手を振ってその場を離れ……闘技場内部から試合場へと足を進める。
「さて、と……さっさと終わらせますかぁ」
ヴィクトルは少しだけ煩わしそうに呟く。
彼の今回の目的は剣術大会の優勝ではない。
――ラガルドの監視。
これを効率よく熟す為にも、ラガルドから目を離してしまう時間は短い方がいい。
(去年は多少手を抜いていたが、今回はそうも言っていられないな。時間の無駄はなければないだけいい)
ヴィクトルは試合場の中央へ足を運びながら、手慣れた所作で剣を鞘から抜くのだった。




