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100回死んだ彼と彼女と、私  作者: 翼 くるみ
【Ⅱ.彼女】
23/33

23.バレンタインデーと意思のある歯車と、狂った理性

バレンタインデー。

葉月奏は、お菓子を渡すため、学校の校門で人を待っていた。

 バレンタインデーとは、いつから女性が男性に想いを伝える日になったのだろうか。その起源を私は知らないが、私も一人の女子として、淡い想いを抱いた事もあった。


 小学生の頃は母や友達と一緒に手作りチョコを作った事もあるし、中学生の頃は、意中の男子に渡しそびれて涙したこともあった。


 そんな普通の女子が経験し、抱くような淡い感情を、私は知っている。そして、それらは今でも私の胸のなかに「思い出」として残っている。



 放課後、たまたま通りすがった校舎裏で、クラスメイトの女子が一つ上の先輩にチョコを渡している場面を見た。それはとても微笑ましい場面だったと思う。彼女の純粋さと先輩の誠実さが溢れ出していて、甘い時間がふたりを包んでいた。


 しかし、私はそんな二人を冷やかな眼でしか見れなかった。


 かつては、私にも純粋な想いがあって、友人らと恋の話で盛り上がっていたはずなのに、彼らの純愛を鼻笑ってしまった。


 彼らもどうせ誰かの歯車に過ぎないのだ。一時の感情に溺れ、いずれ身を亡ぼす。それを知らぬ二人は、なんと滑稽なのだろうか。



 そういう私も小さな菓子袋を手に握り締め、校門前で人を待っていた。


 進学校として名高い当校の校門は、大袈裟過ぎるほど立派だった。人の背丈をゆうに超える門構えには、「北部高校」という銅板のプレートが取り付けられている。それは、もう陽が沈んでいるにも関わらず、西の空から漏れ出る僅かな光を吸収し、輝いていた。


 私はそのわざとらしい輝きが嫌いだった。県内では有名な進学校だが、全国を見渡せば、知名度は低い。にも関わらず、いかにも名門です、とうたっている感じが、不愉快だった。


 私が校門に掲げられているプレートを睨みつけていると、部活帰りのクラスメイトが数人通り過ぎていった。


 「奏、誰待ち?」


 「チョコあげるの?」


 などと楽しそうに話す彼女らを私は鬱陶しいと思いながら、「内緒だよー」とにこやかに誤魔化した。


 一応、断っておくが、私の手にしている菓子には、淡い想いなど一切詰まっていない。食べ物を粗末にする考えは好きではないが、これは、彼を生かし、彼と生きるための「道具」に過ぎないのだ。



 空が漆黒で覆われていく頃、私の待ち人はやってきた。


 校舎の方から何も知らずに歩いてくる彼は「栗原くりはら君」だ。一応クラスメイトで、同じ合唱部員だが、その地味な恰好を見て分かるように、彼には友人が少ない。そして、私も彼の苗字しか知らない。


 何度も人生をやり直しているなかで名前を聞いた事はあるだろうが、印象が薄すぎて記憶には残っていないのだ。


 そんな栗原君は、私が校門に寄り掛かっている姿を横目で見たが、自分には関係ないと思ったのだろう、そのまま素通りして行った。私は数歩進んだ彼の背中に弱々しく声をかけた。


 「……栗原君」


 彼はすぐに立ち止まり、私に声をかけられた驚きを隠せない様子で振り返った。


 「えっ? 僕のこと呼んだ?」


 「……うん」


 いつになくしおらしい私に栗原君は顔を赤くし、動揺していた。


 「ど、ど、どうしたの? な、何か用かい?」


 彼は一体何を期待しているのだろうか。私の顔と私の手の内に収まる菓子袋を交互に何度も見ている。バレンタインデーというものは、人の思考も甘く溶かしてしまうのだろう。


 先に言っておくが、私の手にしている菓子袋は、一応彼に渡すつもりだ。だけど、まだあげない。私の願いを聞き入れてくれるまで。


 「あのね、栗原君に相談があって……時間、いいかな?」


 私の焦らすような視線を受けた栗原君は鼻息を荒くさせた。


 「そ、相談? ああ、いいとも。なんでも言ってよ」


 私はわざと彼から視線を外し、恥ずかしさと色気を演出するために、長い髪を耳にかけ直す。


 「えっと……皆には言い難いっていうか、栗原君にしか頼めないって言うか……」


 そう。こんなことは彼にしか頼めない。それは何度も繰り返してきたなかで分かった。密かに私に想いを寄せている彼なら、私の願いを聞き入れ、手駒として従順に働いてくれる。


 「実は……私ね、知らないおじさんに付きまとわれているの。部活の帰りとか、朝の登校の時間とか……いつもおじさんがね、いやらしい眼で見てくるの……」


 もちろん、嘘だ。そんな事実はない。しかし、私の言葉を全て鵜呑みにしてしまう栗原君は動揺し、予想通り驚いた表情をみせた。


 「そ、それって、ストーカーじゃないか」


 「うん……。本当なら警察に相談すればいいんだろうけど、腹いせに何かされるんじゃないかと思って……。私、怖くって……怖くって……」


 私は菓子袋を落としてまで、両手で顔を覆い、泣く振りをした。涙は出なかったが、栗原君は容易く私の演技を信じ、安っぽい正義感をみせた。


 「わ、分かった! ぼ、ぼ、僕が何とかしてあげるよ!」


 「ホント?」


 「ああ、本当だとも。僕に任せてよ! それで、そのおじさんはどんな奴なんだい?」


 私はその言葉を待っていたと言わんばかりに、スマホを取り出すと、用意していた写真とおじさんが住んでいるアパートを示したマップを見せた。


 「こんなおじさんで……ここに住んでいるの」


 「うわぁ、悪そうな顔してるね。住所は……隣町なんだね。自転車でも行けない事はなさそうだ」


 普通に考えれば、被害者が、加害者の写真と住所を知っている事はあり得ないだろうが、栗原君はそんな事に気付けないくらい、気分が高まっていた。


 私はそんな彼の感情を更に盛り上げるため、上目遣いで彼を見詰めた。


 「ありがとう。栗原君ってすごく頼りになるんだね。やっぱり、相談して良かったよ」


 「い、いやぁ、葉月さんのためだもの」


 栗原君は、私の思った通りの反応を示してくれた。まるで台本があって、それに沿った演技をしているようだ。


 やはりここは現実ではないのかもしれない。そして、私は、葉月奏という役を演じ切るため、最後に仕上げの言葉を付け加える。


 「あっ、それとさ、私の事は『奏』って呼んでよ。私たち、秘密を共有する仲じゃない」


 栗原君は全身を強張らせ、顔を真っ赤にした。女子の事を気安く呼ぶ事など、彼の人生では経験のない事なのだろう。


 「わ、分かったよ。じゃあ、またね。か、か、奏」


 自分で言わせておきながら、栗原君に名前を呼ばれると、寒気がした。それでも私は演技を続けて、別れ際に愛くるしい表情を見せてやる。


 「うん。バイバイ」



 これで一つ手駒が増えた。


 彼——百瀬正志ももせ まさしを生かすために、私は全ての脅威を排除する。


 数日後、彼は通り魔事件に巻き込まれてしまう。その犯人こそが、今日、栗原君に見せたおじさんだ。


 栗原君には、先回りして犯人を排除してもらう。それは文字通り、この世から抹殺してしまってもいいし、動けないように病院送りにする程度でも構わない。そのやり様は、栗原君に任せる。


 どうせ犯罪に手を染めるようなロクでもない人間なのだから、死んでしまってもいいだろう。それにそのことで栗原君が罪に問われても、私にはなんら影響はない。これは彼が勝手にしたことなのだから。



 自分自身でもそんな思考回路に恐怖を抱きそうだった。しかし、その前に目的優位となった理性が、これでいいのだと、ささやきかけてくる。全ては彼を生かすため。周りはそのための歯車に過ぎないのだと。


 しかし、私は大事な事を見落としていた。歯車には、意思があるという事、感情があるという事だ。


 それは彼らが歯車ではなく、人間であるという事を示しているが、私はそれに気付かない。そして、それらは私の範疇はんちゅうを越える場合もあり得る。


 例えば、私が去った後、地面に落ちていた菓子袋を、栗原君がこっそり拾い上げていた事とか。彼のなかに渦巻く独占欲が膨張し続けている事とか……。



 私は相手が歯車ではなく、人間である事を忘れていた。


お菓子に罪はないんです(´Д` )

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