054 師匠からのお願い
「カズ、ちょっと良い?」
おや、いつものように作業をしていると、師匠が錬金室に入ってきた。
「大丈夫ですけど、どうしました? また納期間際の魔導具が出てきましたか?」
前回の冷蔵庫の件もあるし、また納期が迫っている魔導具があるのかもしれない。
「だ、大丈夫よ。……それより、キッチンの方に来てくれる?」
「はい、ココを少し片づけたら行きますね」
大丈夫とは言ったが、流石に作業中のものをほったらかして行くわけにはいかない。
作業用の机の上には作りかけの魔導具や使い終わったスクロールが置きっぱなしなので、錬金室から出る前にそれぞれ仕分けしておかないと戻ってきた時に訳が分からなくなる。
「さて、とりあえずはこれで良いかな」
そこまで片付けが得意な方ではないけれど、使い終わったスクロールはゴミとしてまとめて、わかりやすくして置いた。
さて、師匠はキッチンに来て欲しいと言っていたから、お客さんが来たというわけではないだろう。
このギルドは入口の右手にキッチン、左手に応接室があって、中央の廊下を通って錬金室や2階に通じる階段が存在する。
キッチンは主に朝食や夕食を取る場所で、ギルドの仕事を持ってきたお客さんが来たときは応接室に通すことになっている。
まあ、錬金術師協会の人間とかは応接室にはいかずに直接、錬金室にやってきたりするけどね。
「師匠、入りますよ」
「カズ、大丈夫よ」
いつもだったらキッチンに入るのに合図はしないけれど、師匠がわざわざ呼びに来たということは誰かがいる可能性も考えてノックと呼びかけをしておく。
「失礼します」
扉を開けてキッチンの中に入ると、そこには師匠の妹のオリアーニ嬢が師匠と向かい合わせでテーブルに座っていた。
オリアーニ嬢がやってきたから、師匠が呼びに来たのか?
「わざわざ悪いわね」
「いえいえ、オリアーニ嬢がやってきたから呼んだのですか?」
「まあ、ある意味ではそうね」
ある意味? 何か含みのある言い方だな。
「お久しぶりです、オリアーニ嬢。師匠から聞いていますが、帝城では遊びが普及してきているそうですね」
オリアーニ嬢には五目並べだのリバーシだのを教えてあって、師匠が言うには帝城を含めて貴族たちにも広まっているらしい。
ちなみに僕が市場で見たものは試作品として作ったのと変わらない、木の色とありふれた黒のインクを利用した簡単なモノだった。
だけど貴族に普及しているのは駒がちゃんと2色に分けられているだけでなく、ボードの方も布を敷いて音が出ないようになっているらしい。
「……アズマさん」
久々に会ったオリアーニ嬢は、前回会った時と違って憔悴しているように元気がない。
どうしたんだろう? 前回はテンションマックスといった感じだったのだが。
「カズ、相談があるの」
「はい、なんでしょう?」
「このギルドの住人を1人、増やしたいのよ」
ギルド内にはキッチンと応接室の他に、1階に錬金室が4部屋、2階に個室が4部屋あり、4人が共同生活を送れるようになっている。
ただし、現在ギルドにいるのは僕と師匠だけで、2人分の空きがある状態だ。
「このギルドの責任者は師匠ですから、師匠が増やしたいと思うのなら嫌とは言いませんよ?」
「まあ、普通ならそうだけどね」
まあ、こちらとしても話の流れから何となく師匠の言いたいことはわかる。師匠はギルドにオリアーニ嬢を住ませたいのだろう。
ここは錬金術師ギルド……だけど、オリアーニ嬢には錬金術師の天職はないし、第一王子の婚約者であるオリアーニ嬢が錬金術師を目指すわけはないだろう。
だからこそ師匠は言っているのだ。錬金術師と関係のないオリアーニ嬢をギルドに置いてもいいか? と。
「そもそも僕はギルドとかに馴染みがないですからね。師匠が増やしたいと思えば、それで良いと思いますよ」
前の世界ではアットホームが売りの会社で働いていたこともあったけれど、普通に会社と社長の自宅が直通で奥さんやら子供やらが事務所にやってきたりしていた。
流石に倉庫だの作業場だので子供たちが遊んでいた時にはヤバい会社だと思ったけれど、仕事の邪魔にならないのなら会社と家族の境界が曖昧なくらいは許容範囲だ。
「いいの?」
「ええ。仕事中は錬金室に籠っていますし、食卓に1人増えるくらいのことですからね」
「そう言ってもらえると助かるけれど……」
師匠は納得いっていないのか、困惑したような声を出しているが、そもそも普段だって師匠とはお風呂やトイレのタイミングで廊下で会うか、食事時くらいしか顔を合わせない。
師匠は師匠で錬金室にいる時以外は外でこまごまとした仕事をしているし、僕は僕で本で勉強したり、買い物に行ったり、図書館に行ったりしているからね。




