第100話 知るという事
王都でも有数の大通りでは比較的物価の高い店が多く並ぶが、最も栄えている通りから離れれば庶民でも手が伸ばしやすい店や、軽食を売る屋台などが見られるようになる。
行き交う人々の服装は煌びやかなドレスなどから動きやすさを重視した質素な服装が多くなったその区域を私達は徒歩で歩いていく。
「こんなところに用があるのか」
「いいえ。特段これといった目的がある訳ではありません」
「は?」
ラガルド殿下と並んで歩いていた私はふと一つの屋台が目に留まり、そちらへと向かう。
その屋台では歩きながらでも摘まめるような一口大の球状の菓子が小さな袋いっぱいに詰められた品が売られていて、私はそれを一つ購入した。
「それは?」
「カステラのようなものですね」
怪訝そうな顔のラガルド殿下の隣で、私は菓子を一つ口へ放った。
家で口にするお菓子とは異なる、安っぽい甘さが口の中に広がる。
「歩きながら菓子を食べる上位貴族がいてたまるか」
「普通はないでしょうね。……いりますか?」
「誰がそんな得体の知れないものを……」
私が袋をラガルド殿下へ見せれば、彼は嫌そうな顔をした。
しかし拒絶の声は途中で途切れ、彼は僅かに思案してから袋の中に手を伸ばした。
それから摘まんだ菓子を口まで運び、ゆっくり咀嚼する。
「……話にならないな」
「勿論、王宮で普段口にするものとは比べ物にはならないでしょうが」
「甘いものが欲しいなら、先程の通りの方がマシなものが揃っているだろう。金銭を気にしているなら僕が買ってやってもいいが……おい、何がおかしい」
「いえ」
不満げなラガルド殿下の話を聞いていた私は思わず笑ってしまう。
彼があまりにも私の想像通りの反応を示したのが、少しおかしいと思ってしまったのだ。
不可解な言動や横暴な様子も目立つが、一方で理屈から外れた話になると途端に彼の困惑がわかりやすく目に浮かぶ。
そんな私の反応にもいちいち気を悪くしたように顔を顰めるので、それが本来の年齢よりも幼く見えて余計に笑ってしまいそうになった。
私は咳払い一つで何とか笑いを堪えながら持論を持ち掛ける。
「私は誰かを喜ばせる為に、必ずしも相手に尽くす必要があるとは思いません」
私の言葉の真意を推し量ろうとしているのか、ラガルド殿下は不可解そうに眉を片方持ち上げている。
そんな彼に笑い掛けてから、私は周囲を見渡した。
屋台が並ぶ道を行き交う平民の親子や、男女の姿。
私達が立っている道の先には少し大きな広場があり、中央の噴水では屋台で売られている軽食を手に談笑する人々の姿も見える。
頻繁に訪れる訳ではないが、それでも見慣れたこの景色に、私は過去の面影を追う。
ヴィーは昔から貴族らしく観劇や賭け事などに興じるよりも、庶民に紛れて下町を二人で遊び歩く事を好む質だった。
だからこそ、昔から彼に手を引かれて二人で街を歩き回る機会が何度もあったのだ。
当時の彼が私を街へ連れ出したのももしかしたら自分の『剣術バカ』としての印象操作の為だったのかもしれないが、それでも私は彼と街に出る時間を確かに楽しんでいた。
かつてヴィーに手を引かれ、あちこち振り回されるように歩いた記憶を呼び起こしながら、私は目を細める。
「きっと、何だっていいんだと思います。よく知っている相手なら、どんな時間でも心地よいものになるはずですから」
当時の私が、本当の意味でヴィーを理解できていたかといえば正直自身はない。
けれど少なくとも、彼と共にいて不安を感じない程には彼を信頼し、心を許していた。
だからこそ私は昔から彼に対して変に気を遣う事も、身構える事もなく、自然体でいられたし、その気楽さが結果として二人の時間を楽しむ余裕を与えていたのだと私は考えいえる。
「……言ってくれるな。僕ではお前を満足させるには相応しくないと?」
私は不意に顎を掴まれ、やや無理矢理ラガルド殿下の方へ視線を戻させられる。
彼の声には笑う気配が混じってはいたものの、その瞳には不快さや確かな苛立ちが浮かんでいた。
もしかしたら私がヴィーの事を思い出している事に気付いていたのかもしれない。
先程、贈り物に対して淡泊な反応になってしまった事も考えれば、ラガルド殿下が面白くないと思うのも当然の事だろう。
けれど私が伝えたかったのは、ラガルド殿下の言うような話ではなかった。
「いいえ」
私はラガルド殿下の静かに燃える瞳を近くから見据える。
「確かに私はまだ、ラガルド殿下の事をあまり存じ上げておりません。それに殿下は王族という事もありますし、どうしたって多少は身構えてしまうものでしょう。だからこそ、知りたいのです」
青い双眸がゆっくり見開かれた。
私のこの考えは、彼にとっては存在しない発想だったのだろう。
「ラガルド殿下が私を喜ばせようとしてくださるのであれば、私はラガルド殿下の事を深く理解する必要があると思います。そして同時に、ラガルド殿下のお気持ちに少しでも応えられるようになる為にも、ラガルド殿下にも私の事を知っていただきたいのです」
「……知る、か」
「はい。ですから敢えて、地位や金銭に頼らない方法で時間を共有してみるのはどうか、と思って提案しました」
「僕には未だ、お前の考えは理解できていないようだが?」
「初めはそのようなものでしょう。私だって、ラガルド殿下の事はまだほとんど理解できておりません。けれど、少なくとも」
私は袋の中から菓子を一つ出すとそれを掌に乗せ、ラガルド殿下へと差し出す。
その過程を彼は相も変わらず眉を顰めて見つめたが、つられるようにして掌を見せて来る。
その上に菓子を転がしてから、私は少し得意になって笑みを深めた。
「得体の知れない、話にならないような安価な菓子を受け取ってくださる方だという事はわかりました」
薄く整った唇が僅かに開かれる。
ラガルド殿下は、自分の掌に転がった菓子を不思議そうに見ていた。
「きっと、そういう積み重ねこそが大切なのではないでしょうか」
「……王族の僕を相手に偉そうに高説を垂れるとは」
「分不相応でしたね。失礼いたしました」
「まあいいさ。今回は特別に許してやる」
ラガルド殿下は受け取った菓子を口に放ってから鼻で笑う。
「お前のその話も、多少は悪くないように思えたからな」
どうやら彼の機嫌は直ったらしい。
次は何をするつもりだと、先の計画を問う彼の言葉に促され、私は目に留まったものや思い付きの提案をいくつか並べながらラガルド殿下を先導するのだった。




