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第1部(1)

「わたしは、セラ。王国エルドルインの姫であり、この世界を担う者。冒険者よ、わたしに近づくなかれ。世界を支えるわたしの祈りはこの神聖な場でしか行えず、それには呪いがともなう。さあ、あなたは行きなさい。わたしは、自らの役目を果たします」


 浮かび上がる画面の中央に、美しいひとりの女性が位置する。それを眺めるハルトは、なぜかこのNPCのことが気になる。


 自動生成されるアニメーションの揺らぎが女性に動きをもたらすものの、彼女には盛られに盛られた大仰な設定があるものの、けしてこの城の地下から動くことのない、重要度のないキャラクターだ。


 『NEW:Live』――ネバーエンディングワールド・リヴは、グローバル企業エクシヴが世に送り出した大人気オンラインゲームである。


「テキストコミュニケート、音声入力」


 机に向かうハルトは、口だけを動かして机上のパーソナルデバイスを操作した。


「キミも行こうよ。僕は、キミを連れ出してみたい」


 セラはすぐさま答えた。


「わたしが役目を放棄すれば、世界は支えを失います」


「方法はないの?」


「わたしの祈りはこの世界の崩壊を留めるだけ……冒険者であるあなたたちに、この世界の命運は託されているのです」


 今日は外れか。ハルトは確認作業を続ける。


「オーダーアクションを音声入力――この姫を救う」


『行動力が足りません』


 画面にシステムメッセージが表示された。ハルトのアバターのステータス欄には、『行動力1000/1000』とある。


 確認は、終わった。ならば今日のゲームは終わりと、ハルトはNEW:Liveからログアウトした。


 夕食の時間だ。


 ハルトは自室を出て1階に下りて、ダイニングのテーブルのひとつの席に座った。


 目の前にはしっかりとした献立の夕食が湯気を立てている。きっちりと、ハルトの母が夕食の完成の時間を外したことはない。


 やがて向かいの席にハルトの母が座ると、


「おいしいおいしい」


 と口にしながらハルトは夕食をたいらげていく。


「ごちそうさま」


 ハルトが食べ終える。一方のハルトの母はまだ食事中だった。ハルトは少し思案して、


『父さんは?』


 思わずそう口をつくのをこらえた。わざわざ口にすることではない、とハルトは判断した。






 翌朝、ハルトは大学にいた。


 今日も今日とて、専門である社会システム工学の講義を受けている。


 ハルト・リーベン。24歳。学生。


 望めば、いくらでも学べる時代だった。少なくとも、知識に飢えることだけはない。


 講義が終わって、休憩時間になり、ハルトはスマートデバイスをいじっている。


 収集を命じたNEW:Liveの攻略情報が集まってきている頃だ。


『行動力、最大は1000!行動力の重要性とは?』


『行動力を上限1000まで上げる方法』


『1000の行動力、その効率的な運用法』


 まとめられた情報の結論は明らかだった。


 そのとき、ひとりの学生が隣りに座って、ハルトに話しかけてきた。


「おうハルト!見てくれよこれ、めっちゃ燃えてるぞ!今どき専門外のことに首を突っ込むなんて無謀だってわからないもんかね」


「ケイ……おまえって基本的にいい奴だけど、その炎上観察趣味だけはどうにかならんか」


 ケイが示してきたデバイスの画面に映る炎上騒ぎをちらりと見て、ハルトは言った。


「対岸の火事を見るのは楽しいだろ!しかも、これは実際に燃えてるわけじゃないんだから。そして、自らが炎上しないように戒める。極めて健全だ」


「そうかな」


「そう言うおまえだって、リヴに落ちてはセラ姫とにらめっこだろ?」


「なんか気になるんだよな……」


「セラ姫はエルドルインの守り神。それ以上のコンテンツは確認されてない。つまり、その先はないってことだ」


「でもさ、救おうとしたときだけ『行動力が足りません』って出るんだ。リヴでアクションが実行不可能なときは『このアクションは実行できません』だろ?」


「単なるバグっていうか、メッセージの設定ミスかもしれないだろ。そんなにこだわるとこか?」


 ハルトにはそれ以上の根拠を示すことができた。しかし、それはセラ姫の向こう側にいる誰かと自分だけの秘密だと、ハルトは勝手に認識していた。


「俺は賢くても不器用だからさ。相手がバグだろうと何だろうと、とことんやってみるさ」


「自分で賢いって言う?」呆れたといったようにケイは続ける。「ま、根つめなけりゃいいんじゃない?実際、リヴはそれだけのゲームだよ。何が隠されてるかは、掘ってみないとわからない」


 それからハルトはケイと別れて、大学の講義を終え、快晴の空の下を家に帰った。


 自室のパーソナルデバイスに向かい、ハルトはリヴの世界に落ちていく。


 セーブポイントの宿屋でハルトのアバター『トレース』は目覚めた。


 受付に立つ店主の所へ行き、支払いを済ませる。ステータス表示の所持金の数値がわずかに減った。ゲーム的な電子決済だったが、リヴではファンタジー世界観における魔法に頼ることでユーザビリティを保っている。


「毎度のご利用ありがとうございます」


 ハルトはキーボード入力で音声入力をオンにして、会話するように店主のカーライルとテキストコミュニケートを開始した。


「こちらこそ。今日の天気はどうかな?」


「かなり強い雨が降るようです。第4位までの予報師が皆同じ結果ですので、確かでしょう」


「ありがとう。また来るよ」


「はい。次のご利用をお待ちしてます」


 店主の姿と声は自然そのもので、人間とビデオ通話してるのと変わりはない。つまり、リヴはVR=仮想現実の域には達していないが、確固としたAR=拡張現実の技術をもって作られたゲームだった。


 宿屋を出たトレースは街の基幹となる大道路を行き、城を目指す。


 街の賑わいは活気づいていて、それぞれのNPCに話しかければ独自のクエストが動的に生成される。


 ハイファンタジーの世界をリアルな質感で描き、没入できるNEW:Liveは、正にグローバル企業エクシヴの面目躍如といったところだ。


 そんな作り込まれた仮想世界には目もくれず、トレースはエルドルイン城の前に立った。空は曇り、今にも雨が降りそうだった。


 トレースは地下の聖域に下りると、目の前にはセラ姫がいた。祈りの最中のようで、荘厳をまとったその儀式を終えてから、セラ姫は視線をトレースへ向けた。


「わたしは、セラ。あなたは……こんなに早く再訪するなんて、あなたはよほど暇なのか、それともわたしと同じくらいに世界の命運を憂いているのか……」


 トレースは鋭い視線でセラ姫を見た。それは、画面を見つめるハルトも同じだった。


「今日はいい天気だったな」


「こんな朝早くからそんなことを言うなんて……あなたって、未来から来た人?」


 リヴのゲーム内時刻は7:36を指していた。


「そうだね、僕は、僕たち冒険者は、遥か遠くから、キミに会いに来た」


「そういえばさっきの冒険者は……晴れて気持ちのいい空だって言ってたわ」


 今日は、当たりだ!

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