22.雪降る夜と散り行く花と、人間でいたい私②
葉月奏は、眼が覚めると、自宅に居た。
もし……もしも、私と桜坂立花が普通に出逢っていれば、友達になれていただろうか。
その答えを考えるだけ無駄だとは思うが、一応考えてみる。きっと、答えは「NO」だろう。私と彼女は、友達にはなり得ない。それは、私が彼女の事が嫌いだからとか、そういう事ではない。
私たちはきっと気が合う。本来であれば、親友にだってなり得るかもしれない。ただそれは、「百瀬正志」という存在がいなかった場合の話だ。私たちは、きっと彼に恋をする。そして、互いの気持ちに気付き、その関係性が保てなくなる。
彼が要る限り、私たちに共存の道はないのだ。
記憶が曖昧だ——ということはよくある事だけれど、今回は特別に記憶が曖昧になっていた。昨夜はどうやって自宅に帰ってきたのか分からないし、いつの間にか、きちんと寝間着に着替えて、ベッドで眠っていた。
時計を見ると、午前5時。そろそろ起きて準備をしないと、彼との神社参拝に間に合わなくなってしまう。
そんな事を考えていると、ちょうどスマホのアラームが鳴った。朝の目覚めを少しでも爽快にするために、愉快なメロディーを設定してあったが、電子的な音が遮断音のように聞こえ、頭痛がした。
アラームを止め、身体を起こしても、耳の奥で遮断音は鳴り響いていて、頭痛は癒えなかった。仕方なく、リビングへ降りて、頭痛薬を野菜ジュースで流し込む。
食卓には、母が用意してくれた夕食が手つかずのまま残っていた。どうやら私は夕食を食べずに眠ってしまったらしい。
その母はまだ寝ているのだろう、姿は見えない。その代わりでもないが、ソファーへ視線を移すと、夜勤明けの父が寝そべっていた。寝息が聞こえてくると、なぜかほっとする。
私は父に近づき、床に落ちていた毛布をそっと掛けてあげた。しかし、眠りが浅かったのか、私が立ち去ろうとすると、父は眠たそうな声を上げた。
「奏か……随分と早いな。母さんかと思ったよ」
父の声は酷く疲れていた。だけど、それを感じさせないように、半目ではあるが、無理矢理に優しい表情を作っていた。
「ごめん。起こしちゃった?」
「いいや。大丈夫。それより、昨日は忙しかったのかい? 夕ご飯、食べていないようだったけど」
父は優しい。いつも私と母を気遣ってくれて不満などなかった。ただ、父はいつも疲れていて、それを隠そうとしている優しい顔が痛かった。
「昨日はね、合唱部の発表会だったの。それで、疲れちゃってたのかな」
「そうだったのか。聴きに行けなくてごめんな」
「ううん。いいよ。だって、私裏方だし、皆のように歌ってるわけじゃないもん」
「でも、奏も合唱部の部員なんだろう? 裏方も、共に合唱を作り上げているわけだから、歌っているのと同じさ。よく頑張ったな」
どこかで聞いた事のある言葉だと思った。父もそういう前向きな言葉を平然と言う人だった。いや、私もそうだった。だけど、いつからだろう。それを偽善と思ってしまうようになったのは。
「ありがとう。でも、父さん。ちゃんとベッドで寝ないと、風邪ひいちゃうよ」
「ははっ。そうだな。奏の言う通りだ。じゃあ、父さんも部屋に戻るよ」
父は笑いながらソファーから立ち上った。しかし、身体がふらつき、尻餅をつくようにソファーに再び座り込んでしまう。
「いや、参った。眠気のせいだろうね。もう少し目を覚ましてから、部屋に戻ろうかな」
父は相変わらず優しい笑顔で疲れを隠していた。それが痛々しく、見ているこっちが辛くなりそうだった。でも、私は気付いていない振りをして「気を付けてね」と言葉を残して、リビングを出て、自室へと上がった。
父と娘の何でもない会話。
それはとても穏やかな時間のはずなのに、幾度も同じ会話を繰り返していると、まるで現実味が湧かない。
私だって、始めは父との会話を楽しめていた。しかし10回目くらいから、父との会話が鬱陶しく感じるようになり、30回を過ぎると何も感じなくなった。
今では、まるでゲームのキャラクターと話をしているような気分で、これが現実なのか、空想の世界なのか判別がつかない。私は一体どこで生きているのだろうか。
濡れていたはずの制服は母が洗濯をして乾燥機にかけてくれたのか、綺麗な状態でハンガーに掛かっていた。
私は身支度を済ませ、いつもの制服に袖を通すと、彼から借り続けている赤チェックのマフラーを首に巻いて、神社へと向かった。
外は昨日の積雪がまだ残っていた。幸い、雪は止んでいたが、まだ濃紺色の空が広がっており、朝陽を拝むことは出来なかった。
私は歩道の雪を踏みしめながら、昨日の出来事を思い出そうとした。しかし、別の世界軸の記憶と混同してしまい、上手く思い出せない。無理に思い出そうとすれば、激しい頭痛が襲ってきて、思考を鈍らせた。
仕方なく私は、これからの事を考えることにした。
もし上手く歯車が回り、運命を軌道修正できていたのであれば、彼は今日、神社参拝に来ない。それは桜坂立花という歯車を排除できたという証明になる。
私はその証明を早く確認したくて、歩みを速めた。しかし、足元の雪が私の足を鈍らせようとしてくる。不安定な足場が足を縺れさせ、冷たい水分が靴に沁みて重たくなる。これだから、私は冬が嫌いなのだ。
走ってきたわけではないけれど、神社に着いた時には、少し息が上がっていた。白い息が立ち込め、自分から温かい息が出ている事に気付かされる。
あれだけ自分は歯車なんだと思っていながら、自分の人間らしい部分が見えると、つい安心してしまう。
昨夜は冷酷な歯車になっていた私だが、やっぱり人間でいたいと思ってしまう。そんな事を思う私は、なんて狡い奴なんだろう。
東の空が明るくなってきた。いつもならば、彼が顔を見せる時間だ。しかし、陽が昇っても彼は神社に来なかった。運命が上手く流れ始めたと安心できた反面、彼に会えなかった事を残念に思った。
それから一週間、彼は神社参拝を休んだ。
やはり彼に会えない事は寂しかったが、運命が正常化され、彼が生き永らえているのだと思うと我慢できた。
ありがとうございます(´・ω・`)




