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推しの悪魔は迷探偵  作者: 双鶴


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第66話(最終話)「夏の光、君の影」

 夏休みが始まった。


 朝の光は、昨日よりも強くて、

 蝉の声は、昨日よりも遠く聞こえた。


 陽斗は机に向かっていた。

 夏休みの課題を開いたまま、

 ページをめくる手が止まっていた。


 (白石さん……

  もうこの町にいないんだ……)


 昨日の昇降口での別れが、

 胸の奥でまだ熱を持っていた。


 透子が振り返らずに歩いていった背中。

 あの静かな声。

 「待ってるわ。本当に」の一言。


 その全部が、

 陽斗の胸のどこかをずっと締めつけていた。


 


 昼過ぎ。

 陽斗は自転車で学校の前を通った。


 校門は閉まっていて、

 校舎は静まり返っていた。


 (昨日まで……

  ここに白石さんがいたんだ……

  理科室で……

  三田村と……

  あんな話をして……

  僕と……

  一緒に立っていたんだ……)


 思い出すと、

 胸がざわついた。


 でも、

 同時に不思議な感覚もあった。


 (あれ……

  本当に現実だったのかな……

  夢みたいだった……

  でも……

  白石さんの声だけは……

  はっきり覚えてる……

  あの目も……

  あの言葉も……)


 陽斗は自転車を止め、

 校舎を見上げた。


 透子がいた教室。

 透子が黒板に推理を書いた場所。

 透子が静かに座っていた席。


 全部、

 昨日までのことなのに、

 もうずっと前のことみたいだった。


 胸の奥が、

 じん、と痛んだ。


 (白石さん……

  いないんだ……

  本当に……)


 その瞬間、

 陽斗は改めて気づいた。


 ──自分が、

 透子のことを“特別”だと思っていたことに。


 


 夕方。

 家に戻ると、

 机の上に一枚の封筒が置かれていた。


 母が言った。


 「ポストに入ってたわよ」


 陽斗は封筒を手に取った。


 裏には、

 小さく名前が書かれていた。


 ──白石透子


 陽斗の心臓が跳ねた。


 封を開ける手が震えた。


 中には、

 丁寧に折られた便箋が一枚。


 陽斗は深呼吸をして、

 ゆっくりと広げた。


 読み進めるうちに、

 胸の奥が熱くなり、

 視界が滲んだ。


 (白石さん……

  こんな……

  こんなこと……

  僕に……)


 手紙の最後の一行を読んだ瞬間、

 陽斗は声を出さずに泣いた。


 涙が、

 便箋に落ちて滲んだ。


 でも、

 その涙は不思議と温かかった。


 (白石さん……

  僕……

  あなたと出会えて……

  本当に……

  よかった……)


 陽斗は手紙を胸に抱きしめた。


 (また会おう。

  絶対に……

  また……)


 窓の外では、

 夕陽がゆっくり沈んでいた。


 透子の影はもうない。

 でも、

 陽斗の影は確かにそこにあった。


 そしてその影は、

 昨日より少しだけ長く、

 昨日より少しだけ強く、

 昨日より少しだけ前を向いていた。


 夏の風が、

 そっとカーテンを揺らした。


 ──こうして、

 陽斗の“空白の夏”は始まった。

 でもその空白は、

 いつか必ず埋まると陽斗は知っていた。


 なぜなら──

 透子が残した言葉が、

 胸の奥でずっと光っていたから。






相沢くんへ


 この手紙を書いている今、

 私はもうこの町を離れる準備をしています。

 窓の外の景色が、少しずつ遠くなるみたいで、

 胸の奥が変なふうに痛いの。


 昨日のこと、ずっと考えていました。

 理科室であなたが隣に立ってくれたこと。

 私が怖いと言ったとき、

 あなたが黙ってそばにいてくれたこと。

 あの沈黙が、

 どんな言葉よりも私を救ってくれました。


 ありがとう。

 本当に。


 私は、誰かに頼るのが苦手です。

 弱いところを見せるのも嫌いです。

 でも相沢くんの前では、

 どうしてか、少しだけ平気でした。

 それが不思議で、

 嬉しくて、

 そして少しだけ怖かった。


 転校が決まったとき、

 私は「仕方ない」と思おうとしました。

 でも昨日、

 あなたが「また会いに行く」と言ったとき、

 初めて「行きたくない」と思いました。

 そんなこと、

 誰にも言えなかったのに。


 相沢くん。

 あなたと過ごした時間は、

 私の中で静かに光っています。

 黒板に書いた文字よりも、

 推理の図よりも、

 ずっと鮮やかに。


 私は新しい学校でも、

 私のままでいます。

 でも、

 あなたと出会う前の私には戻りません。

 戻れません。


 あなたが、

 私を変えてしまったから。


 だから相沢くん。

 あなたも、

 あなたのままでいてください。

 無理に強くならなくていい。

 無理に大人にならなくていい。

 あなたの優しさは、

 そのままで十分に強いから。


 また会いましょう。

 約束じゃなくて、

 予告です。


 白石透子



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